刑法(昏酔強盗罪)

昏酔強盗罪(3) ~「昏酔強盗罪の実行の着手の時期」「昏酔が傷害に当たり、強盗致傷罪が成立するケース」を判例で解説~

昏酔強盗罪の実行の着手の時期

 昏酔強盗罪(刑法239条)の実行の着手の時期について説明します。

 実行の着手が認められれば、昏酔強盗罪が失敗に終わっても、昏酔強盗未遂で犯人を処罰することが可能になるため、実行の着手の時期を理解することが重要になります。

薬物を注射する場合

 被害者を昏酔させるため麻酔薬を注射しようとして被害者に手をかければ、その時点で昏酔強盗の実行の着手があったと認めることができます。

薬物を入れた飲食物を摂取させる場合

 被害者自らが睡眠薬などを飲用することを期待し、これらの薬物を飲食物に混入させた時点で昏酔強盗の実行の着手があったといえるかどうかは、その際の状況が考慮されます。

 薬物入りの飲食物を被害者にすすめたような場合には、昏酔強盗の実行の着手があったと積極に解すことができます。

 また、被害者を薬物入りの飲食物を飲食することが明らかな状況(たとえば、犯人と被害者とが一緒に居酒屋で飲食している状況など)であれば、犯人が被害者に飲食物を言動を使ってすすめなくても、薬物を飲食物に入れた時点で、昏酔強盗の実行行為の着手があった解すことができます。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

広島高裁松江支部判決(昭和38年1月28日)

 この判例は、準強制性交等罪の事案ですが、考え方は昏酔強盗に適用できると考えられます。

 事案は、被告人が被害者Fに睡眠薬を飲ませて昏酔させ、Fを姦淫する目的で、Fの不在中、その居室にあった飲料や食料品に睡眠薬を混入させ、Fが飲食するのを待ったが、Fが睡眠薬の入った水を口に入れた際に、苦みを感じたので吐き出し、飲食したなかったため、姦淫の目的を遂げなったというものです。

 この判例で、裁判官は、

  • 強姦の目的をもって、睡眠薬を飲食物に混入した所為は、刑法178条の強姦罪(現行法:準強制性交等罪)の実行に着手したものというべきである
  • 睡眠薬を飲食物に混入した所為が、Fを抗拒不能の状態に陥れる危険のある行為であることは明らかであって、強姦の目的をもってかかる所為に出た以上、Fが抗拒不能の状態に陥らず、また被告人が姦淫行為に着手しなくても、刑法178条の強姦罪(準強制性交等罪)の実行に着手したものというべきである

と判示しました。

昏酔させること自体は傷害に当たらず、強盗致傷罪は成立しない

 昏酔強盗は、被害者を昏酔させることを当然の前提としており、被害者に意識喪失や意識障害が生じさせたことをもって、直ちに強盗致傷罪(刑法240条前段)における「人を負傷させた」に当たるものではありません。

 たとえば、睡眠薬を用いて昏酔させられた被害者が昏酔から回復し、後遺障害もないような場合は、一般に、昏酔強盗罪のみが成立し、強盗致傷罪は成立しません。

昏酔状態の以外の症状が引き起こされれば、傷害致傷罪が成立し得る

 睡眠薬などの影響により、被害者の心身に昏酔状態以外の症状を惹起すれば、それが傷害といえるかぎり、強盗致傷罪が成立します。

 たとえば、昏酔状態になったことで、被害者の脳神経に機能的障害や生理的障害が生じた場合には、それが傷害と認定され、強盗致傷罪が成立すると解されます。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

 この判例は、傷害罪の成否に関する事例ですが、昏酔強盗の昏酔から引き起こされた傷害の認定の考え方に当てはまるので紹介します。

最高裁決定(平成24年1月30日)

 この判例は、医師であった被告人が、同僚の医師Aに失態を演じさせようと考え、情を知らないAに対し、睡眠薬の粉末を混入させた洋菓子を食させて、甲を、約6時間にわたる意識障害と筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒に陥らせるなどした事案に関し、傷害罪の成立を認めました。

 裁判において、被告人の弁護人は、

  • 昏酔強盗や女子の心神を喪失させることを手段とする準強姦(現行法:準強制性交等罪)において、刑法239条刑法178条2項が予定する程度の昏酔を生じさせたにとどまる場合には、強盗致傷罪や強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)の成立を認めるべきでないから、その程度の昏酔は刑法204条の傷害にも当たらないと解すべきであり、本件の結果は傷害に当たらない

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 被告人は、病院で勤務中ないし研究中であった被害者に対し、睡眠薬等を摂取させたことによって、約6時間又は約2時間にわたり意識障害及び筋弛緩作用を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ、もって、被害者の健康状態を不良に変更し、その生活機能の障害を惹起したものであるから、いずれの事件についても傷害罪が成立すると解するのが相当である

と判示し、睡眠薬による意識障害と急性薬物中毒の症状を傷害と認め、傷害罪が成立するとしました。

 なお、 この判例の原審(大阪高裁判決 平成22年2月2日)が、判決の傍論として、

  • 被害者に生じた健康状態の不良な変更の程度にかんがみれば、それらはいずれも、昏睡強盗罪や準強姦罪(準強制性交等罪)の予定する昏睡の程度を超えているというべきである

と判示していることもポイントになります。

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