刑法(自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪)

自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪(6) ~「威迫・欺罔により被害者に死の決意をさせた場合、自殺教唆罪ではなく、殺人罪が成立する」を解説~

威迫・欺罔により被害者に死の決意をさせた場合、自殺教唆罪ではなく、殺人罪が成立する

 威迫欺罔により被害者に死の決意をさせた場合に、殺人罪(刑法199条)が成立するか、それとも自殺教唆罪(刑法202条が成立するかを説明します。

 自殺者の意思決定の自由を失わせる程度の威迫を加えて自殺させたときは、自殺教唆罪ではなく、殺人罪が成立します。

 裁判で論争になるのは、被害者を欺罔して死の決意をさせた場合です。

 以下の裁判例を見ると、被害者を欺罔して死の決意をさせた事案は、自殺教唆罪ではなく、殺人罪の成立が認められています。 

仙台高裁判決(昭和27年9月15日)

 夫の愛人に対し、夫との関係を断つように申し入れ、拒絶されるや、追死の意思がないのに「自分も死ぬからお前もこれを飲んで死んでくれ」と追死の意思があるように欺罔して硝酸ストリキニーネを相手の口の中に入れ、さらにコップで水を与えて嚥下させ死亡するにいたらしめた事案で、自殺教唆罪ではなく、殺人罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和33年11月21日)

 追死する意思がないのに追死するように装い、その旨誤信した被害者をして毒薬を飲ませて死亡させた事案で、殺人罪の成立を認めました。

【事案】

 被告人は、料理屋の接客婦Aと馴染みになり、夫婦になる約束までしていたが、あちこちに借財を作った上、両親からAとの交際を断つように迫られるに及んで、Aを重荷に感じ始め、過去の放縦な生活を清算しようと考え、別れ話を持ち掛けたところ、Aはこれに応ぜず心中を申し出た。

 被告人は、Aの熱意に釣られて渋々心中の相談に乗ったものの、2、3日経つと気が変わり心中する気持ちがなくなっていたにもかかわらず、Aを伴って山中に赴き、 Aが自己を熱愛して追死してくれるものと信じているのを奇貨として、Aのみを毒殺しようと企て、追死する意思がないのに追死するものの如く装い、買い求めておいた青化ソーダ致死量を嚥下させて死亡させた。

【判決】

 裁判官は、

  • 被害者は、被告人の欺罔の結果、被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである
  • そして、このように被告人に追死の意思がないにかかわらず、被害者を欺罔し、被告人の追死を誤信させて自殺させた被告人の所為は通常の殺人罪に該当する

と判示し、自殺教唆罪ではなく、殺人罪が成立するとしました。

名古屋高裁判決(昭和34年3月24日)

 三角関係を清算し、かつ、被害者である愛人Bの携帯着用していた金品を奪取する目的で、Bに対し、自分は死ぬ意思がないのに同死する旨だまして、Bが被告人の手によって殺してもらいたい旨申し出たのを幸いに、マフラーを裂いた物をBの頸部に巻いて絞殺した上、金品を奪った偽装心中の事案で、強盗殺人罪が成立するとしました。

鹿児島地裁判決(昭和62年2月10日)

【事案】

 被告人は、生活費や借金返済に窮して金を借りようと思い、顔見知りで一人暮らしの老女B(66歳)に近づき、 ごまかしの占いをして見せたり貸金の取り立てをしてやってBの信頼を得、Bから数回にわたり多額の金員を借用書もなしで借り受けた。

 被告人は、借り受けた金員のほとんどを費消してしまい、これを返済するあてもなかったことから、Bが世間知らずの心配症の老女で、自分を盲目的に信じ頼り切っていることを利用し、Bを自殺に追い込んで返済を免れようと決意した。

 そして、Bが他人に金を貸していることをとらえ、これが出資法という法律に触れると欺き、警察に連れて行かれる、刑務所に入らなければならないなどとBを脅かし、「もう少ししたら警察が事情を聞きにくる」と嘘を言って警察の追及を逃れるためという口実で家から連れ出し、熊本、福岡、出雲などへの逃避行のほか、自宅や近在の空家に潜伏させるなどし、迷惑がかかると称して親戚にも会わせないようにしつつ、その間、「この先どこへ行っても不安があるなら、いっそのこと自殺する気になればいいやな。そうやれば警察に捕まるわけじゃなし前科もつくわけじゃなし誰にも迷惑がかからんし」などと自殺を勧め、採るべき途がそれしかないと思い込むように仕向けた。

 そうこうするうち、警察がBを捜索しているのを知った被告人は、「今日警察が私のところにおばさんを尋ねて来た。もうどうしようもない。もう自分ですることは決めやらんな。いっそのこと自殺でもしやらんな。後は心配せんでもよかごとにしてやるから。ここにも、もうすぐ警察が来るかも知れんから、もう他に行くところはなかが。これ以上いけんすっとな」「警察に捕まり近所の人から白い目で見られて連れていかれて取調べを受けてもいいですか。そうなったら身内に迷惑をかけ、学校を辞めさせられたり会社を首になったりした人の面倒を見させられた上、兄弟から馬鹿にされたりする」などとBに強く自殺を追り、Bをして自殺を決意させた。

 そして、Bの依頼により農薬を購入し、これを飲もうとしたBが一瞬躊躇するや、「おばさん、ここまできたら躊躇しても仕方ないよ」と言いつつ、農薬入りの瓶を持ったBの両手を下から押し上げて瓶の口をBの口に押し当てさせ、意を決したBに農薬を嚥下させて死亡させた。

【判決】

 裁判官は、

  • 本件のような場合、自殺教唆と殺人の間接正犯を区別する指標が被害者の自殺の任意性の有無にあり、その任意性は結局、被害者に自殺以外の他行為を選択する可能性があったか否かの判断にかかる
  • 他行為の可能性の有無は、物理的強制の有無という観点のみから判断されるべきものではなく、被害者の自殺が心理的強制下でなされた場合であって他行為選択の余地がない限りはその自殺は任意のものではないと認めるべきである
  • しかも、威迫を手段とする場合のみでなく、欺罔を主たる手段とする場合でも、被害者の意思決定の自由を錯誤に陥れて奪うことができるのであるから、そのような場合もまた間接正犯を成立させ得る心理強制の範ちゅうに当然含まれる
  • 警察に追われているとの錯誤を基本とし、その上にもはや自分はどこにも行くところがないとの錯誤を重ねさせ、その状況を逃れるには自殺以外に方法はないとの被告人の示唆を受けざるを得ない状況に(被害者)を追い込んだのである
  • それ故、錯誤がなければ(被害者)が自殺の決意をしなかったであろうことは容易に認められるから、(被害者)の自殺の決意は重大な錯誤に基づくものであり、とうてい任意の決意によるものとは認められない
  • (被害者)が自殺を決意するにつき基本的な錯誤を与えたのは被告人であり、 また(被害者)が心理的に自殺に追いつめられる全過程に同行し自殺を慫慂したのも被告人であり、さらに右過程はあらかじめ被告人の計画したところによるものであることを併せ考えれば、被告人の(被害者)に対する支配は極めて強力であり、被告人と(被害者)との間には明らかに利用被利用の関係があるから、被告人の正犯性を十分認めることができる

として、自殺教唆罪ではなく、殺人罪(二項強盗殺人)が成立するとしました。

 この事件の控訴審判決(福岡高裁宮崎支部判決 平成元年3月24日)も、

  • 被害者が自己の客観的状況について正しい認識を持つことができたなら、およそ自殺の決意をする事情にはなく、自殺の決意は真意に添わない重大な瑕疵のある意思で、被害者の自由な意思に基づくものといえないのであるから、被害者を誤信させて自殺させた被告人の行為は、被害者の行為を利用した殺人に当たる

としました。

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