前回の記事の続きです。
被害者の恐怖心・差恥心を利用する方法による監禁行為
監禁罪(刑法220条)にいう監禁とは、
人が一定の区域から出ることを不可能又は著しく困難にしてその行動の自由を奪うこと
をいいます。
脱出を不可能又は著しく困難にする方法は、有形的・物理的な障害だけでなく、無形的・心理的な障害によってもよいです。
無形的・心理的方法としては、
- 被害者の恐怖心・差恥心を利用する方法
- 偽計によって被害者を錯誤に陥れこれを利用する方法
があります。
脅迫等の心理的方法によるときは、被害者をして一定の場所から立ち去ることをできなくする程度に心理的拘束が高度のものであることを要します(最高裁判決 昭和28年6月17日)
もっとも、監禁罪が成立するためには、一定の区域からの脱出が不可能である必要はなく、それが著しく困難であれば足りるので、心理的方法による場合も、被害者をして脱出が著しく困難な心理状態におけば足りるといえます(学説)。
被害者の恐怖心・差恥心を利用する方法による監禁を認めた事例
恐怖心を利用する典型的な場合は、被害者を脅迫する場合です。
被害者に対し、直接脱出の物理的障害となる有形力ではない暴行を加え、退去しようとすれば、その身体にさらにいかなる暴行を加えられるかもしれないと畏肺させて脱出を思いとどめさせる場合も恐怖心を利用する一方法となります。
恐怖心を利用した監禁を認めた事例
恐怖心を利用した監禁を認めた事例として以下のものがあります。
大審院判決(大正13年10月13日)
被害者に対して脅迫を加えて被告人宅に連行し、逃走を防ぐため単身外出を禁じ、子分や家人をして見張りをさせ、被害者が逃げようと思えば家人と外出した際には逃げる機会があったが、後難を恐れて被害者が脱出できなかったという事案です。
裁判所は、
- 不法監禁罪の成立には必ずしも物理的障害をもって手段とすることが必要ではなく、脅迫の手段を用いて被害者を一定の場所まで連行して留め置き、被害者をして後難を恐れてその場から逃走を図るととを思いとどまらせた場合にも同罪が成立する
旨判示しました。
大審院判決(昭和11年5月30日)
A市内の興業街に自宅を構えて興業に従事し親分として知られている被告人が、かねて不快の念を抱いていた映画館の事務員Bを自宅に呼び寄せ、表10畳間において、Bに対し、種々難詰した上、「今夜は誰が何と言って来ても帰さぬ」と申し向け、強いて帰宅しようとすれば暴行にも及びかねまじき気勢を示して、これを恐れたBをして当日午後10時過ぎ頃から翌日午前2時頃まで帰宅できないようにしたという事案です。
裁判所は、弁護人の「監禁は何らか物理的に他人の自由を束縛抑圧することを要し、単に「言語」「気勢」等を用い他人の精神を圧迫してその自由を奪うとき場合を包含しない」との主張を排斥して、
- 不法監禁罪は必ずしも有形的障害をもって手段とする必要はなく、他人を脅迫して一定の場所から去ることをできなくしてその身体を抑留する場合にも成立する
旨判示しました。
被告人らが、被害者に暴行脅迫をして同人をして同所から退去すればその身体にいかなる危害を受けるやも知れないと畏怖させて教室内から退去せしめなかった事案です。
裁判所は、
- 監禁とは、人を一定の場所から脱出できないようにして、間接に身体の自由を拘束することであるから、被告人らの所為は不法監禁罪にあたる
と判示しました。
原審(高松高裁判決 昭和32年3月8日)が
- 監禁とは人をある時間一定の場所から脱出することを不能又は著しく困難ならしめることであって、その手段は必ずしも物理的であることを要するものではなく後難を畏れて逃走を敢てすることができないようにした場合にも監禁罪は成立するところ、本件は日本共産党という大きな組織の中において被告人らから一定の場所に連行されて査問を受け、なお引き続き査問続行のためその場所に留め置かれて起居を命ぜられ、夜ごと査問が続けられていたことは証拠上明らかであるから、かかる状態下において、一時脱出したとしても、到底姿を隠しおうせるものではなく、その後に来る更に強力な査問ないしは仕打ちのあることを覚悟しなければならない上、ほとんど終始監視人が居たので、その監視人がたとえ女一人のときもあったとしても、脱出ということ自体考える余地はなく、監禁罪の成立を否定し得るものではない上、なお、同女において自ら進んで査問や監禁を受けたものとは到底認められない
と判示したところ、最高裁は、本件が監禁罪を構成するとした原判断は正当であるとし、監禁罪の成立を認めました。
施錠を外して、監禁の場所外に逃れることができる場合でも、脅迫行為により後難を恐れるの余りその場を脱出できなくさせて、行動の自由を拘束したときは、不法に人を監禁した場合に当たるとして事例です。
裁判所は、
- 被告人は、原判示のような経緯から嫌がり渋るA子を原判示の被告人方居室に同行した上、同女に対し、原判決の摘示するとおり、同女の変心を執拗に難詰し、軽便カミソリを突き付けて脅し文句をいい、その挙句には同女の頭髪を切断したほか、なお、「俺は刑務所に入ってもこの気持ちは変らない。どこにかくれても必ず探し出してやってやる」、「俺はてめえの顔を切るといったら必ず切るからな」などと言い、さらに、折りたたみの果物ナイフを突き付けて、「俺はこのように用意してあるんだ」と言って脅迫し、同女をして被告人の余りにも激しい言動により、後難を恐れるの余り、その場を脱出しようにもできなくさせた事実が認められるから、一方、同女を同行した被告人方居室の扉や窓は施錠したといっても室内からは錠をはずして出ることが可能であり、被告人はしばらく眠ったり短時間ではあるが外出しており同女を終始監視したものでない事実が認められるとしても、上記居室から同女の脱出が可能であったと判断するのは早計であり、不法監禁罪の成立が認められる
と判示しました。
福岡高裁判決(昭和30年6月29日)
被害者は被告人らから受けた暴行による精神的打撃による畏怖心のため同所からの脱出を断念せざるを得なかった事情が認められるから、逮捕監禁罪の罪責を免れないとして、監禁罪の成立を認めました。
静岡地裁判決(昭和47年6月17日)
ライフル銃で2名を射殺した被告人が、警察と交渉するため、温泉旅館に赴き、ライフル銃を手に携えるとともに今2人殺してきたばかりである旨申し向けて、同旅館の家族5名及び宿泊客8名の合計13名を一室に集め、さらに、ダイナマイトをいつでも爆発させることができるようにした上、旅館の主人夫婦や宿泊客に対し「警察と話をつけるまで我慢してくれ。おとなしくしていれば危害を加えない」などと言って、同人らが旅館を出るなど勝手な行動をすれば、その者又は他の残留者に危害を加える旨を暗に告知して脅迫して、同人らにその旨畏怖させ、同人らを最長約84時間、最短でも約29時間同旅館内に滞留させた行為について、監禁罪の成立を認めました。
脅迫による被害者の恐怖心を利用した監禁の事例
脅迫による被害者の恐怖心を利用した監禁の事例として、以下のものがあります。
前橋地裁判決(平成15年3月28日)
被害者2名に対し、散弾銃を突き付けながら「おかしなことをするとすぐに撃つぞ」などと申し向けて脅迫し、被害者らの自動車に被害者らを乗車させた上、被告人も乗車し、被害者の1人に同車を運転させて発進疾走させ、その間、上記被害者2名を脱出できないようにした行為について、監禁罪の成立を認めました。
福岡地裁小倉支部判決(平成17年9月28日)上告審:最高裁判決(平成23年12月12日)
被害者の身体に通電する暴行を加え、暗に逃走を図れば同様に通電すると脅迫して脱出を著しく困難にした行為について、監禁罪の成立を認めました。
岡山地裁判決(平成23年11月25日)
全裸の16歳の長女の両手首及び両足首をビニールひもで縛った状態で浴室内に立たせ、同女において、前にも同様の罰を受けた経緯から出てはいけないと思いこむとともに、許しを得ずに出た場合に被告人から更なる叱責や暴行を受けることへの恐怖心等から脱出を著しく困難にさせた行為について、監禁罪の成立を認めました。
徳島地裁判決(平成24年7月20日)
「ナンパ」の目的で誘って被告人運転の自動車に乗車させたA女を、同車内に監禁した上強姦しようと企て、A女に対し、「外にカメラマンが20人くらいおって、逃げたら、そいつらにやられるぞ」などといって脅迫し、A女を同車内から脱出することを不可能にさせた行為について、監禁罪の成立を認めました。
脅迫による心理的方法と他の物理的方法等が相まって、脱出を困難にさせて監禁した事例
脅迫による心理的方法と他の物理的方法等が相まって、脱出を困難にさせて監禁した事例として、以下のものがあります。
仙台高裁判決(昭和40年4月8日)
被告人ら2名が、ミュージックホールから逃亡したA子(18歳)を連れ戻そうとして、急行列車に乗車中の同女の乗車券を取り上げ強制的に下車せしめ、被告人方居室に連れ込み、「お前等いくら逃げても、こういう商売をしているのだからすぐ見つかるのだ。ここでヌードやるんだ」と大声で怒鳴りつけて脅迫し、同女をしてその場から立ち去り得ない程度にまで畏怖させ、以後、被告人2名が交互に監視を続けたりなどして同女の脱出を不能ならしめた行為について、監禁罪の成立を認めました。
岡山地裁判決(平成14年11月20日)
被害者に対し、被告人らにおいて、「きっちり落とし前をつけてもらうで。家に帰りたかったらきちんと話をせえ」と申し向けたり、金員を要求して脅迫したりして畏怖させた上、被害者の行動を常時監視するなどして退去することを不能にして監禁した行為について、監禁罪の成立を認めました。
京都地裁判決(平成22年1月28日)
被害者を格子窓付き居室で生活させ、夜間は同居室出入り口ドアに施錠するとともに宿直担当者が監視し、昼間もAスクール及びその周辺等において監視したり、被害者に対し「おまえは、もう日本中どこにも逃げ場はない」と脅迫したり、警棒等で殴るなどし、被害者が一時脱出した際には、連れ戻した上、制裁として被害者の身体を警棒等で多数回殴って、Aスクール及びその周辺等からの脱出を著しく困難にした行為について、監禁罪の成立を認めました。