前回の記事の続きです。
偽計によって被害者を錯誤に陥れこれを利用する方法による監禁行為
監禁罪(刑法220条)にいう監禁とは、
人が一定の区域から出ることを不可能又は著しく困難にしてその行動の自由を奪うこと
をいいます。
脱出を不可能又は著しく困難にする方法は、有形的・物理的な障害だけでなく、無形的・心理的な障害によってもよいです。
無形的・心理的方法としては、
- 被害者の恐怖心・差恥心を利用する方法
- 偽計によって被害者を錯誤に陥れこれを利用する方法
があります。
脅迫等の心理的方法によるときは、被害者をして一定の場所から立ち去ることをできなくする程度に心理的拘束が高度のものであることを要します(最高裁判決 昭和28年6月17日)
もっとも、監禁罪が成立するためには、一定の区域からの脱出が不可能である必要はなく、それが著しく困難であれば足りるので、心理的方法による場合も、被害者をして脱出が著しく困難な心理状態におけば足りるといえます(学説)。
偽計によって被害者を錯誤に陥れこれを利用する方法による監禁行為の事例
偽計による監禁の事例として以下のものがあります。
刑法第220条第1項にいう「監禁」は、暴行または脅迫によってなされる場合だけではなく、偽計によって被害者の錯誤を利用してなされる場合をも含むものと解すべきであると判示した判決です。
被告人は、内縁の夫とともに経営する特殊飲食店の接客婦として雇い入れたA女(当時18歳)が逃げたので、これを連れ戻そうと考え、同女に対し、入院中の同女の母のもとに行くのだとだまして、あらかじめ被告人宅まで直行するように言い含めて雇ったタクシーに乗り込ませ、被告人もこれに乗り込み、運転手に発車を命じて疾走させ、A女がだまされたことに気付き、運転手に停車を求めて車外に逃げ出すまでの約12キロメートルの間脱出不能の状態においたという事案です。
1、2審が不法監禁罪の成立を認めたことから、被告人が上告し、弁護人がその上告趣意で、
- 不法監禁罪の成立にはその手段として強制的事実がなければならないと思料するが、本件被告人はA女を欺罔乗車させたものの強制的に乗車せしめたものではないにもかかわらず、原審は不法監禁罪の正当なる解釈を誤りこれを適用した
と主張しました。
この主張に対し、最高裁は、
- 刑法220条1項にいう「監禁」とは、人を一定の区域場所から脱出できないようにしてその自由を拘束することをいい、その方法は、必ずしも所論のように暴行又は脅迫による場合のみに限らず、偽計によって被害者の錯誤を利用する場合をも含むものと解するを相当とする
- されば、原判決が右と同旨に出で、第一審判決第3摘示の被告人の所為を不法監禁罪に当たるとしたのはまことに正当である
と判示しました。
婦女を強いて姦淫しようと企て、「家まで乗せて行ってやる」と偽って被害者を自己の運転する原動機付自転車荷台に乗車させ、自己の運転する第二種原動機付自転車荷台に乗車せしめ、1000メートル余り疾走した行為について、監禁罪の成立を認めました。
広島高裁判決(昭和51年9月21日)
被告人が一方通行禁止区間を逆走した被害女性に対し、警察官を装い「切符を切るのでこっちの車に乗って下さい」などと申し向け、被告人車に乗車させて疾走した行為について、監禁罪の成立を認めました。
徳島地裁判決(平成24年7月20日)
被告人が、わいせつ目的を隠して歩行中の被害女性に対して、「××駅教えて下さい。ちょっと乗ってくれる」などと申し向けて、××駅まで案内すれば駅前で自動車から降ろしてもらえると誤信した被害女性を被告人車の助手席に乗車させて発進した行為について、監禁罪の成立を認めました。
東京高裁判決(平成11年9月1日)
中学生と高校生の少女5名に対し、「シンナーの臭いを消す薬である」あるいは「痩せる薬である」などとうそを言って、強力な睡眠作用のある薬物を多量に服用させ、被害者らを深い睡眠ないし昏睡状態に陥らせ、アパートの室などに十数時間ないし2日間という長時間にわたり監禁し、うち1名に睡眠薬中毒の傷害を負わせたなどの監禁及び監禁致傷の事案です。
被告の弁護人が、
- 睡眠に陥れるだけでは監禁罪は成立せず、薬物により睡眠していたとしても、行動の自由の可能性があるから、このような場合に監禁罪が成立するためには、行動の自由を奪うような積極的な作為、不作為(施錠、見張り等)が必要である
との主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 甘言を用いて被害者らを被告人の居室に連れ込み、同室において、被害者らに睡眠薬を痩せる薬と偽り服用させて深い眠りに陥らせた被告人の行為は、まさに眠らせることにより人の行動の自由を奪い、眠った場所から外に出られないようにするものであることは明らかであって、これが監禁罪に該当することはいうまでもないことである
- 所論は、睡眠の原因に関与しない者が、睡眠に陥っている人を監禁するためには、部屋に施錠等をすることが必要であるということから、これを睡眠の原因を自ら作り出した者にもあてはめ、眠らせただけでは足りず、その後の行動の自由を奪うような行為をするととが必要であると主張しているが、これが同一に論じられないのはいうまでもなく、所論は採用できない
と判示しました。