刑法(逮捕・監禁罪)

逮捕・監禁罪(23) ~「違法性阻却事由(労働争議行為)」を説明~

 前回の記事の続きです。

労働争議行為

 逮捕罪、監禁罪において、違法性阻却事由として、

が挙げられます。

 この記事では「労働争議行為」を説明します。

 労働争議が盛んに行われていた時代では、労働争議行為に関連して逮捕監禁の行為がしばしば行われ、裁判でその違法性の阻却が争点となることがありました。

労働争議行為の適法性の判断基準

 まずは、労働争議行為の適法性の判断基準について説明します。

 労働組合法1条2項は、

  • 労働組合の団体交渉その他の行為であって同条1項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについては刑法35条が適用され違法性が阻却される

と規定するとともに、

  • ただし、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない

と規定します。

 この規定は正当な労働組合活動が刑法上の違法阻却事由に当たる旨を明文で明らかにしたものですが、違法阻却事由の創設的規定ではなく、憲法28条による労働者の団結権、団体交渉権等の保障に由来する確認的規定であると解されています。

 したがって、労組法の適用を受けない未組織労働者の行動等についても憲法28条に準じた行為については刑法35条の違法阻却が適用になります。

 労働基本権の本質とその限界に関する判例の基本的見解は、最高裁判決(昭和25年11月15日)で示されており、

  • 憲法は勤労者に対して団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障すると共に、すべての国民に対して平等橋自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであって、これら諸々の基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前にことごとく排除されることを認めているのでもなく、後者が前者に対して絶対的優位を有することを認めているのでもない
  • むしろ、これら諸々の一般的基本的人権と労働者の権利との調和をこそ期待しているのであって、この調和を破らないことが、即ち争議権の正当性の限界である
  • その調和点をどこに求めるべきかは、法律制度の精神を全般的に考察して決すべきである

とした上、

  • わが国現行の法律秩序は私有財産制度を基幹として成り立っており、企業の利益と損失とは資本家に帰属するから、労働者側が企業者側の私有財産の基幹を揺るがすような争議手段は許されない

と判示しています。

 そして、違法性判断の具体的基準については、最高裁判決(昭和48年4月25日)において、

  • 勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない

と判示しています。

労働争議行為の目的の正当性と手段の正当性

目的の正当性

 団体交渉ないし争議行為が正当なものたり得るためには、まず交渉の主体が

憲法28条の保障する団体交渉権の主体と認め得るもの

でなければなりません。

 また、交渉の目的が

  • 賃上げ、労働時間の短縮など労働条件の改善
  • 労働者の地位の向上

を追求するものでなければなりません。

手段の正当性

 団体交渉ないし争議行為が正当性を獲得するためには、手段も社会的に相当性の範囲内の行為でなければならなりません。

 手段の相当性を検討するときには、その行為に出ることの必要性も検討しなければなりません。

 この点で、前記のとおり、労働組合法1条2項但書が、「いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」と規定していることに留意しなければなりません。

 同規定は当然の事理を表明したものに過ぎないとするのが一般の解釈であり、争議行為が暴行・脅迫を要素とする暴行罪、傷害罪、脅迫罪、逮捕監禁罪等に該当する場合には、正当な争議行為として刑法35条によって違法性を阻却されることはないとの趣旨であると解されています。

 ここでいう暴力の概念については、刑法上の暴行に該当する行為、つまり人の身体に向けられた有形力の行使と解するのが一般です。

 脅迫が暴力の行使に当たるか否かについては、生命・身体に対して物理力により不法な侵害を及ぼすべき旨が行為者の態度そのものから客観的・明示的にうかがい知られることが害悪の告知と認められる脅迫については、これを暴力に包含されるものと解するのが合理的です。

 しかし、物理的加害手段による法益侵害以外の無形的態様による法益侵害を加える旨の告知、例えば、名誉毀損の告知・業務妨害の告知などを内容とする脅迫は、ここでいう暴力には属さないとみるべきであるとの説が有力に主張されています。

 この点の判例の立場は以下のとおりです。

 最高裁判決(昭和24年5月18日)は、

  • 労働組合の団体交渉その他の行為について無条件に刑法第35条の適用があることを規定しているのではないのであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪に該当する行為が行われた場合、常に必ず同法35条の適用があり、かかる行為のすべてが正当化せられるものと解することはできないのである

とし、最高裁判決(昭和25年7月6日)は、

  • (旧)労働組合法1条2項の規定は、勤労者の団体交渉においても刑法所定の暴行罪または脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまでその適用を認めたものでないことは既に当裁判所大法廷の判例とするところである

とし、その後の最高裁判例はこれらを踏襲して一貫して暴行又は脅迫については労組組合法1条2項の適用がないとしています。

 また、下級審判例の東京高裁判決(昭和26年1月27日)は、

  • 労働組合法1条2項但書の暴力とは、暴行、傷害、殺人等の有形力の不法行使だけでなく文化国家における社会通念上暴力と認められるものはすべてこれに包含するものと解するのが相当である
  • 而して、逮捕ということには必ず一定の実力的力の行使が伴い、その暴力たることは疑なく、また監禁という場合はそれが物理的障害を手段とする場合(有形的)はもちろん、脅迫的言語を手段とする場合(無形的)でも、人の身体の自由を束縛するもので、逮捕と同性質のものであるから、これもまた暴力の一種であると解すべきものである(最高裁判所昭和22年肋第319号昭和24年5月18日大法廷判決参照)」

と判示しおり、参考になります。

労働争議行為において監禁罪の違法性が阻却された判例

 労働争議行為において監禁罪の違法性が阻却された判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和24年12月22日)

 専ら団体交渉の目的を達する手段として、使用者側の交渉委員及びその補助者を約35時間にわたり工場内に閉じ込めて身体の自由を拘束した事案につき、団体交渉権行使の正当な範囲を逸脱したものと認め、監禁罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和29年12月7日)

 団体交渉の開催を要求して会社幹部に対し、会社構内のバレーコートにおいて徹宵十数時間にわたりその自由を拘束した事案で、「(旧)労働組合法1条2 項の規定は同条1項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ刑法35条の適用を認めたに過ぎず、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまで、その適用を定めたものでないと解すべきことは当裁判所大法廷の判例(昭和22年因319号同24年5 月18日宣告、刑集3巻6号772頁参照)とするところである」としたうえ、前記被告人らの所為が(旧)労働組合法1条1項の目的達成のためにする正当行為であると認めることができないことは前記判例の趣旨に徴し明らかであるとし、監禁罪の成立を認めました。

労働争議行為において逮捕監禁罪の違法性の阻却を認めた裁判例

 労働争議行為において逮捕監禁罪の違法性の阻却を認めた裁判例として、以下のものがあります。

福岡地裁判決(昭和36年7月14日)

 組合支部長である被告人Kが、争議中の組合に対して第2組合結成の動きのある組合副支部長のIに対し、出来れば共に闘争を続けさせる目的で説得するため、喫茶店に行くべくIも了承して同行中、一方、Iを旅館に呼び、分派活動の実情調査と説得活動を行う旨の中央闘争委員会の決定に基づき、これを伝達するため組合支部に向かった中央委員の被告人F、Tが、前記状況のK、Iを偶然見付け、FがKに呼び掛けたため、KがFらを待とうとしたが、Iは気付かずにそのまま行きかけたため、これを停止させるべくKが左腕をIの右腕にかけたところ、強制的に連れて行くものと誤解したIが振り放そうとし、追いついたFはIに用件を告げようとしたがKともみ合っているのでIの左腕を自己の右腕で捕らえ、さらに追いついたTがIの肩を前から押さえ、驚いたIは大声で数回助けを求めると共に両側からスクラムを組む形で組まれた腕を振り放すべくもがいたが、その間Fは静かに話し合いたいと数回にわたり申し向け、Iは了承してTの呼んで来たタクシーに乗車して旅館に行って話し合ったという事案です。

 裁判所は、

  • タクシーに乗る前の被告人らの行為については、Iの身体に対し有形力を行使して直接拘束を加え数分間その行動の自由を奪ったというべきであり、これは刑法220条1項の逮捕罪の構成要件に該当するが、本件は闘争中の組合内部における統制違反者に対し、事情聴取と説得のために召喚が決定され、その召喚の伝達に関連して惹起されたものであり、被告人らは右決定の実行を企図したのみであり、この機を失しては他に適当な機会なしと性急にことに処したが他意があったわけではない
  • 本件行為の態様もIの両腕をつかみ数分間同人をしてその束縛から解放されるべくもがくに至らしめたに過ぎず、その間、数回静かに話し合おうと申し向け同人の承諾を得、他に何らの暴行脅迫も行われていないことなど諸般の事情を考慮すれば、本件所為は社会通念上公序良俗に反したものというを得ず、実質的違法性を欠くべきものと解するのが相当である

と判示し、無罪の言い渡しをしました(最高裁判決 昭和39年3月10日も無罪判決を維持)。

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