刑法(逮捕・監禁罪)

逮捕・監禁罪(24) ~「『法律の錯誤』と逮捕罪、監禁罪の成否」を説明~

 前回の記事の続きです。

「法律の錯誤」と逮捕罪、監禁罪の成否

 法律の錯誤とは、

  • 自分の行為が違法であることを知らなかったこと

    または

  • 法的に許されると信じていたこと

をいいます(詳しい説明は前の記事参照)。

 判例は、法律の錯誤があっても、犯罪の故意を阻却せず、犯罪の成立を認めるという立場に立っています(犯罪の成立には故意が必要であることの説明は前の記事参照)。

1⃣ 逮捕罪・監禁罪において、法律の錯誤が争点になった裁判例として、以下のものがあります。

大阪地裁判決(平成23年12月6日)

 被告人が、同居人Aと共謀の上、Aにおいて、被告人の長男B(3歳)の両手と両足をそれぞれビニールテープで縛り、Bをポリ袋に入れてそのロを縛り、その上からBの胴体や足付近をガムテープで巻いて、ポリ袋から脱出できなくして逮捕監禁し、その結果、Bを酸素欠乏により、窒息死させた逮捕監禁致死罪の事案です。

 裁判官は、

  • 弁護人は、被告人はAがしつけの範囲内で行動していると信じていたと主張し、被告人も同趣旨の供述をする
  • しかしながら、Aの行為についての被告人の認識に照らせば、被告人の認識する範囲の行為であるならそれは正当なしつけとして許されると考えたこと自体に誤りがあるというべきである
  • 被告人は、子に対する懲戒権の行使として許される限度についての社会的相当性の評価を誤っていたにすぎないから、そのことで直ちに故意が阻却されることにはならない
  • したがって、被告人に逮捕監禁についての故意が認められる

と判示しました。

2⃣ 違法性の錯誤につき、自己の行為が許されるものと信じたことについて相当の理由があるときは故意を阻却することを認めた判例として、以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和27年12月26日)

 被告人は、夜間、自己の畑のこんにゃくだまの盗難を防ぐため見張り中、Fが深夜こんにゃくだま窃取の目的でその用具を携え、畑道を通って上記畑に近づいたが、付近に人のいるのを知って逃げ出したので、これを追いかげ窃盗の現行犯人と信じて取り押さえ、わら縄で同人の手足を縛り、直ちに人をして逮捕の旨を警察署に届けさせ、そのまま現場で警官の来場を待ち受けていたという事案です。

 裁判所は

  • Fは未だ窃盗に着手せず予備の段階であるから、被告人の本件逮捕行為は現行犯逮捕と解するととはできないが、犯罪の実行の着手をいかに解するかは極めて困難な問題であって専門家の間においても説が分かれ、本件のような事案について着手の有無を判断するに当たっては、当然に相反する見解の生ずることが考えられるものであるから、普通人たる被告人が前記のような経過のもとに、窃盗の現行犯人と信じて逮捕し、自分の行為を法律上許されたものと信じていたことについては、相当の理由があるものと解されるのであって、被告人の上記所為は、罪を犯すの意に出たものということはできない

と判示し、逮捕罪は成立しないとして無罪の言い渡しました。

広島高裁判決(昭和44年5月9日)

 労働条件の是正に関する団体交渉が進捗せず、組合側の時間外勤務の拒否等の戦術に対抗して会社側が営業車のほとんどを回収した上、ロックアウトの戦術に出たところ、回収もれの営業車の一部を組合側が返還要求に応ぜず占有して組合活動の用に供していたので、会社側は、同自動車の前照灯・尾灯等車体の一部を損壊してその運行を不可能にする方針を定め機会をとらえてはこれを実行しつつあったことに対抗し、組合側は、たとえ会社の所有であっても現に組合が管理占有中の車を損壊する行為は器物損壊罪に当たるものと考え、今後同様の行為があった場合は現行犯として逮捕し警察官に引き渡す方針を定め、これを組合員に指示し、同指示を受けた組合員である被告人らは、会社側の者がハンマーを振るって尾灯を損壊しつつある現場を取り押さえ、抵抗するのを車内に連れ込んで押さえ付け、その際、その会社側の者に傷害を負わせ、通報により間もなく到来した警察官に同人を引き渡したという事案で、逮捕監禁致傷罪で起訴された事例です。

 裁判所は、

  • 上記損壊行為は被害者たる会社の承諾があるものとして刑法上違法性を阻却し罪とならず、したがって、これを器物損壊の現行犯として逮捕した被告人らの行為は適法とするわけにはゆかないが、上記損壊行為は会社の自救行為の限界を超えており、また、上記車両は会社の所有に属し、組合側としては、ただその引渡しを拒みこれをほしいままに占有使用していたに過ぎず、刑法262条所定の場合には当たらないとしても、従業員の就労に不可欠の物件であって組合員としてもその保全管理につき重要な利害関係を有する物件であるから、組合幹部が会社側の者の過去2回にわたる車両損壊行為を違法と考え器物損壊に当たるとの見解の下に、爾後このような損壊行為を現認した場合は、これを現行犯として逮捕した上、警察に引き渡すよう組合員に指示したことも、被告人ら組合員が同指示に従い本件損壊行為の現場において、これを制止するために逮捕したことも、争議の原因、経過、損壊行為の目的手段、逮捕の動機態様とその後の措置等に照らすと多分に首肯し得る点があり、被告人らが自己の行為が現行犯逮捕として法律上許されるものと誤信し、かつそのように誤信したことに相当の理由があり、このような場合には犯意を阻却すると解するのが相当である

とし、また、逮捕する際、被逮捕者の受けた傷害の点も、

  • 逮捕に必要な限度内における抵抗を排除するためにした実力行使の結果生じたものと認められ、別個に傷害罪を構成するものではない

とし、逮捕監禁致傷罪は成立しないとしました。

大審院判決(大正10年4月11日)

 精神病者に対してその監護上必要な程度を超えた緊縛を加えそのために同人を死亡させた場合、上記の程度を超過していることを認識していたときは、逮捕監禁罪(刑法220条)、逮捕監禁致死傷罪(刑法221条)の罪責を免れないが、その認識を欠いていたときは単に過失致死罪が成立するにすぎないとし、精神病者を制縛監置した結果死に至らしめた事案について、逮捕監禁致死罪の成立を認めた事例です。

 裁判所は、

  • 被害者の致死が、加害者において、精神病者の監護上必要なる程度を超過したることを認識しながら緊縛を加えたるに存するときは、刑法第220条同第221条の罪責を免れざるべく
  • もし、その認識なくして緊縛を加え、その結果死に致したりとせば、単に過失致死罪を構成すべきをもって加害者の罪責を定るには、如上の事実を判定せざるべからざるものとす

と判示しました。

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