前回の記事の続きです。
逮捕罪・監禁罪の成立には、被害者における逮捕・監禁の認識は不要である
逮捕罪・監禁罪(刑法220条)の成立に、学説では、
被害者が逮捕・監禁の事実を認識していることが必要か(必要説)、それとも不要か(不要説)
について争いがります。
結論として、
自由剥奪の有無は、被害者がこれを認識すると否とにかかわらず、客観的にこれを決すべきである
とし、
被害者が逮捕・監禁の事実を認識していることが必要ないとする「不要説」が多数説
です。
「必要説」は、被害者の意思に現実に反するということが自由の侵害にとっては重要であり、意思に反する事情が明確になって初めて逮捕監禁罪の成立を考えれば十分であるとしますが、その考えを妥当とする説は少数です。
例えば、
- 被害者をだまして車に乗せて疾走して監禁した事例
- 甘言を用いて被害者を犯人の居室に連れ込み、同室において被害者に睡眠薬をやせる薬と偽り服用させて長時間深い眠りに陥らせて、その間、行動の自由を奪って監禁した事例(東京高裁判決(平成11年9月11日)
を想定すれば、被害者に自由を束縛されている認識がないから監禁罪は成立しないという判断が妥当とはいえません。
また、逮捕罪・監禁罪の成否や始期を、そのときどきの被害者の意識によらしめることは、犯罪の事実認定や成否が不明確・不安定になるので、その面からも、被害者が逮捕・監禁の事実を認識していることを必要とするのは妥当ではありません。
裁判例
逮捕罪・監禁罪の成立には、被害者における逮捕・監禁の認識は不要であるとの立場をとった以下の裁判例があります。
広島高裁判決(昭和51年9月21日)
被告人らが強姦(現行法:不同意性交)の目的で偽計を用いて被害女性を自動車に乗車させて疾走し、強姦の犯行現場まで連行したが、その際、同女らが被告人らの意図に全く気付かず降車を要求したこともなかったという事案です。
裁判所は、
- 被告人らがB子あるいはC子を自動車に乗せて犯行現場に連行した際、被告人らは自動車を疾走させたほかには、同女らが自動車から脱出するのを困難ならしめる方法を講じておらず、また、同女らは被告人らの意図に全く気付かず、途中、被告人らに対し降車せしめるよう求めたこともないことは所論(※弁護人の主張)のとおりであるけれども、およそ監禁罪にいわゆる監禁とは、人をして一定の区域外に出ることを不可能又は著しく困難ならしめることをいい、被監禁者が行動の自由を拘束されていれば足り、自己が監禁されていることを意識する必要はないと解するのが相当である
- 本件において、被告人らは同女らを強姦する目的で偽計を用いて自動車に乗車させて疾走したものであり、自動車を疾走させることは同女らをして容易に自動車から脱出することができないようにしてその自由を拘束するものであって、これは外形的にも社会的にも監禁行為と評価さるべきものであり、これを監禁の実行行為というととを妨げない
- 被告人らが被害者らの脱出を困難ならしめるような積極的な方法を講じていないとしても、また被害者らが被告人らの意図に気付かず降車を要求していなかったとしても、被告人らの行為が監禁罪に該当することは明らかであり、 これを監禁罪に問擬(もんぎ)したのは正当である
と判示して、監禁罪の成立を認めました。
京都地裁判決(昭和45年10月12日)
被告人が、母子2人の家に金品強奪の目的で押し入り、台所から文化包丁を持ち出して母親を脅迫したが、母親が隙を窺って生後1歳7か月の男児を残したまま逃げ出し、警察に届け出たことにより、間もなく同家が警察官によって取り囲まれたことを知るや、上記男児を人質にして逮捕を免れようと考え、男児を一室に閉じ込めたうえ、約4時間半にわたり、取り囲んだ警察官らに対し「近づくと子供を殺すぞ」と申し向けて外部との交通を遮断し、さらに、歩き回る同児を手や足で押えて同部屋の片隅に留め置いたという事案です。
裁判所は、
- 同児は、被告人の行為に対し、畏怖ないし嫌忌の情を示していたとは認められないけれども、同児が本件犯罪の被害意識を有していたか否かは、その犯罪の成立に毫も妨げとなるものではない
と判示し、監禁罪が成立するとしました。
最高裁決定(昭和33年3月19日)
偽計による監禁の事例です。
被告人が、内縁の夫とともに経営する特殊飲食店の接客婦として雇い入れたA女(当時18 歳)が逃げ出したので、連れ戻そうと考え、A女に対し、入院中のA女の母のもとに行くのだとだまして、あらかじめ被告人宅まで直行するように言い含めて、雇ったタクシーに乗り込ませ、被告人もこれに乗り込み運転手に発車を命じて疾走させ、A女がだまされたことに気付き運転手に停車を求めて車外に逃げ出すまでの約12キロメートルの間、脱出不能の状態においた事案です。
最高裁は、A女を欺罔して自動車に乗せたときから監禁罪が成立するとした原審(高裁判決)を支持しました。