前回までの記事では、正当行為のうち、以下の「① 法令行為」、「② 正当業務行為」、「③ 自救行為」について説明しました。
今回は、「④ 被害者の承諾による行為」、「⑤ 被害者の推定的承諾による行為」について説明します。
- 法令行為
- 正当業務行為
- 自救行為
- 被害者の承諾による行為
- 被害者の推定的承諾による行為
- 労働争議行為
① 被害者の承諾による行為
被害者の承諾とは?
被害者の承諾とは
犯罪の被害者が、自分に対する加害行為に対し、承諾または同意を与えること
をいいます。
犯罪の被害者が、自分に対する加害行為を承諾・同意した場合、その犯罪行為は違法ではなくなり、犯罪とならない場合があります。
被害者の承諾は、違法性阻却事由になり得るのです。
承諾があれば犯罪とならない罪
たとえば、窃盗罪です。
被害者が「これ盗んでいいよ」と言ったものを盗んでも、違法性が阻却され、窃盗罪は成立しません。
住居侵入罪も承諾により違法性を阻却します。
被害者がいったん「入っていいよ」という意志を示した場合、後から起こったトラブルをきっかけとして、被害者に住居侵入罪で訴えられても、無罪を勝ち取れます。
被害者の承諾で、違法性が阻却される条件
被害者の承諾で、違法性が阻却され、犯罪を成立させない条件は5つです。
1⃣ 承諾の内容が、被害者の個人に関するものであること
犯罪の違法性が阻却されるためには、承諾の内容が、被害者の個人的法益(法益…守られるべき権利)に関するものである必要があります。
承諾の内容が、国家的法益、社会的法益に関するものである場合は、違法性は阻却されません。
2⃣ 承諾が有効であること
違法性が阻却されるためには、承諾が有効なものでなければなりません。
- 子どもや、精神障害者が行った承諾
- 強制的にさせた承諾
- 冗談や本気で言ってない承諾
は、有効な承諾になりません。
3⃣ 承諾が表明されていること
違法性が阻却されるためには、承諾が外部的に表明されている必要があります。
外部的に表明されていれば、承諾が黙示的に(暗黙のうちにそれと気づかせる方法で)行われてもOKです。
4⃣ 承諾が犯行時までに行われていること
違法性が阻却されるためには、承諾が、犯行時までに行われている必要があります。
犯罪が行われた後に、事後的に承諾をしても、違法性は阻却されません。
5⃣ 承諾に基づいてなす行為に社会的相当性があること
被害者の承諾があっても、被害者を殺せば、殺人罪になります。
社会的に相当でない行為は、承諾があっても犯罪になります。
被害者の承諾に関する判例
被害者の承諾に関する判例は、保険金をだまし取るための自演の交通事故事件が有名です(最高裁決定S55.11.13)。
保険会社から保険金をだまし取るために、被害者の承諾を得て、自動車同士を衝突させ、被害者にケガを負わせた傷害事件がありました。
裁判所は、
- 被害者が身体傷害を承諾した場合に、傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべきである
- 過失による自動車衝突事故であるかのように装い保険金をだまし取る目的で、被害者の承諾を得てその者に故意に自己の運転する自動車を衝突させて傷害を負わせた場合には、承諾は、当該傷害行為の違法性を阻却するものではない
として、被害者の承諾があっても、傷害罪が成立すると判示しました。
② 被害者の推定的承諾による行為
「被害者の推定的承諾に基づく行為」とは、
実際に被害者の承諾はないが、もし被害者が事情を分かっていたならば、当然承諾するだろうと判断される場合に行われる行為
をいいます。
「被害者の推定的承諾に基づく行為」があれば、違法性が阻却され、犯罪を成立させません。
たとえば、隣の家の台所から火の手が上がっているのを見て、火を消すために、隣の家の扉を壊して、無断で侵入し、消火活動を行っても、器物損壊罪と住居侵入罪は成立しません。
なお、「被害者の推定的承諾に基づく行為」を行い、事後的に被害者から承諾を得られなかったとしても、推定された承諾は有効であり、違法性は阻却されると考えられています。
次回
今回は、以下の①~⑥の正当行為のうち、「④ 被害者の承諾による行為」、「⑤ 被害者の推定的承諾による行為」について説明しました。
- 法令行為
- 正当業務行為
- 自救行為
- 被害者の承諾による行為
- 被害者の推定的承諾による行為
- 労働争議行為
次回は、「⑥ 労働争議行為」について説明します。