刑法(信書隠匿罪)

信書隠匿罪(2) ~「信書隠匿罪と信書開封罪、窃盗罪、文書毀棄罪、器物損壊罪などの関係」を説明~

 前回の記事の続きです。

信書隠匿罪と他罪との関係

 信書隠匿罪(刑法263条)と

  1. 信書開封罪刑法133条
  2. 窃盗罪(刑法235条
  3. 文書毀棄罪刑法258条刑法259条)、器物損壊罪刑法261条
  4. 郵便法違反(同法77条)
  5. 民間事業者による信書の送達に関する法律違反(同法44条1項)と

との関係を説明します。

① 信書開封罪との関係

 信書開封罪刑法133条)と信書隠匿罪は、保護法益を異にするので、信書を開封して隠匿した場合、信書開封罪と信書隠匿罪の両罪が成立し、両罪は併合罪になると解されます。

② 窃盗罪との関係

 窃盗罪(刑法235条)と信書隠匿罪との関係では、信書を窃取した後に隠匿する行為は、窃盗罪のみが成立し、信書隠匿罪は不可罰的事後行為となって成立しません。

③ 文書毀棄罪及び器物損壊罪との関係

 文書毀棄罪や器物損壊罪における「毀棄」・「損壊」の意義について、判例は、本来の効用を喪失することと解し、「隠匿」も効用を喪失させる行為であるから、文書毀棄罪や器物損壊罪における「毀棄」・「損壊」に「隠匿」も含まれるとしています。

 そこで、信書を物理的に破損させた場合に、

が問題となります。

 この問題に対して明確に答えた判例は不見当であり、学説で理解を深めることになります。

 有力な説として、信書を隠匿する行為だけでなく物理的に破損する行為も、文書毀棄罪や器物損壊罪ではなく、信書隠匿罪により処罰されるとする説があります。

 この説は、信書隠匿罪を信書に関する器物損壊罪の特別規定と解する立場に立ち、信書の経済的価値が相対的に小さいことをその理由とするものであり、妥当な説であるとされます。

 この説に対して、信書を隠匿する行為は信書隠匿罪により処罰されるが、信書を物理的に破損する行為は器物損壊罪により処罰されるとする説があります。

 この理由について、

  • 「隠匿」という文言に毀棄を含めることには無理がある
  • 信書隠匿罪が存在する以上、信書の隠匿のみは信書隠匿罪によって処罰されるべきである

とするものですが、信書隠匿罪に限って「隠匿」を「毀棄」・「損壊」の概念から区別するのは妥当ではないという批判的意見があります。

【参考1】文書毀棄罪にいう「毀棄」に「隠匿」が含まれるとした判例

 文書毀棄罪にいう「毀棄」に「隠匿」が含まれるとことを示したのが以下の判例です。

大審院判決(昭和9年12月22日)

 公文書を「隠匿」した行為について、公用文書毀棄罪が成立するとした事例です。

  •  裁判官は、
  • 犯人が抵当権の実行による競売を延期せしむるの目的をもって、競売期日に競売裁判所に至り、記録の閲覧を求め、すきをうかがい、ひそかにこれを自己の羽織脇下に隠したるまま、同所を立ち去り隠匿し、よって競売裁判所の競売を実施することわざるに至らしめたるときは、刑法第258条の公文書毀棄罪を構成す

と判示しました。

大審院判決(昭和12年5月27日)

 公文書を「隠匿」した行為について、公用文書毀棄罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 公文書を隠匿して、その使用を不能ならしむるときは、その物件が有形的に毀損せられざるも、刑法第258条にいわゆる公文書の毀棄に該当す

と判示しました。

最高裁決定(昭和44年5月1日)

 私文書を「隠匿」した行為について、私用文書毀棄罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 刑法259条にいわゆる文書を毀棄したというためには、必ずしもこれを有形的に毀損することを要せず、隠匿その他の方法によつて、その文書を利用することができない状態におくことをもって足りる

と判示しました。

【参考2】器物損壊罪にいう「毀棄」に「隠匿」が含まれるとした判例

 器物損壊罪にいう「毀棄」に「隠匿」が含まれるとことを示したのが以下の判例です。

最高裁判決(昭和32年4月4日)

 労働組合員が会社2階に掲げてあった木製看板を取り外し、同所から約140メートル離れた他人方の板塀内に投げ捨て、約14日間にわたって所在不明の状態にした行為について器物損壊罪の成立を認めました。

④ 郵便法違反(同法77条)との関係

 郵便法77条は、

「会社の取扱中に係る郵便物を正当の事由なく開き、き損し、隠匿し、放棄し、又は受取人でない者に交付した者は、これを3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。ただし、刑法の罪に触れるときは、その行為者は、同法の罪と比較して、重きに従って処断する

と規定しています。

 「重きに従って処断する」とは、法定刑が重い罪の方で処罰するという意味です。

 信書隠匿罪(刑法263条)の法定刑は、「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料」であり、郵便法違反(同法77条)の法定刑の方が重いので、郵便法違反(同法77条)が成立する場合には、信書隠匿罪は成立しません。

⑤ 民間事業者による信書の送達に関する法律違反(同法44条1項)との関係

 民間事業者による信書の送達に関する法律44条1項は、「一般信書便事業者又は特定信書便事業者の取扱中に係る信書便物」に関して、郵便法77条と同様の行為を処罰する旨定めており、

「一般信書便事業者又は特定信書便事業者の取扱中に係る信書便物を正当の事由なく開き、毀損し、隠匿し、放棄し、又は受取人でない者に交付した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。ただし、刑法の罪に触れるときは、その行為者は、同法の罪と比較して、重きに従って処断する」

と規定します。

 上記郵便法違反(同法77条)と同様に、信書隠匿罪(刑法263条)の法定刑は、「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料」であり、民間事業者による信書の送達に関する法律違反(同法44条1項)の法定刑の方が重いので、同違反が成立する場合には、信書隠匿罪は成立しません。

信書隠匿罪の記事一覧

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