前回の記事の続きです。
道交法違反(過失建造物損壊)は、道交法116条において、
1項 車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する
2項 特定自動運行を行う者又は特定自動運行のために使用される者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により、特定自動運行によって他人の建造物を損壊したときは、6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する
と規定されます。
この記事では、条文中にある
- 「損壊し」
の意義を説明します。
「損壊し」とは?
「損壊し」とは、一般に「物の効用を害すること」をいいます。
「損壊し」とは、その一部を損壊することにより成立し、その損壊によって建造物の効用を全然不能ならしめることを要しません(大審院判決 明治43年4月9日)。
道交法116条の「損壊」に言及した裁判例として、以下のものがあります。
【事案】
Aは普通乗用車を時速約30キロメートルで運転進行中、前方注視を怠ったため、道路に放置されていた石塊に乗り上げハンドル操作を誤り、暴走してB方台所に衝突して停止したが、その際、B方軒下に置いてあったプロパンポンべを倒し、これを引きずり調整器を破損させてガスを放出させた上、そのプロパンポンべを引きずった際、金属火花を発生させてガスに着火させ、B方家屋を全焼させたという事案です。
【一審判決(福井地裁武生支部判決 昭和48年9月18日)】
一審の裁判所は、
- 道路交通法第116条に「損壊」とは、自動車の突入ないしは自動車事故に伴う物理的衝撃力により建造物が損壊した場合を指し、本件の如く自動車が建造物に接触したのみで、直接これを損壊せず、ただ右接触の結果火災が発生し、建造物が焼燬したような場合は「損壊」に当らないので、同法第116条違反の罪は成立しない
と判示し、道交法違反(過失建造物損壊)は成立しないとしました。
【控訴審判決】
名古屋高裁金沢支部は、
- 過失による運転行為により直接建造物に物理的衝撃力による破壊その他建造物の効用を害する結果を生じたが如き場合はもとよりであるが、道路交通法第116条は、損壊の原因、態様等につき何ら規定していないのであるから、損壊の意義については、刑法その他の法律におけると同様、物の効用を害する一切の行為と解して妨げなく、火による滅損は物理的に形態を変更する最たるものであるから、当然に損壊に当ると解されるので、過失ある運転行為と建造物焼燬との間に因果関係の認められる限り、同法第116条違反の罪の成立を妨げない
と判示し、一審判決を破棄し、道交法違反(過失建造物損壊)が成立するとしました。
名古屋高裁判決(昭和49年6月26日)
裁判所は、
- ここにいわゆる「損壊」とは、一般に物の効用を害することをいうものと解せられるのみならず、刑法における毀棄等の罪と放火等の罪についての諸規定の関係を考慮にいれても同法条の場合に火力による滅損の場合を特別除外しているものとは解せられず、また、事柄を実質的に検討してみても、車両等ことにその中核を占める自動車についていえば、それ自体建造物に対する物理的破壊力を有するのみならず、ガソリン等を燃料とする内燃機関を具備する構造上、必然的に衝突時において火災発生の危険性を内包しているものであるから、建造物に突入した場合等において、その衝撃が原因となり自動車から火を発し、これにより建造物を焼燉するに至る事態がおこりうることは一般的見地からしても容易に考えられるところであるから、同法条の趣旨がかかる場合を除外し、物理的衝撃力により損壊した場合のみを処罰の対象としたものとは容易に断じ難いものであるといわねばならない
と判示しました。
道路交通法116条にいう「建造物を損壊したとき」とは建造物の効用を害する一切の行為をいい、建造物を焼燬した場合を含むとした判決です。
裁判所は、
- 道路交通法第116条は、損壊の態様について何ら制限しておらず、本来損壊とは物の効用を害する一切の行為をいうのであるから、物理的滅失を含み、その一態様である焼燬の場合を含むことは明らかである
- また、自動車の構造からすれば、人家との衝突により自動車自体からの発火の可能性も、また同様に予見し得るところであり、さらに人家は電気・ガスなど衝撃により発火ないし引火しやすい設備を有しているのが一般的であるから、右衝突の衝撃によりガスなどが発火ないし引火して建造物を焼燬する場合のあり得ることは、通常容易に予見できるところである
と判示しました。