前回の記事の続きです。
道交法違反(過失建造物損壊)は道路上で起こったものでなくても成立する
道路交通法違反は、道路上の違反を処罰するものなので、道路上ではない場所において違反行為をしても、道交法違反は成立しません。
しかしながら、道交法116条の道交法違反(過失建造物損壊)は、道路上ではない場所で(例えば、駐車場、住宅敷地内など)、運転者の過失により自動車を暴走させたり、炎上させるなどして建造物を損壊した場合には成立が認められます。
この点を判示した裁判例があります。
大分地裁判決(平成23年1月17日)
【事案】
コンビニの駐車場に駐車した自動車(駐車スペースに車の頭から入り、車の前方にコンビニ店舗がある状態で駐車)を、酒気帯びた状態で発進させるに当たり、一方的な過失により、発進時に後退と前進を間違えて、車輪止めを乗り越えて、コンビニ店舗の外壁に自動車を衝突させて外壁を凹損する事故を起こしたが、その事故を警察に報告しなかった事案で、道交法違反(酒気帯び)、道交法違反(過失建造物損壊)、道交法違反(事故申告義務違反)で起訴された事例です。
道交法違反(酒気帯び)と道交法違反(事故申告義務違反)については、駐車場上でなされた行為であり、道路上でなされた行為ではないので道路交通法違反は成立しないとし、無罪が言い渡されました。
しかし、道交法違反(過失建造物損壊)については、道路における車両等の交通に直接起因する事故でなくても成立するとして、有罪を言い渡しました。
【判決内容】
1⃣ 道交法違反(過失建造物損壊)について有罪を言い渡した点について
裁判所は、
- 弁護人は、過失建造物損壊罪について、道路における車両等の交通に起因する事故とはいえないので無罪である旨主張する
- 検討すると、過失建造物損壊罪について、道路交通法116条は、車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、6月以下の禁錮又は10万円以下の罰金に処すると規定している
- ここで、過失建造物損壊罪にいう運転者とは、道路交通法2条1項18号に「当該車両等の運転をする者」とされている運転者のことであり、必ずしも現実にその車両等を運転している状態にある者ばかりでなく、その車両等を運転していた者が、一時その運転を止め、更にその車両等を運転することとなる者も含まれているものと解されている(「執務資料道路交通法解説」(道路交通執務研究会編著。15ー2訂版。平成22年。東京法令出版)1236頁)
- そうすると、道路上を運転進行中でなくても、駐停車中の車両等が運転者の過失により暴走したり、炎上したりして、建造物を損壊したときには、過失建造物損壊罪の成立を認めてよいと考えられる
- 道路における車両等の交通に直接起因する事故でなくても、過失建造物損壊罪は成立するから、この点に関する弁護人の主張は採用できない
- よって、判示のとおり、過失建造物損壊罪の成立を認めた
と判示し、道交法違反(過失建造物損壊)の成立を認めました。
2⃣ 道交法違反(酒気帯び)と道交法違反(事故申告義務違反)については無罪を言い渡した点について
裁判所は、
- 被告人が自動車を運転した場所(以下「本件運転場所」という。)は、前記「コンビニエンスストア乙店(以下「コンビニエンスストア」という。)」店舗外壁東側に設けられた駐車場のうち、北から3番目の駐車枠(以下「本件駐車枠」という。)の車輪止めと店舗外壁との間であった
- その車輪止めと、店舗外壁の間には、約2.5メートルの間隔があった
- 被告人は、本件駐車枠に自動車を止めて仮眠した後、同自動車を発進させる際に、後退させるべきところを誤って前進、暴走させ、車輪止めを乗り越えさせ、店舗壁面に衝突させてしまったものである
- 本件は、いずれも道路交通法違反被告事件として起訴されたものであって、道路交通法上、酒気帯び運転は、道路上でなされたものでなくては、処罰の対象にならな
い
- 交通事故の報告義務違反も、道路交通上の事故でなければ、報告義務違反にならなそこで、本件運転場所が道路交通法2条1項1号が規定する道路に該当するかどうかが問題になる
全体として判断すべきとする検察官の主張について
- 検察官は、次のとおり主張する
- 道路交通法2条1項1号が、道路法2条1項に規定する道路、道路運送法2条8項に規定する自動車道のほか、一般交通の用に供するその他の場所に道路交通法の規定を適用することとした趣旨は、道路法による道路及び道路運送法による自動車道以外の場所であっても、現に不特定多数の人や車が交通している事実が存在し、その交通に対する管理が自主的に行われていなければ、その場所における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るため、法による規制を必要としたことにほかならない
- そして、「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するかどうかは、運転者が車両を運転した当該場所の利用状況のみに着目するという分断的な思考ではなく、当該場所とその周囲の状況とを全体として見たうえ、一体として利用されているか否かなども加味し、全体として、「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するかどうかを判断しなければならない
- 以上のとおり、検察官は主張する
- 検討すると、本件運転場所には、車輪止めが設けられており、そもそも物理的に自動車の通行ができないよう設計されている
- また、商業施設の敷地は、歩行者が通行するとしても、その商業施設の利用客という特定人が使用する場所であって、直ちに不特定多数人が使用する道路といえるものではない
- 道路交通法上道路の概念は同法総則2条の定義規定で定められているものである
- 物理的に自動車が進行することが予定されておらず、その商業施設の利用客以外に使用する者のいない商業施設の敷地まで、道路と解釈してしまうと、商業施設の敷地はほとんど道路交通法上の道路に該当し、道路交通法76条、77条等により公権力による道路規制の対象となってしまうという難点がある
- 従来の下級審裁判例(東京高等裁判所平成17年5月25日判決(判例時報1910号158頁)参照)も、駐車場の個々の部分について、道路に該当するかどうかを検討して判断を加えており、検察官が主張するように全体として判断してはいない
- 検察官の主張は、理解できないではないが、道路概念を拡張解釈するものではないかという疑問があり、直ちには採用できない
不特定多数の通行者が存在するという検察官の主張について
- 検察官は、本件運転場所を、コンビニエンスストアの利用目的以外で通過する者も少なからず存在している旨主張する
- しかし、警察官作成の道路性捜査報告書によれば、本件起訴後に、警察官において、本件運転場所を通過するコンビニエンスストア利用目的以外の歩行者等の数量について調査したところ、コンビニエンスストア利用客以外の者で本件運転場所を通過した歩行者等は確認できなかったというのである
- また、検察官は、コンビニエンスストアのオーナーの供述によれば、本件運転場所について、コンビニエンスストア利用目的以外で通過する人がいることが認められる旨主張する
- 確認すると、コンビニエンスストアのオーナーであるA、検察官調書において、近所に住んでいる人の中には、コンビニエンスストアのゴミ箱にゴミを捨てる人があり、そういった人がコンビニエンスストアを利用するわけでないのに、本件事故現場を通行する人になる旨述べている
- しかし、コンビニエンスストアのゴミ箱にゴミを捨てに来る人は、ゴミを捨てるためにコンビニエンスストアの施設を利用しているのであるから、商業施設の利用者として理解すべきである
- コンビニエンスストアにゴミを捨てに来る人は、一般に交通する不特定多数の人とはいえない
- この点に関する検察官の主張は採用できない
道路性の有無について
- 本件運転場所は、車輪止めと店舗外壁との間であって、店舗の屋根が途中まで張り出しており、店舗の軒下の延長ともいえる商業施設の敷地であり、車輪止めによって物理的に自動車の通行ができず、コンビニエンスストアの利用客以外の不特定多数人が通行する場所でもないことから、道路には該当しないと考えられる
- なお、本件コンビニエンスストア駐車場の形状等からすると、駐車区画された部分は駐車場所であって、道路ではないが、駐車区画の東側は道路に該当し、駐車区画された駐車場所から東側すなわち道路出入りすることも道路の通行に該当するといえる
- しかし、被告人は、本件において、駐車区画された部分から、道路側へ自動車を発進させたのではなく、誤って駐車区画から道路の反対側に向けて発進させ、車輪止めを乗り越えさせてコンビニエンスストア建物の壁面に衝突させたのであって、道路へ発進させたものではない
- 客観的に見て、被告人が、道路上を運転し、あるいは道路発進したものといえない以上、被告人に酒気帯び運転の故意があっても、道路交通法違反にはならない
結論
- 以上によれば、平成22年8月26日付け起訴状記載公訴事実第1の酒気帯び運転の事実は、道路上でなされたものでないので、道路交通法違反の罪とならない
- また、同第3の交通事故の報告義務違反も、道路交通上の事故の報告を怠ったものではな いので、道路交通法違反の罪とならない
- よって、これらの事実については、刑事訴訟法336条により、無罪の言渡しをすることとする
と判示しました。