前回の記事の続きです。
道路交通法違反(飲酒運転同乗罪:道交法65条4項)を説明します。
道路交通法違反(飲酒運転同乗罪)とは?
道路交通法違反(飲酒運転同乗罪)は、道交法65条4項において、
- 何人も、車両(トロリーバス及び旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のものその他の政令で定める自動車を除く。以下この項、第117条の2の2第1項第6号及び第117条の3の2第3号において同じ。)の運転者が酒気を帯びていることを知りながら、当該運転者に対し、当該車両を運転して自己を運送することを要求し、又は依頼して、当該運転者が第一項の規定に違反して運転する車両に同乗してはならない
と規定されます。
道交法65条4項は、車両の運転者が酒気を帯びていることを知りながら、運転者に対し、車両を運転して自己を運送することを要求又は依頼して車両に同乗することを禁止したものです。
立法趣旨
本罪は、飲酒運転の根絶を図るため、飲酒運転を幇助する行為の中でも特に悪質であると評価できるものについて、独立した禁止規定を設けた上で、独立の犯罪としたものです。
そのため、法定刑も道路交通法違反(酒気帯び運転・酒酔い運転)の幇助犯よりも重く定められています。
本罪の立法趣旨に言及した以下の裁判例があります。
長野地裁判決(平成24年7月5日)
裁判所は、
同乗罪は、飲酒運転の幇助犯という性質を有するが、
- 運転者の飲酒運転の意思を強固にして飲酒運転を助長する
- 飲酒運転により運送される便宜を自ら享受しようとしている
- 回り道等により、飲酒運転による交通の危険性が増大する
ことなどを考え、飲酒運転を助長する行為の中でも、特に悪質なものとして、重く罰することが立法趣旨とされている
そして、道路交通法が、要求又は依頼をして同乗した者を処罰対象としている所以は、このような観点から、単に同乗すること以上の悪質性を見いだしていることからとされる
と判示しました。
法定刑
本罪は、車両の運転者が酒気を帯びていることを知りながら、運転者に車両を運転して自己を運送することを要求又は依頼して、要求等を受けた者が飲酒運転する車両に同乗した場合に成立するものです。
1⃣ この場合、
- 同乗者において車両の運転者が酒気を帯びた状態と認識したが、実際に運転者が酒に酔った状態又は酒気を帯びた状態で車両を運転した場合
又は
- 同乗者において運転者は酒に酔っていると認識したが、実際には運転者が酒気を帯びた状態で車両を運転した場合
には、道路交通法違反(酒酔い運転)の車両に同乗したとして、
- 道交法117条の3の2第3号(2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)
の罰則が適用されることとなります。
2⃣ 同乗者において運転者が酒に酔った状態であることを認識し、運転者が、道路交通法違反(酒酔い運転)をした場合は、
- 道交法117条の2の2第6号(3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)
の罰則が適用されます。
3⃣ 複数の同乗者のうち、一人が「要求又は依頼」をし、その他の者が一緒に同乗した場合は、要求又は依頼した者は本罪で処罰されることとなりますが、その他の者には本罪は成立しません。
この場合、その他の者に対しては、道路交通法違反(酒気帯び運転・酒酔い運転)の教唆犯又は幇助犯の成立が検討されることとなります。
「何人も」とは?
「何人(なんぴと)も」とは、「だれでも」という意味です。
「何人も」とは、法令上は、国籍、性別、年齢を問わず、日本国の統治権の対象となる全ての者をあらわす場合に用いられる用語です。
本罪に違反した者(車両同乗者)が、運転免許を有する者である場合は、「重大違反唆し等」(道交法90条1項5号、103条1項6号)として行政処分の対象となります。
「車両(トロリーバス及び旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のものその他の政令で定める自動車を除く)の運転者が酒気を帯びていることを知りながら」とは?
「酒気を帯びて」とは?
「酒気」とは、アルコール分を指します。
それが
- 酒、ビール、ウイスキー等のアルコール飲料に含まれているもの
- アルコールそのもの
- 飲料以外の薬品等に含まれているもの
であるとを問いません。
「酒気を帯びて」とは、
社会通念上、酒気帯びといわれる状態
をいい、
外観上(顔色、呼気等)認知できる状態にあること
をいうものと解されています。
したがって、酒に酔った状態であることは必要でないし、また、運転の影響が外観上認知できることも必要ではありません。
「酒気を帯びて」の認識
本罪が成立するためには、車両の運転者が酒気を帯びていることを認識していることが必要となります。
運転者が酒気を帯びていることの認識は、必ずしも同乗前にある必要はなく、同乗後に認識した場合でも、認識後に、運転者に対して車両を運転して自己を運送することを要求し、又は依頼する行為があれば本罪が成立します。
「車両(トロリーバス及び旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のものその他の政令で定める自動車を除く)」とは?
1⃣ 「車両」とは、
自動車、原動機付自転車、軽車両、トロリーバス
をいいます(道交法2条1項8号)。
飲酒運転同乗罪では、カッコ内の規定で飲酒運転同乗罪の禁止対象となる車両から、
- トロリーバス
- 旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のもの
- その他政令で定める自動車
が除かれています。
上記①~③のトロリーバス等が除外されているのは、これらは人を乗せて運転し、運送すること自体を目的とするものであり、運転飲酒運転の意思が強められたり、飲酒運転が助長されることとならないことによります。
②の「旅客自動車運送事業」については、道交法64条3項に定義が示されており、道路運送法2条3項に規定する旅客自動車運送事業をいいます。
「旅客自動車運送事業の用に供する自動車」については、本来的業務に従事中であることが必要です。
車両を自家用運送の用に供している場合や無償である場合、回送中である場合等は同乗の禁止対象とされます。
③の「政令で定める自動車」については、道交法施行令26条の2に定められており、
- 道路運送法2条3項に規定する旅客自動車運送事業の用に供する自動車で当該業務に従事中のもの
- 自動車運転代行業の業務の適正化に関する法律2条6項に規定する代行運転自動車
が該当します。
2⃣ さらに、罰則が科される対象車両は、「酒酔い運転車両への同乗」と「酒気帯び運転への同乗」との場合で異なります。
「酒酔い運転車両への同乗」は、道交法117条の2の2第1項6号により、条文で「当該同乗した車両」が処罰対象となっており、つまり、対象車両は、
自動車、原動機付自転車、軽車両
となります。
「酒気帯び運転への同乗」は、道交法117条の3の2第3号により、条文で「当該同乗した車両(自転車以外の軽車両を除く)」が処罰対象となっており、つまり、上記の車両から自転車以外の軽車両が除かれるので、対象車両は、
自動車、原動機付自転車、自転車
となります。
「当該車両を運転して自己を運送することを要求し、又は依頼して」とは?
「要求」とは『指示すること』をいいます。
「依頼」とは『頼むこと』などをいいます。
要求又は依頼行為は、
運転者に自分の意思を反映させようとする意思がうかがえるような働きかけを行う行為
を意味します。
本罪の要求又は依頼行為は、行き先を指定するなどして同乗者が自らの意思を反映させようとしていることが認められるものでなければなりません。
したがって、運転者に誘われてこれを承諾するだけでは足りず、この程度の行為は、本罪にいう要求又は依頼行為に該当しません。
また、要求又は依頼行為は、必ずしも同乗前に行われる必要はなく、同乗後に行き先を告げるなど要求又は依頼行為が行われた場合でも本罪が成立します。
黙示の依頼でも(明示的な要求又は依頼でなくても)、本罪の要求又は依頼行為に該当する場合がある
明示的な要求又は依頼の文言がない場合であっても、
- 同乗者と運転者の関係
- 同乗に至った経緯
などの個別具体的な状況から判断して、要求又は依頼があったと認められる場合には、本罪が成立します。
この点に関する以下の裁判例があります。
長野地裁判決(平成24年7月5日)
従前から、被告人が居酒屋で飲酒した後、運転者又は交際女性の運転する本件車両で自宅付近に送られることを繰り返していた間柄で、運転者が酒気を帯びていることを十分に知りながら、帰宅の足として本件車両に同乗するという積極姿勢を示したことは、殊更にロに出さずとも、運転者との間では相互の了解事項といえ、「黙示の依頼」があったとして、道路交通法違反(飲酒運転同乗罪)の成立を認めた判決です。
〈争点〉
被告人から、運転者に対し、同乗罪の構成要件要素である「依頼」があったか否か。
道路交通法65条4項に規定するいわゆる飲酒運転同乗罪(以下「同乗罪」という。)は、同乗者が、「当該運転者に対し、当該車両を運転して自己を運送することを要求し、又は依頼」することを構成要件要素として定めているところ、検察官は、被告人から「黙示の依頼」があったと主張するのに対し、弁護人は、依頼等は一切なく、同乗罪は成立しない旨主張した。
〈酒気帯び運転までの経緯〉
1 運転者は、10月半ば頃から、交際女性をアルバイト先である居酒屋(以下「居酒屋」という。)に本件車両で送迎するようになった。
本件当日までの間、5回程度、運転者が遊び友達である被告人を誘い、本件車両で居酒屋へ行き、一緒に飲酒しながら、交際女性の仕事が終わるのを待ち、帰りは3人で本件車両に乗り、まずは被告人を送り届け、その後2人で帰ることがあった。
そのような場合、帰りに本件車両を運転するのは、運転者か交際女性のどちらかであった。
被告人を含め誰もが、飲酒運転に異を唱えたことはなかった。
2 被告人は、本件前夜である11月4日夜も、運転者に誘われ、本件車両で午後8時半から9時頃居酒屋に行ったが、帰路については、いつものとおり、運転者か交際女性のいずれかが運転する本件車両で送ってもらうつもりであった。
被告人と運転者は、居酒屋で飲酒した後、日付の変わった翌5日午前零時頃、一緒に居酒屋を出て、午前零時過ぎ頃、運転者が本件車両の運転席に、被告人が助手席に乗り込んだ。
被告人は、運転者に対し、「大丈夫か。」と尋ねると、運転者は「おう。」と応じた。
3 ところが、この日は、運転者としては、交際女性と他に用事があったため、交際女性の仕事が終わるのを待たず、先に被告人を送り、再び、居酒屋に戻って交際女性と合流しようと考え、本件車両を発車させ、被告人の自宅方向へ向かった。
被告人は、走行中に、居眠りをしたり、携帯電話のメールをするなどしていたが、運転者は、午前零時35分頃、本件車両を運転して判示道路に至り、歩行者2名を死傷させる事故を惹起し、被告人の同乗が発覚した。
〈裁判所の判断〉
1 被告人の認識
上記認定事実に対し、弁護人は、被告人と運転者との間で、「大丈夫か。」「おう。」というやりとりはなく、被告人は、乗車後居眠りをしてしまい、途中まで、運転者が運転していることを知らなかったと主張する。
しかしながら、運転者は、被告人との間で上記のようなやりとりがあったと明確に証言し、被告人自身も、必ずしも、発言自体を否定しているわけではなく、両者の間でこの会話がなされたことは優に認定できる。
そして、この会話が、本件車両に乗車した際に交わされていることからすれば、運転者が飲酒運転をしても大丈夫かどうかを尋ねた会話であったというほかない。
運転者も被告人も、この会話の趣旨について、日常的な挨拶程度のものであって深い意味はなかった旨弁解しているが、不自然であって信用できない。
したがって、被告人は、本件車両に乗車した際に、運転者が運転するということを認識したというべきである。
2 同乗罪の成否
⑴ 問題点
既に認定した酒気帯び運転までの経緯によると、被告人は、本件当日、運転者に対し、明示的に、本件車両を運転して自己を運送することを依頼した事実はなく、この点は、当事者間に争いはない。
問題は、検察官が主張するように、「黙示の依頼」があったか否か、仮に、あったとして、黙示の依頼 でも、同乗罪の構成要件要素を充たすか否かである。
⑵ 同乗罪の立法趣旨
ア 同乗罪は、飲酒運転の幇助犯という性質を有するが、
- 運転者の飲酒運転の意思を強固にして飲酒運転を助長する
- 飲酒運転により運送される便宜を自ら享受しようとしている
- 回り道等により、飲酒運転による交通の危険性が増大する
ことなどを考え、飲酒運転を助長する行為の中でも、特に悪質なものとして、重く罰することが立法趣旨とされている。
そして、道路交通法が、要求又は依頼をして同乗した者を処罰対象としている所以は、このような観点から、単に同乗すること以上の悪質性を見いだしていることからとされる。
イ この立法趣旨からして、依頼とは、「運転者に自分を運送してほしいという意思を反映させようとする意思が窺えるような働き掛けを行う行為とされ、黙示でも足りると解されている。
反面、運転者に誘われ、単にこれを承諾するだけでは足りないともいわれている。
3 本件への適用
そこで、前記認定事実に関し、同乗罪の立法趣旨を基にして考えてみることとする。
運転者は、被告人を自宅付近まで送り届けるために運転を行い、被告人も、自己を送ってもらうために同乗していたのであるから、運転者の運転行為を帰宅の足として利用したものである。
そして、運転者と被告人のこうした意思は、本件が、従前から、被告人が居酒屋で飲酒した後、運転者又は交際女性の運転する本件車両で自宅付近に送り届けてもらうことを繰り返していたという経緯の中、その一貫として行われたことであるから、殊更にロに出さずとも、被告人と運転者の間では相互の了解事項であったといえる。
以上のような事情に照らせば、被告人は、「運転して送ってほしい」という積極的な意図を有し、その被告人の意図は運転者も了解しており、現に被告人が乗り込むことによって明確にされ、運転者の飲酒運転が「助長」され、飲酒運転が行われたことで被告人は「運転行為による便宜の享受」をし、さらに本件運転行為が行われたことにより「交通の危険性が増大」されているのであるから、前記の立法趣旨からすると、明示的な依頼文言がなかっただけで、「黙示の依頼」があったと認定すべきである。
4 弁護人の主張
⑴ 弁護人が同乗罪の成立を否定する根拠は、次のとおりである。
すなわち、
- 被告人が本件車両に乗り込んだのは、あくまでも交際女性を待っためであり、その時点では、運転する者が、誰かはまだ決まっておらず、被告人が乗り込んだ事実をもって、依頼したと評価することはでき
- 運転者は、被告人の働き掛けがなくとも自ら被告人を運送する意思を有し、いわば自発的に被告人を運送することが習慣となっており、本件も、その一環として被告人を運送したにすぎない
- 検察官の見解は、あたかも、送ってもらう願望・意思を内心に有しつつ、乗り込む行為をもって「依頼」の要件を充足するとしているようであるが、「依頼」の文言解釈から著しく乖離した暴論である
- ④運転者に誘われて同乗を承諾し同乗しただけでは「依頼」に当たらないが、その場合であっても、同乗の願望・意思、飲酒運転の助長、飲酒運転による便宜の享受、飲酒運転による交通の危険性の増大といった点に変わりはなく、同乗罪は、「依頼」という積極的作為によって処罰範囲を画しているのであるか ら、この要件は明確かっ限定的に解釈されなければならないなどというのである。
⑵ そこで、弁護人の主張について、当裁判所の見解を示しておくこととする。
まず、被告人が乗り込んだ時点で、運転する者が決まっていなかったとの点(弁護人の主張①)は、既に認定したように、運転者が運転すると決まっており、採用することはできない。
次に、運転者の自発性の点(弁護人の主張②)については、被告人を同乗させていたのは、単に運転者の意思のみではなくて、同乗する被告人側の働き掛けも相まっていたというべきであるから、弁護人の指摘は当たらない。
弁護人の主張については、同乗罪は、「依頼」を積極要件として規定しており、処罰の限界を画するため、安易な拡大解釈等は許されず、この要件を厳格に解釈し当てはめるべきは弁護人のいうとおりであり、検察官が主張するように 「『運転者が酒気を帯びていることを知りながら、その飲酒運転を利用しようとして黙って車両に乗り込む』行為は、運送を頼む『意思を運転者に了解させ、その運送の働き掛けを行う行為にほかならない』」とか「運転者の明示の誘いに基づく同乗以外はすべて『要求』『依頼』 に該当する」などということはできない。
しかしながら、本件では、従前の被告人と運転者との経緯等の諸事情も勘案すると、被告人側も同乗の積極性を示し、それが運転者の飲酒運転意思と相互作用して、助長したというべき事案である。
単に運転者から一方的な誘いを受けたり、飲酒運転を利用する意図で乗り込んだに過ぎない事案とは全く様相を異にし、「明示の依頼」があったと同視できる状況があり、こうした状況がある場合に「黙示の依頼」を認定しても、処罰範囲を不明確にすることはなく、同乗罪の構成要件要素を充たしているというのが相当である。
弁護人の主張は、これを採用することができない。