道路交通法違反

酒気帯び・酒酔い運転(5)~「アルコール保有量測定のための強制採血」を説明

 前回の記事の続きです。

アルコール保有量測定のための強制採血

 道路交通法違反(酒酔い運転)と道路交通法違反(酒気帯び運転)の証拠保全は、基本的に、任意検査として、

  • 呼気検査(飲酒検知器によってその者の呼気中に保有するアルコールの程度を測定すること)
  • 酒酔い・酒気帯び鑑識カードにより、その者の言語、歩行能力等の外観的観察によること

によって行われます。

 運転者が任意検査を拒否した場合は、強制検査として、

  • 強制採血又は強制採尿によってアルコール保有量を測定すること

によって証拠保全をはかることになります。

 この記事では、「アルコール保有量測定のための強制採血」について説明します。

 強制採血は、注射針を人の身体に刺すなど、人の身体に損傷を与える行為です。

 そのため、強制採血を合法的に行うには、裁判官が発付する令状である

  • 鑑定処分許可状
  • 身体検査令状

の2つの令状が必要になります(詳しくは前の記事参照)。

 強制採血は適法な令状に基づいて行わなければならないことに言及した以下の裁判例があります。

仙台地裁判決(昭和46年8月4日)

 アルコール保有量測定のための強制採血の手続が、法令に違反している場合は、その強制採血によって測定されたアルコール保有量の証拠は、証拠能力が否定されるとした判決です。

 裁判所は、

  • 証拠収集が法令手続に違背してなされた場合、証拠価値の有無を問わず証拠能力を有しないものとすべきものか問題であるが、憲法第31条刑訴法第1条の趣旨からすれば、少なくとも重大な手続違背が存する証拠については、その証拠能力を否定すべきである
  • そうすると、採血行為自体は人の身体に対する傷害を伴うもので重大な人権にかかわるものであり、本件採血行為は令状主義に反し、重大な手続違背を犯してなされたもので、本件鑑定書は証拠能力がないといわなければならない

と判示しました。

仙台高裁判決(昭和47年1月25日)

 裁判所は、

  • 刑訴法第218条の身体検査令状による身体の検査は、あくまで検証として身体の外部から五官の作用によってなしうる程度のものに限られるべきであり、軽度であるにせよ身体に対する損傷を伴い生理的機能に障害を与えるおそれのある血液の採取は、特別の知識経験を必要とする医学的な鑑定の処分としての身体検査によるを相当とする
  • 家宅搜索につき犯罪捜査規範第108条が任意の承諾を得られると認められる場合においてもなお令状発付を受けて捜索しなければならない旨定めている趣旨から採血という人身に対する直接の侵犯を伴う場合には、令状主義の制約を潜脱する名目に堕するおそれの著しい暗黙の承諾を安易に推定すべきではない

と判示しました。

札幌地裁判決(昭和50年2月24日)

 裁判所は、

  • 血液の採取は、人の身体を傷つけるほか、健康状態にも悪影響を及ぼすおそれがあるなど、人の身体の自由を著しく侵害するものであるから、これが搜査の目的で行われる場合には、捜査官が鑑定処分許可状を得て、これを医師等の鑑定受託者に行わせる場合とか、被疑者の真意かっ任意に出でた承諾があるとき、採取者の職業等を含めて考察した医学上承諾された方法で採取量も必要最小限に止めるなど社会的に相当なものである場合にかぎられると解される

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和50年2月24日)

 手術中の被疑者の体から流れ出る血液を押えていたガーゼから、看護婦に少量の血液を採取してもらい、その血液を鑑定しアルコール保有量を測定した行為について、原判決は違法な採血と判断した。

 裁判所は、

  • 採血のため被告人の身体に何ら傷害も苦痛も与えるものではない以上、令状がなくても、また、被疑者の同意を得ていなかったとしても右採血は適法である

と判示しました。

松山地裁大洲支部判決(昭和59年6月28日)

 裁判所は、

  • 被告人から採取された血液は、同人の身体から流出して左膝関節部に貯留していたもので、被告人の身体の一部に付着していたとはいえ同人の排他的支配の意思はすでにないものとみられ、一方、その採取方法は専門的医師により被告人の生命、身体に支障を来さないとの判断のもとになされており、加えて、血液中のアルコール含有量の検査は飲酒後なるべく早い時期に採取された血液からなされるべきで、その意味から本件では、被告人の血液を採取する必要性と緊急性が認められ、以上の事情を総合考慮すれば、被告人からの本件血液採取をもって令状主義を逸脱した違法、無効なものであるとまでいうことはできないというべきである

と判示しました。

高松高裁判決(昭和61年6月18日)

 裁判所は、

  • 本件鑑定書の証拠能力如何であるが、わずかの量の採血は、医師または医師の監督下にある看護婦によって医学的に相当な方法で実施されるときは、強制採尿に比して、被採血者に対する身体の侵害の程度は軽微であり、その苦痛や危険もそれ程大きいものとは言い難いものの、自己の身体につき理由もなく侵害されることがないことは、憲法第35条で保障されるところであるから、被採取者の同意のない限り、身体検査令状または鑑定処分許可状のいずれか、またはその双方を要するかはともかく、右令状のない強制採血は原則として違法というべきで、その違法の程度が、令状主義の精神を没却する如き重大なものであり、採血した血液の鑑定書を証拠として許容することが将来における違法な捜査を抑制する見地から相当でないと認められるときは、右鑑定書の証拠能力は否定されるというべきである
  • これを本件についてみると(中略)、採血行為自体については、客観的な必要性、緊急性、相当性等が認められるので、その違法性は低く、押収手続き完結における違法という面を加味しても、本件採血手続きの違法性が令状主義の精神を没却するほどに重大であったとまでは言えず、結局右血液を鑑定資料とした本件鑑定書の証拠能力を否定するのは相当でないというべきである

と判示しました。

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