前回の記事の続きです。
道交法違反(事故報告義務違反)の成立時期に関する裁判例
1⃣ 交通事故を起こした後に、事故報告義務を果たすつもりがないまま事故現場から立ち去った場合は、事故現場から立ち去った時点で道交法違反(事故報告義務違反)が成立します。
この点に関する以下の裁判例があります。
横須賀簡裁判決(昭和38年4月19日)
裁判所は、
- 被告人は交通事故の未必的認識があるのに、報告に不可欠な事故内容の調査の行動をとらず運転を継続して、その場を立ち去り、ついに報告をしなかったものであるから、その現場を立ち去ったときすでに被告人に報告義務違反の罪が成立するものと解される
と判示しました。
2⃣ 道交法72条1項前段・後段の道交法違反(救護措置義務違反・事故報告義務違反)が成立するためには、交通事故を起こした運転者が、事故発生時刻と事故現場から一定の時間的・場所的離隔を生じさせて、救護措置義務違反・事故報告義務の履行と相容れない状態にまで至ったことが必要になります。
この点を判示した以下の裁判例があります。
東京高裁判決(平成29年4月12日)
救護措置義務違反・事故の報告義務違反が成立するためには、交通事故を起こした運転者が、事故発生を認識した後、再発進して走行するなど、それらの義務の履行と相容れない行動をとっただけでは足りず、一定の時間的・場所的離隔を生じさせて、それらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要するとした判決です。
裁判所は、
- 人身事故の発生を認識していたと認められ、そこから車を再び発進させたことは救護義務及び報告義務の履行とは相容れないような行動をとったものといえるが、その後、短時間のうちに自らの意思で車両を停止していることが認められ、そこから引き返して救護義務や報告義務を果たそうとしていた可能性を否定することはできないので、救護義務違反及び報告義務違反の犯罪が成立したと認定するには合理的疑いが残るとした原判決の判断が経験則等に照らして不合理であるとまではいえない
- 検察官は、人身事故を惹起したと認識した被告人が、曙町三丁目南交差点で信号待ち停止をしていたにもかかわらず、被害者の救護に向かうなどせず、そこから被告人車両を発進させて約150m進行したのに、救護義務違反及び報告義務違反の成立を認めなかった原判決は、「直ちに車両等の運転を停止して」の解釈適用について、人身事故を惹起した運転者に生じる内心の動揺や混乱を救護義務及び報告義務の履行遅滞を認める正当理由として認めるかのごとき誤った法解釈をしたものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである
- しかしながら、救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであった、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要するのであって、上記のような経緯や状況であった本件において救護義務及び報告義務違反の成立を否定した原判決の判断に法令解釈の誤りはない
としました。
3⃣ 交通事故を起こした後、被害者の救護をしたが、事故の報告はしなかった場合の道交法違反(事故報告義務違反)の成立時期について判示した以下の裁判例があります。
函館簡裁判決(昭和46年6月30日)
裁判所は、
- タクシー運転者が人身事故を起こし、直ちに被害者をタクシーに乗せて病院に運び治療を受けさせ、治療の待合中、自社営業所事故の連絡をし、さらに被害者を自宅に送ってから右営業所に戻ったが、その間警察官に対して事故の報告をしなかったときは、おそくとも営業所に立ち戻った時点で報告義務違反は既遂に達したものというべきであるから、そこで右運転者から相談を受けて不申告を慫慂しても報告義務違反の教唆犯は成立しない
と判示しました。