前回の記事の続きです。
救護措置義務と憲法38条1項(自己に不利益な供述を強要されない)との合憲性
道交法72条1項前段の救護措置義務が、憲法38条1項(自己に不利益な供述を強要されない)に反しないことは以下の判例で明らかにされています。
弁護人は、
- 道路交通法72条1項前段、同117条が憲法38条1項に違反する
と主張しました。
この主張に対し、裁判所は、
- 道路交通法72条1項前段の規定は、交通事故があったときに、当該車両の運転者に対し、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない義務を課するにとどまり(また、同117条は、その義務違反に対する罰則を定めたものにすぎない。)、右運転者等に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要するものではないから、右各規定が憲法38条1項違反するものでないことは、「当裁判所の判例(昭和35年(あ)第636号同37年5月2日大法廷判決、刑集16巻5号495頁)の趣旨に照らして明らかである
と判示しました。
水戸地裁判決(昭和36年2月18日)
道路交通法72条1項前段、117条の合憲性について判示した判決です。
裁判所は、
- 憲法第38条第1項の「何人も自己に不利益な供述を強要されない」との規定の意味は既に昭和32年2月20日最高裁判所大法廷において「憲法第38条第1項は、何人も自己の刑事上の責任を問われる虞ある事項につい て供述を強要されないことを保障したものと解すべきである」と判示されている
- 当裁判所は、同規定の出来た由来と、同法第2項、第3項が自白についての規定であること並に最高裁判所が昭和31年12月26日大法廷において、外国人登録令違反被告事件につき、「外国人は不法に本邦に入った者といえども、外国人登録令(昭和24年政令第381号による改正前のもの)第4条第1項所定の登録申請義務がある。不法入国の外国人に対し右登録申請義務を課したからといって、自己の不法入国の罪を供述するのと同一の結果を来すものということはできない。」と判示している点を総合して考えるに、憲法第38条第1項の趣旨は、供述を求むる者において供述者の犯罪の有無を追及することを直接の目的としでいる司法手続の場合はもちろん、やがてかかる司法手続に法律上移行すべき手続的構造を持つ行政手続においても、何人も自己の刑事上の責任を問われる事項につき直接証拠となるべき内容について、その供述を強要されることのないことを保障した規定であると解する
- 従って旧道路交通取締法第24条第1項に基く同法施行令第67条第2項にいう「事故の内容」なる文言が、もし操縦者の過失事犯等刑事責任を問われる事項の直接証拠となるべき内容まで報告せしむることを目的としているものと解すべきであるとすれば、もちろんこの規定は違憲たるを免れない
- しかし「事故の内容」なる文言を抽出してこれを独立的に考えることは、法文の真の意味を誤解せしむるものであって、同令同条の文言全体を全一的に素直に読み下すときは、その法文の意味するところは、操縦者をして被害者の救護及び道路上における危険防止その他交通の安全を図るための必要措置を充分に行わしめるために、まず操縦者に右必要措置を講ぜしめ、これが措置を終えた後に、警察官に事故の内容とそのとった措置を報告せめ、もしその措置にして不十分の場合には警察官の指示を受けしめ、更に必要な措置をとらしめんとする趣旨の規定であって、操縦者の犯罪の証拠を収集せんとする趣旨の規定でないことは明らかである
- 従って事故の内容を報告せしむる目的は、警察官をして、更に操縦者に対し、被害者の救護及び道路上における危険を防止し、交通の安全を図るにつき必要な措置をとるように指示を与えるべきか否かを判断するに足るだけの資料を報告せしめんとするにあるのであって、その場合操縦者の過失事犯等の直接証拠となるべき内容まで報告せしめなくとも、被害者の救護及び交通の危険を防止すべき緊急状態の措置をとるためには充分間に合うことは明らかであるから、「事故の内容」なる文言をもってかかる犯罪の直接証拠まで報告することを目的としているものと解するのは失当である
- 従って同令同条は全体的にも部分的にも違憲ではない(昭和34年11月25日大阪高裁第一刑事部判決参照)
と判示しました。