前回の記事の続きです。
交通事故を起こして被害者に傷害を負わせた後、被害者を「遺棄」すれば、道交法違反(救護措置義務違反)のほか、保護責任者遺棄罪が成立する
1⃣ 交通事故を起こして被害者に傷害を負わせた後、被害者を「遺棄」すれば、道交法違反(救護措置義務違反)のほか、保護責任者遺棄罪(刑法218条)が成立します。
なお、「遺棄」とは、
保護を要する者を保護のない状態に置くことによって生命・身体の危険にさらすこと
をいいます(詳しくは、遺棄罪(6)の記事参照)。
この点に関する以下の判例があります。
裁判所は、
- 自動車の操縦中、過失により通行人に約3か月の入院加療を要する歩行不能の重傷を負わしめながら道路交通取締法、同施行令に定める被害者の救護措置を講ずることなく、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れ、折から降雪中の薄暗い車道上まで運び医者を呼んで来てやる旨申し欺いて被害者を自動車から下ろし、同人を同所に放置したまま自動車を操縦して同所を立ち去ったときは、道路交通取締法(救護措置義務)のほか、刑法第118条(保護責任者遺棄等)が成立する
と判示しました。
2⃣ 道交法違反(救護措置義務違反)における「遺棄」は、要保護者を必ずしも場所的に移転し、あるいは要保護者を置き去りにした場所が他人の救護を期待し得ないような地点であることを要しません。
この点を判示した以下の裁判例があります。
裁判所は、
- 自動車の操縦中、過失により人に傷害を与えた者は、道路交通法第72条1項前段の規定により、直ちにその運転を停止し、負傷者を救護する義務が定められているから、右はまさに刑法第218条1項に言う病者を保護すべき責任ある者に該当すると言うべきである
- また刑法第218条にいわゆる「遺棄」とは、要保護者を必ずしも場所的に移転し、あるいは要保護者を置き去りにした場所が他人の救護を期待し得ないような地点であることを要するものではない
と判示しました。
保護責任者遺棄罪と道交法違反(救護措置義務違反)との罪数の考え方
保護責任者遺棄罪と道交法違反(救護措置義務違反)との罪数の考え方は、
- ひき逃げの被害者を被告人がその場に放置した場合(被害者の移転を伴わないひき逃げ)
- ひき逃げの被害者を被告人が別の場所へ移転した場合(被害者の移転を伴うひき逃げ)
とで分かれます。
以下でそれぞれ説明します。
① ひき逃げの被害者を被告人がその場に放置した場合(被害者の移転を伴わないひき逃げ)
単純なひき逃げに保護責任者遺棄罪(刑法218条)を認める場合には、逃走という1個の行為によって救護措置義務違反と不作為による遺棄(置き去り)を行ったものであり、道路交通法違反(救護措置義務違反)と保護責任者遺棄罪の観念的競合となります。
降車して若干被害者を移動する程度の作為が伴っていても同様であると考えられます。
不作為犯相互の罪数に関しては、最高裁判決(昭和51年9月22日)が参考になります。
この判決は、ひき逃げによる道路交通法違反(救護措置義務違反)と道路交通法違反(事故報告義務違反)の各罪の関係について、両義務に違反して逃げ去る場合は、社会生活上、ひき逃げという1つの社会的出来事であり、自然的観察、社会的見解のもとでは別個の行為とはいえないとして観念的競合に立つとしました。
② ひき逃げの被害者を被告人が別の場所へ移転した場合(被害者の移転を伴うひき逃げ)
被害者の移転を伴うひき逃げについては、観念的競合になる場合と併合罪になる場合の両方の考え方があります。
観念的競合になるとする考え方
当初から遺棄(移置)する意図であったときは、負傷者を自車に乗せて現場から出発することによって、保護責任者遺棄罪の実行行為が始まり、移転先に置き去りにすることによって実行行為は終了します。
少なくとも、その初期の部分は道路交通法(救護措置義務違反)に当たるので、道路交通法(救護措置義務違反)と保護責任者遺棄罪の両罪の実行行為には重なり合いがあります。
保護目的で自車に乗せて出発したときは、途中で遺棄(移置・置き去り)又は不保護の意図に転じたときから、道路交通法(救護措置義務違反)と保護責任者遺棄罪のそれぞれの故意と実行行為が認められ、両罪の実行行為が重なり合います。
こうした実行行為の重なり合いに着目すれば、両罪は観念的競合となります。
併合罪になるとする考え方
道路交通法(救護措置義務違反)と保護責任者遺棄罪が併合罪になるとする考え方(併合罪説)は、
- 道路交通法(救護措置義務違反)は被害者を放置することにより直ちに既遂に達し、移置による保護責任者遺棄罪は被害者をある場所まで移して生命、身体に対する抽象的危険が発生するまでは既遂に達しないこと
- 道路交通法(救護措置義務違反)は不作為であり、保護責任者遺棄罪は作為であること
を理由とします。
併合罪説に対する批判意見は、自然的観察のもとでみた場合、当該行為は負傷者を救助せずに他の場所に移転して放置する一連の行為であって、道路交通法(救護措置義務違反)と保護責任者遺棄罪の両罪はそれを法的に異なる観点から評価したにすぎないので、観念的競合と解するのが妥当であるとします。