前回の記事の続きです。
道交法違反(救護措置義務違反)の成立を認めた判例・裁判例
道交法違反(救護措置義務違反)の成立の判断基準を考察するに当たり、参考になる判例・裁判例として以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和36年3月4日)
裁判所は、
- 被害者が自動車に接触して転倒した以上、大なり小なり負傷することは何人も容易に想像できるはずであるから、 被害者に対し、単に大丈夫かとロで確かめるだけで行き過ぎる行為は、救護義務違反にあたる
と判示しました。
福岡高裁判決(昭和37年7月7日)
裁判所は、
- 負傷者がすでに第二者により病院に運ばれて事故現場にいなくても、事故を惹起した操縦者としては、直ちにその後を追って病院に赴き負傷者の症状如何、医者に対する治療依頼に手落ちがないかを確かめる等万全の救護措置を講じてこそ自己に課せられた救護義務を完遂したものといいうるのである
と判示しました。
横須賀簡裁判決(昭和38年4月19日)
裁判所は、
- 事故惹起を未必的にも認識した当該車両の運転者は、直ちに車両を停止し、人の死傷、物の損壊等救護その他の措置を必要とする災害の生じなかったことを積極的に確認した場合でなければ、救護措置等の義務は免れえないものであり、かかる確認をしないで運転を継続し現場を立ち去り、ついに救護等をしなかった運転者に対しては、救護その他の措置を必要とする災害の発生している限り、その確認をしないで現場を立ち去ったそれ自体をもって、そのときすでに救護等義務違反の罪は成立するものと解する
と判示しました。
裁判所は、
- 自動三輪車の運転者が、前方注視業務を怠った過失により、道路上において歩行者に衝突し、同人を付近用水路に転落させて頭部打撲挫創等の重傷(約3時間後に死亡)を負わせた場合、直ちに車の運転を停止して近所の人に援助を求め、同人らと協力して被害者を用水路より道路上に引き上げたが、その事故の重大であることに気づいて現場より逃れようと考え、救護に当った人達から直ちに被害者を病院まで運ぶよう要請されたにもかかわらず、車が故障していると称してこれを拒絶し、そのまま右自動三輪車を運転して立ち去ったときは、道路交通法第72条第1項前段にいう負傷者を救護した場合に当たらない
と判示しました。
札幌高裁判決(昭和41年10月6日)
裁判所は、
- 被害者は高齢で重傷であったが、被害者の申し出に従って、これを自宅に送り届けた場合であっても、直ちに医師に急報して往診を乞い、事故の状況その他治療に必要な事項を説明して医師をして適切な措置を講じさせるべき義務を負うものと解するのが相当で、右措置に出なかった運転者は救護義務を尽したとは認められない
と判示しました。
奈良地裁判決(昭和44年11月27日)
裁判所は、
- 交通事故を起こした自動車運転者が、被害者にも、その場の者にも告げず、もとより被害者の受傷の程度を確認見分することもせず、勝手に医者を呼びにその場を離脱することは、道路交通法第72条所定の救護の措置を講じたものと認められないので、そのような状態でその場を離脱することの認識さえあれば、同条違反の犯意があったものと解される
と判示しました。
京都地裁判決(昭和44年12月9日)
裁判所は、
- 本件についてみるに被告人は交通事故を惹起してのち直ちに当該自動車の運転を中止して被害者転倒の現場に立ち戻ったが、その際「警察官に届出なければならない。」と話したところ付近にいた目撃者らが「警察に通報し、救急車に連絡した。」などといったので、被告人は、そのようにいわれるままに自ら医師に通報して現場に招致する等の救護措置を講ぜず、また警察官が現場に到着するまでに自ら付近路土における事故の再発を防止するための適切な措置も講じないで、間もなくその場から立ち去るなどして、むしろ一般傍観者を装うとしていたことが窺えるのである
- さすれば、これらの事実を本件交通事故の具体的状況に照らして勘案すると、被告人は法第72条1項前段の規定による救護等の義務をつくしたものとはとうてい認めることはできない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和46年10月7日)
裁判所は、
- 負傷者を自車に同乗させて病院前に至り、病院の呼鈴を押したが、まだ医師が起きてこないうちに、パトカーの近接を知って、被害者を放置して逃走し、被害者が他の者の助けで、他の病院において手当を受けた場合においては、いまだ被害者をして医師の治療を受け得る状態に置いたものとはいえず、救護義務を果したとは認められない
と判示しました。
大阪高裁判決(昭和47年8月8日)
裁判所は、
- 交通事故による被害者の負傷の程度は重傷であり、しかも事故直後において、被害者は路上に転倒して自力では起き上がれない状態であったのみならず、脇腹を押えて苦痛を訴える状況であったから、右負傷者に対する救護措置義務が尽されたとするためには、当該車両の運転者自身の責任において、被害者を病院等に運び入れ、現実に医師の診察を受けさせるまでの措置を講ずることを要し、単に、たまたま通りかかったタクシーに乗せる行為をしたのみでは足りない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和57年11月9日)
自ら「大丈夫ですか」と声をかけ、次いで周囲の人に救急車の手配を頼み、救急車の現場接近を確認したとしても、これのみでは救護措置義務を充分つくしたということはできないとした判決です。
弁護人は、
- 被告人は、「大丈夫ですか」と声をかけて被害者を抱き起こし、通行人に救急車の依頼をしたうえ、現場に接近する救急車を確認してから現場を立ち去ったものであるから、加害者として採るべき措置は十分に講じており、この義務違反を認定した原判決には事実誤認がある
と主張しました。
この主張に対し、東京高裁は、
- 関係証拠によれば、たしかに、本件事故惹起後被告人は下車し、転倒していた被害者を引き起こし、「大丈夫ですか」と声をかけたものの、付近の者らが、「動かさない方がいい」というので被害者を路上に寝かせたままにしていたこと、次いで被告人は周囲の人に救急車の手配を頼んだこと、しばらくして救急車が現場に接近してくるのを確認するや、被告人は、「救急車が来れば、無免許、飲酒運転が分かり、つかまってしまう。そしてしばらく出てこれないかもしれない。その前に会社に戻って仕事の打ち合わせをしよう」と考え、そのまま現場から立ち去ったことが明らかである
- しかし、救護等の措置としては、決して被告人の右程度の行為で十分であるとは考えられないのであって、本件においては、自動二輪車を運転していた被害者が、数メートル先の交差点内路上に跳ね飛ばされて転倒し、鼻ロ部から出血し、意識もはっきりしないまま放置された状況であり、また、交差点内の衝突個所付近にはガラス片も散乱していた状況であったから、例えば、被害者の救護措置として、到着した救急隊員とともに被害者を救急車に搬人することはもちろん、場合により被害者を病院に収容するのに同行するとか、救急車到着までの間被害者の容態を見守るとともに適宜止血措置を講ずるとか、あるいは、適切な救急手当のために被害者の受傷当時の状況やその後の容態等を救急隊員らに説明するなどの行為も要求されていたというべきであるし、また、現場道路の危険を防止する措置としても、接近する車両に急を告げて二重の事故を防ぐなどの行為が同様に要求されていたというべきである
- したがって、本件において、被告人は到底救護等の義務を尽くしたものとは認められないのであって、被告人が道路交通法72条1項前段に違反したことは明らかである
と判示しました。