前回の記事の続きです。
器物損壊罪における労働争議行為
違法性阻却事由とは?
犯罪は
- 構成要件該当性
- 違法性
- 有責性
の3つの要件がそろったときに成立します。
犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。
この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます(詳しくは、前の記事参照)。
器物損壊罪の違法性阻却事由として論点としてあがる
が論点として上がります。
今回は、「労働争議行為」を説明します。
労働争議行為
労働争議行為の正当性を否定し、器物損壊罪の成立を認めた判例
器物損壊罪(刑法261条)の成否が問題となる行為は、労働争議における闘争手段として行われることが多く、違法性が争われた例は少なくありません。
その多くは、争議行為の相当性の範囲外にあるなどとして正当性が否定され、器物損壊罪の成立が認められています。
裁判官は、
- 団体交渉に際し組合員多数が共同して会社側交渉委員に対し脅迫的言辞を弄し、組合側の要求を承諾すべき旨執拗に迫り、両者の間に置いてある机を叩いてその表面に張ってあるベニヤ板を損壊し、交渉を打ち切って退場しようとする会社側交渉委員を包囲するようにして退路を遮断する等その身体に対し危害を加えるような行為に出で脅迫畏怖させた上、組合側の要求事項を受諾する旨の確約書を作成交付させた場合は正当な団体交渉行為にあたらない
とし、労働争議行為の正当性を否定し、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)が成立するとしました。
労働争議行為の闘争手段としてのビラ貼り行為が刑法260条の建造物損壊罪および同法261条の器物損壊罪に該当するとされた事例です。
裁判官は、
- 会社の労働組合執行委員長等の地位にある被告人らが、多数の労働組合員と共謀のうえ、会社当局に対するいわゆる闘争手段として、四つ切大の新聞紙等に要求事項を記載したビラを、会社本社の二階事務室に至る階段の壁、同事務室の壁、社長室の扉の外側、同室内部の壁に約50枚、同事務室の窓ガラス、入口引戸、書棚、社長室の窓ガラス、衝立に約30枚、それぞれ糊を用いて貼りつけ、これらのビラの大部分を会社側がはがしたあとに合計50枚の同様のビラを貼りつけ、更にその大部分を会社側がはがしたあとに合計60枚の同様のビラを貼りつけ、更にその一部分を会社側がはがしただけで相当数が残存しているところに重複して合計約80枚の同様のビラを貼りつけた行為は、原審の認定した事実関係のもとにおいては、刑法第260条の建造物損壊および同法第261条の器物損壊に該当する
とし、労働争議行為の正当性を否定し、器物損壊罪が成立するとしました。
タクシー会社の労働争議において組合側が会社のタクシーの車検およびキーを抑留保管しあるいはタクシーの車輪を取りはずすなどした事案です。
裁判官は、
- 組合員の多数の者が暴力によって会社のタクシーの車検およびキーを奪取し、あるいは多衆共同してその車輪を取りはずすなどする行為、ならびに会社社長の返還要求にもかかわらず、人の意思を制圧する勢力を示して、非組合員の乗務する車両を含め会社のタクシーの車検およびキーの返還を拒絶し、組合側において抑留保管する行為は、正当な争議行為の範囲を超えるものであって、威力業務妨害罪および暴力行為等処罰に関する法律違反の罪を構成する
とし、労働争議行為の正当性を否定し、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)が成立するとしました。
労働争議行為の闘争手段としてのビラ貼り行為について、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)が成立するとされた事例です。
裁判官は、
- 多数の者とともに、会社当局に対する争議手段として、一頁大の新聞紙に、「犬と社長の通用口」「吸血ババA」「社長生かすも殺すもなまず舌三寸」「ナマズ釣ってもオカズナラヌ見れば見るほど胸が悪」等、主として、会社社長らを誹謗する文言などを墨書したビラ約61枚を、会社事務所の窓や扉のガラスに洗濯のりをもって乱雑に貼りつけた行為は、原審の認定した事実関係のもとにおいては、右窓ガラスや扉のガラスとしての効用を著しく減損するものであり、争議行為の手段として相当ではなく、暴力行為等処罰に関する法律1条(刑法261条)の罪が成立する
としました。
労働争議行為の正当性を認め、器物損壊罪の成立を否定した裁判例
ビラ貼りが正当な労働争議に該当するとして器物損壊罪(刑法261条)及び建造物損壊罪(刑法260条)の成立が否定された裁判例として以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和44年10月3日) ※最高裁決定(昭和47年4月13日)は検察官の上告を棄却
労働条件に関する労使の対立から、会社側が労働組合の切り崩しを企図して、従業員中組合から脱退した者と組合に残留する者とを差別し、組合に残留する者に対してのみ時間外労働を停止して、それらの者の月収が半減するような経済的苦痛与え、また、かねて組合との間に締結されていたいわゆるチェックオフ協定の一方的破棄を通告するなどの措置をとった場合において、これに対抗して、労働組合の組合員が、組合からの脱落阻止を呼びかけるとともに、会社側にこれらの措置に対する抗議とその解消を要求する目的で、「組合破壊合理化反対」などと墨書したビラ約389枚を、会社事務室等の壁、天井、開き戸、窓ガラス戸等に貼り付けた行為につき、正当な労働争議行為であるとして、器物損壊罪と建造物損壊罪の成立を否定した事例です。
裁判官は、
- 生コンの輸送を業務とする会社の労働組合員ら、十数名が、会社に対するいわゆる闘争手段として、ニつ切大等にした新聞紙に「団結」、「組合破壊合理化反対」などと墨書したビラを、同会社営業所の事務室および職員宿直室等に使用されている木造平屋建建物の壁、天井および開戸に約80枚、同建物備付けの窓ガラス戸および出入口引戸に約86枚ならびに同従業員控室、仮眠室等に使用されている木造2階建建物の壁、天井および開戸に約143枚、同建物備付けの窓ガラス戸および出入口引戸に約80枚、それぞれメリケン粉糊を用いて貼付した結果、右双方の建物とも、窓ガラス戸、引戸等ガラスの入った部分はほとんどビラで貼りつくされたために、はなはだしく体裁をそこなうとともに、採光にもかなりの支障をきたし、かつ、建物内外、殊に右事務室内部、従業員控室から2階仮眠室に昇る階段両側、控室便所等の壁、腰板、開戸等には大量のビラがきわめて乱雑にほとんど隙間なく貼りつめられたために、営業所等の施設全体が無秩序で不清潔な様相を呈するにいたったときは、右各建物には一般顧客の出入が予想されず、また、右各建物が建造以来長い年月を経ていて、日常の作業に伴うセメント、砂ぼこり、泥水等によってすでにうす汚れた状態になっていたとしても、右ビラ貼りの行為は刑法第260条の建造物損壊および同法第261条の器物損壊に該当する
- 刑法260条および261条にいう「損壊」とは、物質的に物の全部又は一部を害し、またはその物の本来の効用を滅却減損せしめる行為を指称するが、その効用のうちには、その物の美観ないしは外観も含まれるものと解される
- およそ建造物であれ、その他の器物であれ、物にはすべてその物の機能とか価値などに応じた固有の美観ないしは外観があり、これを著しく汚損すること、すなわち、本来美的価値のある外観を汚損する場合はもちろん、然らざるものでも現に存する固有の外観を社会通念に照らし著しく汚損することは、とりも直さず物の効用を減損するものであって、このような行為はたとえ物の本質的機能を害する程度に至らなくても、なお右両法条にいう「損壊」にあたると解すべきである
- (ただ物の外観の著しき汚損を損壊と解するにおいては同じく物の外観を保護法益とする軽犯罪法1条33の規定との関係に疑問が生ずるが、軽犯罪法違反と建造物又は器物損壊との区別は結局物の外観に対する侵害の程度の量的差異すなわち物の効用の滅却減損の有無に帰着するものと考えられ、その外観の軽微な侵害すなわち、物の効用の滅却減損に至らないと評価されるときは右軽犯罪法違反となるに過ぎない)
とした上で、
- 労働条件に関する労使の対立から、会社側が労働組合の切り崩しを企図して、従業員中組合から脱退した者と組合に残留する者とを差別し、組合に残留する者に対してのみ時間外労働を停止して、それらの者の月収が半減するような経済的苦痛を与え、また、かねて右組合との間に締結されていたいわゆるチェックオフ協定の一方的廃棄を通告するなどの措置をとった場合において、これに対抗して、右労働組合の組合員が、組合からの脱落阻止を呼びかけるとともに、会社側に右の措置に対する抗議とその解消を要求する目的で、前項に掲げるビラ貼りの行為を行なったときは、右組合員におけるビラ貼りの行為は、労働組合法第1条第2項本文にいわゆる正当な組合活動の範囲に属するものとして、これについて前記建造物損壊および器物損壊の各罪責を問うことはできない
と判示し、本件ビラ貼り行為は正当な労働争議行為であるとして、器物損壊罪と建造物損壊罪の成立を否定しました。