前回の記事の続きです。
「他人の物」とは?
器物損壊罪は、刑法261条に規定があり、
前3条(刑法258条、刑法259条、刑法260条)に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する
と規定します。
今回は、刑法261条に記載される「他人の物」の意義について説明します。
器物損壊罪の客体となるためには、「他人の物」であることを要します。
もっとも、刑法262条により、自己の物であっても、
- 差押えを受けた物
- 物権を負担した物
- 賃貸した物
については、器物損壊罪の客体となります。
「他人の物」とは、
他人の所有に属する物
の意味です。
したがって、他人の占有に属していたとしても、差押えを受け、物権を負担し、又は賃貸したものでなければ、自己の物(犯人自身の物)については器物損壊罪の客体とはなりません。
また、無主物(例えば、道端に落ちている石など)については、器物損壊罪の客体とはなりません。
「他人の物」の「他人」とは?
刑法261条の「他人の物」の「他人」とは、自然人に限られず、
- 法人
- 法人格のない団体
- 国や地方公共団体
も含みます。
政党所有の演説会告知用ポスターについて暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)の成立を認めた判例があります(最高裁決定 昭和55年2月29日)。
共有物件も他人の物である
共有物件は相互に他人の物となるので、共有者の一人が共有物件を損壊した場合には、他の共有者との関係で器物損壊罪が成立します。
付合した物に対する器物損壊罪の成否
不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得します(民法242条本文。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない)。
また、所有者を異にする数個の動産が、付合により、損傷しなければ分離することができなくなったとき、分離するのに過分の費用を要するときは、その合成物の所有権は、主たる動産の所有者に帰属します(民法243条)。
このように、付合により動産の所有権が変動することがあるため、器物損壊の成立要件である「他人の物」に該当するか否かの解釈に当たっても、民法の付合法理による所有権の帰属いかんが問題となる場面が生じます。
具体的には、
- 損壊行為の客体となった動産が、不動産又は他の動産に付合したといえるか(動産の不動産への付合についても、分離が過分の費用を要するか毀損をもたらす場合に、付合を認める見解が通説)
- 付合した場合であっても、民法242条ただし書によって所有権が留保される「権原によってその物を附属させた」場合に該当するか
- 付合法理の適用を除外する取引慣行が存在するか(農作物を独立して取引する慣行と小作人の保護とを理由に、権原の有無にかかわらず常に付合しないとする説がある)
- 動産同士の付合の場合、どのような観点から主従の区別をつけるか
など、その解釈上、複雑な論点が存在します。
付合に関連する裁判例として、以下のものがあります。
名古屋高裁金沢支部判決(昭和31年12月25日)
他人の水田に稲苗を植え付ける権利を有する者がその水田に植え付けた稲苗を、水田の所有者が勝手に抜き取った行為につき、器物損壊罪に当たるとしました。
東京高裁判決(昭和31年12月28日)
耕作権に関して紛争のある田地につき、農業委員会から耕作権のない旨の決議の通知を受けた者が植え付けた稲苗を、耕作権者である被告人が引き抜いた行為につき、器物損壊罪に当たるとしました。
東京高裁判決(昭和32年7月2日)
建物の賃借人がガラス戸に取り付けた施錠を、建物の所有者からその建物の管理を依頼された者が賃借人の意思に反して取り外した行為につき、器物損壊罪に当たるとしました。
札幌高裁判決(昭和50年3月20日)
フードセンター式の店舗として用いていた建物の賃借人が精肉業を営むために設置した冷凍ケースは、構造上建物と必ずしも不可分一体をなしているものとは認めがたいばかりでなく、社会的、経済的には建物それ自体とは別個独立の効用ないし機能を有していたと認められるので、民法の付合の法理を適用すべきでないとして、建物の所有者が上記冷凍ケースを破壊した行為につき、器物損壊罪に当たるとしました。