刑法(器物損壊罪)

器物損壊罪(8) ~「ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なうことが、その物の効用を喪失するものとして器物損壊罪の成立を認めた事例」などを説明~

 前回の記事の続きです。

ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なうことが、その物の効用を喪失するものとして器物損壊罪の成立を認めた事例

 器物損壊罪(刑法261条)における「損壊」とは、

物質的に器物の形体を変更又は滅尽させることのほか、事実上又は感情上その物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合を含め、広く物の本来の効用を喪失するに至らしめること

をいいます(詳しくは前の記事参照)

 簡潔に言うと、「物の本来の効用を喪失させる行為」が器物損壊罪における「損壊」となります。

 ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なうことも、その物の効用を喪失させることになります。

 ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なうことが、その物の効用を喪失させたとして器物損壊罪の成立を認めた以下の裁判例があります。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和42年3月25日)

 裁判官は、

  • 刑法260条の建造物等損壊罪、同法261条の器物損壊罪の『損壊』とは物質的に物の全部、もしくは一部を害し、又はその物の本来の効用を失わせる行為を言うものであるが、その効用の中には、その物の美観も含まれると解すべきであるそして物には、すべてその物の機能、価値等に応じて、それ相当の美観があり、この美観を害する行為は、その物の本質的機能を害するまでに至らなくても、なお『損壊』に当ると言わねばならない

とした上で、タクシー会社事務室に至る階段の壁、同事務室の壁、社長室の扉、書棚、衝立等に多数のビラを貼り付けた行為について、

  • 本件建物にはタクシー会社の社長室、事務室、 これに至る階段、通路として具備する、それぞれの美観があり、また本件器物にはタクシー会社の執務の場所に備え付けられた器物として具備する、それぞれの美観がある
  • 被告人等の本件所為は、この美観を著しく害したものである

とし、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)と建造物損壊罪の成立を認めました。

※ この裁判の最高裁決定→最高裁決定(昭和43年1月18日)

東京地裁判決(昭和47年10月30日)

 電車車両58両の外板72面に樹脂系塗料などを用いて、「安保粉砕」などの文字を乱雑に書きつけて落書汚損した行為が、刑法261条にいう「汚損」に当たるとし、暴力行為等処罰に関する法律違反(同法1条、器物損壊罪:刑法261条)が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 刑法261条の「損壊」とは、物質的に物の全部もしくは-部を害し、またはその物の本来の効用を失わせる行為をいうものと解すべきであるが、これを本件についてみるに、前掲各証拠を総合すると
  • (1)本件落書は、収容線1ないし10番線に留置された電車車両99両のうち、59両の外板72面にも及び、その記載内容も、判示掲記のもののほか、「日米共同声明粉砕」「6・23を斗い抜くぞ」「政治スト貫徹」などというもので、右落書には、黒色アルキッド樹脂系塗料、黒色および赤色ラッカー系塗料が用いられ、その汚損箇所も車両の前面から側面(扉も含む)の広範囲にわたり、文字の量も極めて多くかつ一字が約50センチメートル四方にも及ぶ巨大なものも存し、いずれも人目につきやすく遠くからでもたやすく判読でき、しかも、その体裁たるや、はけでなぐり書きをし、あるいは切抜字型紙片をあてて塗料を吹き付るなどしたもので、まことに乱雑かつ見苦しいものであって、このままでは、本来の使用目的に従い右各車両を運行の用に供することは到底できない状態にあったこと
  • (2)本件落書の被害を受けた電車車両の大部分は、当日の国鉄赤羽線、同山の手線の運行に供する予定のものであって、そのため、急遽他の落書をされていない予備車両をもってこれに代えることとされたこと、もっとも被害車両があまりにも多かったため全てを代えることは不可能であり、国鉄当局は落書汚損された電車の一部をやむなく運行せざるをえなかったこと
  • (3)本件落書の消去作業は、同日午前8時10分ころから同日午後6時20分ころまでの間、職員54名を招集して、残留留置電車から始められ逐次走行している落書電車と入れ換える方法によって、重点的、応急的に行なわれたが、その付着塗料はたやすく落ちず、やむをえず強くこすると車両外板の塗装までもが剥離するという有様であって、作業は困難をきわめ、当日の応急処理費用だけで、ラッカーシンナー代、人件費俸計約11万7000円を要し、その後、同月30日までの間、本件落書電車を順次洗浄線に入れ、相当の時間と労力をかけて、応急処理後もなお残る落書の痕跡消去、剥離した外板塗料の吹付塗装および手塗り塗装など本格的消去修復作業が行なわれたが、その費用は極めて多額にのぼり、しかもなお、車輛工場において専門的塗装を行なわなければ完全には原状に復しえない底のものであったこと
  • 以上(1)ないし(3) の諸事情が認められるのであって、要するに、本件被害車両は、このままでは本来の使用目的に従って蓮行の用に供することができない状態になっており、しかも、これを本来の使用目的に供し得る程度に修復することは著しく困難なものと認められるから、本件行為は刑法261条にいう「損壊」にあたり、従ってまた暴力行為等処罰ニ関スル法律1条に該当することは明らかである

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和56年3月26日)

 幼児養護施設のコンクリート塀に「首切りを撤回しろ」などとスプレー式塗料を使用して落書きした行為が器物損壊罪に当たるとされた事例です。

 裁判官は、

  • 刑法261条にいわゆる損壊とは、器物本来の効用の全部又は一部を失わしめる一切の行為をいい、その形態を物質的、有形的に変更、毀揖する場合だけでなく、これを著しく汚損してその美観を害し、事実上、感情上再びその物本来の用途に使用しえない状態にする場合も含まれ、他方、軽犯罪法1条33号に工作物を汚すとは、工作物の美観を害することをいうが、その汚損の程度が軽く、その物本来の用途に使用することを妨げるほどに至らない場合をいうものと解するのが相当である
  • これを本件についてみるに、司法警察員作成の実況見分調書及び原審証人古賀清光の供述によれば、原判示第三H学園は鉄筋造り2階建で、周囲をコンクリート塀とプロック塀で囲繞され、その西側が市道に面し、付近一帯は一般民家、民間アパート、公団アパ-ト等が密集する閑静な住宅街にあること、本件落書きがなされた塀は同学園の西側と北側の各上部に金網を張った(ただし、西側は南端から塀の上部で計測した3.5メートルまでの部分には金網はない)コンクリート塀(西側の塀の長さ10.35メートル高さは前記金網のない南側で2.32メートルその余の北側では1.14メートル、北側塀の長さ29.3メートル、高さ1.02メートルないし0.3メートル)及び北側角の非常用門の左右両さ1.9メートル、幅0.9メートル)で、壁面は薄いこげ茶色塗料がなされているが、西側塀は大よそその半分を占める部分に「古海は首切り撤回せよ」、「暴力ガードマン追放」と、非常用門の左右コンクリート塀はほぼその全面に「首切りを撤回しろ」、「原職に復帰させよ」と、また、北側塀は三区画に分れるが、その一区画はそのほぼ全面に「古海は首切りを撤回しろ!」と他の一区画はその一部に「首を十」とそれぞれ赤色のスプレー式ペンキを使用して合計49個の文字が乱雑に記載され、漢字の大きいもので縦0.73メートル、横0.50メートル、小さいもので縦0.34メートル、横0.35メートルであったこと、同学園を管理する社会福祉法人K市障害療育事業団は、直ちに本件落書きの消除を業者に発注したが、壁面がアクリルリシン吹き着けのため消除は不可能であり、落書き部分のみの塗抹等ではむらが生じるため、更めて壁面を全面塗装するほかないこととなり、同作業に作業員三名が従事して3時間ないし4時間を要し、費用として人件費を含め約10万6000円を要したことがそれぞれ認められる
  • 右事実によれば、本件落書きが、幼児の養護施設環境にとって著しく異様で乱雑であり当該施設の塀としてそれなりに有する美観を害したことは明らかで、その程度はその文言内容とも合せ客観的にみてそのままではとうてい使用するに耐えないほどに著しいものであり、しかもこれを消除するためには更めて全面塗装をする以外になく、原状回復が相当に困難であったことを考慮すると、それは単に軽犯罪法1条33号にいう物を汚した場合にとどまるものではなく、その本来の効用が害された場合に当ると解するのが相当であるから、本件落書きは器物損壊罪にいう損壊に該当するものというべきである

と判示しました。

ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なわせる行為につき、器物損壊罪(刑法261条)は成立せず、軽犯罪法違反1条33号が成立するにとどまるとした事例

 ビラ貼りや落書きによって物の美観・外観を損なわせる行為につき、器物損壊罪(刑法261条)は成立せず、軽犯罪法違反1条33号が成立するにとどまるとされる場合があります。

 美観・外観を損なう行為については、「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者」を処罰する軽犯罪法1条33号との関係が問題とされることが多いです。

 この点、広島高裁判決(昭和37年1月23日)が、

「軽犯罪法第1条第33号の罪は、刑法の毀棄損壊罪に達しない程度のビラ貼行為や汚損行為を、処罰の対象とするもので、両者の相違はその違法性と侵害性の程度にある」

と判示しており、美観・外観の侵害の程度が軽微なものは軽犯罪法違反が成立するにとどまると理解するのが一般です。

 また、名古屋高裁金沢支部判決(昭和42年3月25日)は、

  • 同じく物の美観を保護法益とするものに軽犯罪法1条33号の規定があるが、その区別は、結局物の美観に対する侵害の程度の量的差異に帰着すると考えられる
  • 原判示が、特殊の文化的価値を有する物の美観を害する行為は、その汚損の程度が軽微であつても、刑法260条261条の損壊罪を構成するが、実用的効用を主とし、その外観には、さほど重きを置かない物の美観を害する行為は、その汚損の程度が軽微である時は、刑法260条、261条の損壊罪を構成せず軽犯罪法1条33号の対象になることがあるに過ぎないとの趣旨であれば、それは当審の前記の見解と必ずしも矛盾するものではない
  • 同一の行為が、ある物については著しく、その美観を害し、刑法の損壊罪の対象となるが他の物については、その美観の軽微な侵害と評価されて軽犯罪法1条33号の対象となるに過ぎない場合があることは当然であって、物には、すべて、その物の機能、価値等に応じて、それ相当の美観があると言うのは、正にこのことを指すのである

と判示し、美観・外観の侵害の程度を判断するに当たっては、行為態様のみで判断するのではなく、客体の性格をも考慮するものとしました。

裁判例

 器物損壊罪ではなく、軽犯罪法違反1条33号が成立すとした裁判例として以下のものがあります。

広島高裁判決(昭和37年1月23日)

 駅長室の板壁や白壁の下部の腰板に、国鉄当局に対する要求事項等を墨書ないし印刷したビラ34枚を、室内がガラス窓、出入口のガラス戸、木製衝立等に同様のビラ30枚を貼り付けた事案です。

 裁判官は、

  • もともと本件ビラ貼行為の対象となった駅長室は、同駅々長や駐在運輸長の執務上の便宜のためにする事務室で、併せて来客との応接の用にも供せられていた関係から、ある程度の品位や美観を兼ね備えていることもまた要求せられるところではあるが、そのような用途は比較的第二義的なもので、同室並びにその備品の効用は、 より実際的な事務室としての便利と実用を主眼とするものと解せられるのであつて、また実際これを司法警察員作成の検証調書等について見ても、右駅長室は改築直前の比較的簡素な駅舎の一部で、その構造並びに備品にしても、特に高度な品位や美観を備えていたとは認められないのである
  • しかも一方本件ビラ貼の状況を、前記検証調書等によって見ると、なるほどその枚数は相当多数に昇り、若千ながら同室の採光、品位、美観を害したものであることは、否定し得べくもないところではあるが、ビラ貼の箇所、 ビラの寸法、形状、紙質、文字の体裁、貼方などは、ほぼ一定し比較的整然として居って、事務室としての同室の効用に、さして障害を及ぼしたと認め得ないのはもちろんのこと、応接室としての効用を著しく毀損する程、その品位や美観を害したものとも認め得ない

として、刑法260条261条の「損壊」に該当せず、軽犯罪法1条33号の罪が成立するにとどまるとし、その上告審である最高裁判決(昭和39年11月24日)もこの結論を維持しました。

ビラ貼り以外の態様で物の本来の効用を喪失させたとして器物損壊罪の成立を認めた事例

 ビラ貼り以外の態様で物の本来の効用を喪失させたとして器物損壊罪の成立を認めた事例として、以下の裁判例があります。

札幌高裁判決(昭和50年6月10日)

 歌碑にペンキを流すなどしたことにより、石に刻んだ歌及び作者の名前を判読できなくした事案です。

 裁判官は、

  • 詩歌の石碑は詩歌そのものを賛美するとともに観覧者に対し、作者の名を認識させて、永く後世に伝えることを本来の目的とすることはいうまでもないから、前記のような汚損は単に歌碑の美観を著しく害するに止まらず、歌碑本来の効用を失わしめたものというべきである
  • してみれば、被告人の本件所為は所論のように軽犯罪法1条33号にいうみだりに他人の工作物を『汚した』場合にあたるとして軽犯罪法違反に止まるものと解すべきではなく、刑法261条にいう他人の物の『損壊』に該当するものとして、器物損壊罪を構成する

と判示しました。

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