前回の記事の続きです。
「他人の刑事事件に関する証拠」における「刑事事件」とは?
証拠隠滅罪は、刑法104条に規定があり、
他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する
と規定されます。
証拠隠滅罪の行為の客体は、「他人の刑事事件に関する証拠」です。
この記事では、「他人の刑事事件に関する証拠」における「刑事事件」を説明します。
「刑事事件」には、被疑事件と被告事件の両方を含む
刑事事件は、
- 被疑事件(事件が起訴されておらず、裁判所に事件が係属していない事件)における証拠隠滅行為・・・被疑者段階における証拠隠滅行為
- 被告事件(事件が起訴され、裁判所に事件が係属している事件)における証拠隠滅行為・・・事件が起訴され、被疑者から被告人になった後の被告人段階における証拠隠滅行為
の両方を含みます。
この点、参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和10年9月28日)
裁判所は、
と判示しました。
捜査開始前の証拠隠滅行為が証拠隠滅罪を構成するか?
警察が捜査を開始する前の証拠隠滅行為が証拠隠滅罪を構成するかについて、学説は分かれています。
捜査開始前の証拠隠滅行為でも、証拠隠滅罪を構成するとする学説(多数説)
学説の多数説は、捜査が開始されたか否かを明確に区別するのは困難であり、証拠隠滅罪の成立を認めるにあたり、捜査開始後の証拠隠滅行為に限る実質的な理由がないとして、捜査開始前の証拠隠滅行為を含むとします。
捜査開始前の証拠隠滅行為は、証拠隠滅罪を構成しないする学説(少数説)
捜査開始前の証拠隠滅行為は含まないとする学説の見解は、
- 刑法104条(証拠隠滅罪)が「刑事事件」という語を用い、刑法103条(犯人蔵匿罪・犯人隠避罪)のように「罰金以上の刑に当たる罪」つまり「犯罪」という語を用いていないのは、未だ捜査機関に属していない証拠隠滅行為はこれを除外する趣旨とみるべきである
- 証拠隠滅罪(刑法104条)の条文にある「他人の刑事事件に関する証拠」は、犯罪の嫌疑が生じていない限り、犯罪の「証拠」という観念は出てこない
- 捜査開始前の罪証隠滅行為まで含ませるのは疑問である
といった見解があります。
証拠隠滅罪の「刑事事件」に含まれる事件と含まれない事件
証拠隠滅罪の「刑事事件」に含まれる事件
証拠隠滅罪(刑法104条)の条文にある「他人の刑事事件に関する証拠」の「刑事事件」には、
- 国税犯則事件における通告処分・告発以前の調査中の事件(国税犯則取締法1条)
- 関税犯則事件における通告処分・告発以前の調査中の事件(関税法119条)
- 少年法20条により将来刑事処分を受ける可能性のある少年保護事件
が含まれます。
証拠隠滅罪の「刑事事件」に含まれない事件
証拠隠滅罪(刑法104条)の条文にある「他人の刑事事件に関する証拠」の「刑事事件」には、
に関する証拠は含まれません。
もっとも、直接的にはこれらの事件で用いられる書類や物であっても、これが刑事事件で証拠として利用されるときは証拠隠滅罪の客体となります。
この点に関し、民事事件の当事者が、他人の刑事被告事件の証拠に供せられることを認識しながら、情を知らない裁判所書記官をして、内容虚偽の口頭弁論調書を作成させたときは、証拠隠滅罪を構成するとした以下の判例があります。
大審院判決(昭和12年4月7日)
裁判官は、
- 民事被告が他人の刑事被告事件の証拠に供されるべことを認識しながら情を知らざる裁判所書記官をして内容虚偽なる口頭弁論調書を作成せしめたるときは、刑法第104条所定の証拠偽造罪を構成するものとす
と判示しました。
証拠隠滅罪の「刑事事件」は日本に裁判権のある事件に限られる
証拠隠滅罪(刑法104条)の条文にある「他人の刑事事件に関する証拠」の「刑事事件」とは、日本に裁判権のある事件に限られます。
なので、日本が裁判権を有しない刑事事件に関する証拠の隠滅は、証拠隠滅罪(刑法104条)を構成しません。
ただし、日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法3条の証拠隠滅罪を構成し得ます。