刑法(総論)

緊急避難の成立要件 ~「補充の原則」「法益権衡の原則」~

緊急避難とは?

 緊急避難(刑法37条)とは、

自分または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険を避けるために、やむを得ずにした避難行為であって、避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかったもの

をいいます。

 緊急避難による行為は、違法性が阻却されて、犯罪を構成せず、処罰されません。

 たとえば、歩道を歩いていたら、正面から車が突っ込んできたので、隣にいた通行人を突き飛ばして、車にひかれるのを回避した場合が緊急避難です。

 突き飛ばした通行人にケガをさせたとしても、緊急避難が認められれば、傷害罪は成立しません。

緊急避難が犯罪を構成しない理由

 緊急避難が、犯罪を構成しない理由(不可罰となる理由)は、違法性が阻却されるためです。

 分かりやすくいうと、緊急避難行為をして、相手にケガをさせても、「違法な行為ではない」と認定されるのです。

 ちなみに、これを「違法性阻却」といいます。

緊急避難と正当防衛の違い

正当防衛とは

 緊急避難に近いものとして、正当防衛(刑法36条)があります。

 正当防衛とは、

急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為

をいいます。

 たとえば、不審者がいきなり殴りかかってきたので、自分の身を守るために殴り返した場合、正当防衛となります。

 正当防衛が成立すれば、相手にケガをさせたとしても、傷害罪は成立しません。

緊急避難と正当防衛の違い

 緊急避難と正当防衛の決定的な違いは以下の点です。

  • 緊急避難は、自分と傷つける相手が「正対正」の関係にある
  • 正当防衛は、自分と傷つける相手が「正対不正」の関係にある

 緊急避難について、先ほどの自動車事故の例でいうと、緊急避難をして傷つける相手は、善良な通行人です。

 自分と通行人は、「正対正」の関係にあります。

 正当防衛について、先ほどの暴行事件の例でいうと、正当防衛をして傷つける相手は、殴りかかってきた犯人です。

 自分と犯人は「正対不正」の関係にあります。

緊急避難は、正当防衛よりも成立要件が厳格である

 緊急避難は、正当防衛よりも成立要件が厳格になっています。

 理由は、緊急避難は「正対正」の関係にあるからです。

 避難行為とはいえ、なんの落ち度もない人に害を加えてしまうのだから、緊急避難の成立要件は厳格になるのです。

 これに対し、正当防衛の成立要件は、緊急避難よりもゆるくなります。

 正当防衛は、「正対不正」の関係にあるからです。

 「不正を仕掛けてくる悪い相手に対し、反撃して害を加えたとしても、自分の身を守るためなんだから、それは許されるでしょ?」という価値観になり、許容されやすくなるのです。

 そのため、正当防衛は、緊急避難より成立しやすいのです。

 そのようなことから、緊急避難は、正当防衛と比べると、成立要件が厳格になっているのです。

緊急避難の成立要件

 緊急避難の成立要件を説明します。 

 説明の前に、緊急避難の定義をもう一度確認します。

 緊急避難の定義は、

自分または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険を避けるために、やむを得ずにした避難行為であって、避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかったもの

です。

 緊急避難の成立要件は3つです。

  1. 「自分または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険」がある
  2. 「危険を避けるため、やむを得ずにした行為」である
  3. 「避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった」ものである

 それでは①~③を詳しく説明していきます。

①「自分または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険」がある

危険の対象

 緊急避難の対象となる危険は、条文に明記されている

  • 生命、身体、自由、財産

のほか、

  • 貞操(性的純潔)
  • 名誉
  • 国家的法益、社会的法益

が含まれるとされます(最高裁判例S24.8.18)。

「現在の危険」の『現在』とは?

 「現在の危険」の『現在』とは、

  • 危険(法益侵害)が現実に存在する場合

または

  • 危険が目の前に差し迫っている場合

をいいます。

 この点は、正当防衛における「現在の危険」と同じ定義です。

「現在の危険」の『危険』とは?

 「現在の危険」の『危険』とは、

  • 法益(守られるべき権利)に対する実害や危険な状態

をいいます。

 緊急避難における『危険』は、正当防衛の場合における『危険』と異なり、不正なものである必要はありません。

 なので、人の行為がもたらす危険のほか、動物や自然現象(地震、火災、水害など)がもたらす危険に対しても、緊急避難が成立します。

自ら招いた危険に対して緊急避難は成立するか?

 自ら招いた危険に対しては、緊急避難は成立しないと考えられています。

 判例は、

  • 現在の危険が行為者の有責行為によって招かれたもので、社会通念上その避難行為を是認することができない場合には、緊急避難は成立しない

としています(大審院判決T13.12.12)。

②「危険を避けるため、やむを得ずにした行為」である

「危険を避けるため」について

 避難行為は、

  危険を避けるため

の行為である必要があります。

 正当防衛のように、反撃のための行為であってはいけません。

危険を避ける意思

 危険を避ける意思は、

  自己に対する危険

を避ける意思のほか、

  他人に対する危険

を避ける意思であっても構いません。

避難行為は、故意行為のみならず、過失行為でもよい

 避難行為をするつもりで(故意行為で)、避難行動をとった結果、第三者にケガをさせた場合は、緊急避難が成立します。

 避難行動をする必要はなかったのに、勘違いで避難行動をとってしまい(過失行為で回避行動をとってしまい)、第三者にケガをさせた場合にも、緊急避難が成立します。

 緊急避難は、故意行為のみならず、過失行為でも成立するのです。

「やむを得ずにした行為」とは?

 「やむを得ずにした行為」は、

危険を避けるための必要な唯一の方法であって、ほかに方法がなかったこと

を必要とする行為です(このことを「補充の原則」といいます)。

 これは、緊急避難が「正対正」の関係にあり、避難行為をくらう相手が善人だからです。

 善人の犠牲がやむを得なかったとされるためには、避難行為が、唯一の最良の方法である必要があるのです。

 そうでなければ、犠牲になった善人がうかばれません。

 『危険を避けるための必要な唯一の方法であって、ほかに方法がなかった』かどうかは、具体的事情に照らし、社会通念上の判断に従って判断されます(最高裁判決S24.5.18)。

正当防衛の場合

 これに対し、正当防衛は、「不正対正」の関係なので、防衛行為が、緊急避難のように唯一の最良の方法である必要はありません。

 正当防衛行為により、不正を行った者が被る犠牲は許容できるからです。

 悪人を厳格に保護する必要はないのです。

③「避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった」ものである

 『避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかったものである』とは、

避難行為によって侵害された法益(守られるべき権利)が、避難行為によって危険から免れた法益よりも大きくなかったこと

をいいます。

 これを「法益権衡(けんこう)の原則」といいます。

 たとえば、山登りをしていて、山頂からサッカーボールくらいの石が転がってきたので、それを避けるため、隣にいた友人を谷底に突き落として死亡させた場合、法益が権衡していない(つり合っていない)ので、緊急避難は成立しないでしょう。

 法益が権衡しているかどうかは、事件ごとに、具体的な事情に応じて、裁判所により判断されることになります。

【追記】業務上特別の義務がある者に緊急避難は成立しない

 刑法37条2項に、「緊急避難は、業務上特別の義務がある者には、適用しない」とする規定があります。

 『業務上特別の義務がある者』とは、警察官、消防士など、業務上、危険に立ち向かう義務がある人たちをいいます。

 警察官、消防士などについては、緊急避難の法律は適用されないということです。

 これは、警察官、消防士などが、自分の身を守るために、他人を傷つけることは認められていないことを意味します。

 しかし、警察官や消防士に対し、自分の身に危険が迫っていても、「避難行為はせずに、そのまま死ね」というものではありません。

 警察官や消防士の命の切迫した危険がある場合や、第三者を守るための避難行為に対しては、緊急避難による違法性阻却の余地があると考えられています。

次回

 次回は、「過剰避難」、「誤想避難・誤想過剰避難」について書きます。

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