刑法(逃走の罪)

逃走の罪(2)~「逃走の罪が成立するためには、拘禁は適法なものであることを要する」を説明

 前回の記事に引き続き、逃走の罪(刑法6章)全般に係る事項を説明します。

逃走の罪が成立するためには、拘禁は適法なものであることを要する

 判例は、逃走の罪が成立するためには、拘禁は適法なものであることを要するという判断をしています。

大審院判決(明治28年10月28日)

 権限のない司法官試補が勾留状を発付した事案です(旧刑法に関する判例)。

 裁判所は、

  • 勾留状は、正当権限ある者より発したるものに非ずとせば、法律上何らの効力をも生ずべきものに非ず
  • 従って被告がその執行を逃れ逃走したりとするも、囚徒逃走の罪もとより構成することなし

と判示し、違法な勾留状により勾留された者が逃走した場合は、逃走罪は成立しないという判断をしました。

大審院判決(明治28年11月4日)

 裁判官は、

  • この令状は、被告を岐阜地方裁判所へ引致するをもって、その執行を終わりたる者なれば、岐阜県下より青森地方裁判所へ伝逓の途中はこの令状の効力なきこと明らかなれば(中略)、岐阜県下より青森地方裁判所へ伝迭護送の途中(中略)逃走したる所為は法律において罰すべき正条なきものとす

と判示し、令状の効力がなくなった後に逃走した者に対して逃走罪は成立しないという判断をしました。

学説の見解

 上記判例のとおり、逃走の罪が成立するためには、拘禁は適法なものであることを要すると解するのが一般です。

 これに対し、この点につき、拘禁が違法に行われたからといって、その拘禁が直ちに無効となり、これに対する侵害が犯罪とならないことになるとは限らないとし、違法の瑕疵が重大かつ外観上明白な場合にのみ無効であって、かかる程度に至らない瑕疵にとどまる場合には、その拘禁は本罪の保護の対象となるとする学説の見解もありあす。

 この適法性の意義に関しては、以下のような学説の見解があります。

  • 公務執行妨害罪における職務の適法性と同様に、拘禁は法律上の一定の条件・方式を具備して行われた適法なものでなければならないとする見解
  • 公務執行一般の適法性は機能を異にし、したがってまた内容的にも必ずしも同一ではないとする見解
  • 公務執行妨害罪における職務の適法性と同様に、本罪によって保護すべき国家的利益と被拘禁者の人権との調和を図る観点から、訴訟法上の適法、違法とは別の観点から考慮しなければならず、本罪によって保護するに値する程度のものであることを要するが、またこれで足りるとする見解
  • 拘禁は、法令に基づき正当な権限を有する者により、その有効要件である手続ないし法律上重要な手続を踏んで行われなければならないが、手続に軽微又は形式的な瑕疵があるにすぎない場合は、なお適法性が認められると解すべきとする見解

拘禁が適法である以上、逮捕手続に瑕疵があったり、拘禁に係る罪が無罪となっても逃走の罪は成立する

 勾留中の被告人が裁判の結果無罪となっても、勾留が適法な手続に従ってなされたものである以上、勾留それ自体が違法になるものではないので、その勾留中に逃走した場合は、 逃走罪が成立します。

 また、客観的には現行犯人ではなかったとしても、手続上は適法に現行犯逮捕された以上、当該逮捕は適法であるので、そのような逮捕中に逃走すれば、逃走罪が成立します。

 この点に関し、参考となる以下の裁判例があります。

名古屋高裁判決(昭和25年5月8日)

 窃盗被疑事件により勾留され、起訴されたものの、無罪の判決言渡しがあり、判決が確定した事案です。

 裁判官は、

  • ある犯罪の嫌疑を受けた事実が客観的に無罪であるにせよ苟も一旦適法な手続によって勾留され、かつその効力が法律上消滅せしめられ若しくは停止せしめられない以上、いわゆる未決の囚人である

と判示しました。

広島高裁岡山支部判決(昭和29年7月8日)

 現行犯逮捕された者を奪取した事案です。

 裁判官は、

  • たとえAが客観的には現行犯人でなかったとしても、BらはAを現行犯人と判断して逮捕したのであり、かつAを現行犯人と判断したことが前説示の如く社会通念上許容せらるべきものと認められるからCに対する現行犯人としての逮捕は適法であってCは法令によって拘禁されたものに当たり、これを奪取した被告人の所為をもって被拘禁者奪取罪に問疑(もんぎ)した原判決は正当であって所論の如き違法はない

と判示しました。

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