刑法(偽計業務妨害罪)

偽計業務妨害罪(7) ~「『偽計を用いて』とは?」「偽計による業務妨害が認められた事例」を説明~

 前回の記事の続きです。

「偽計を用いて」とは?

 刑法233条後段の「虚偽風説による業務妨害罪」「偽計業務妨害罪」の行為は、

「虚偽の風説を流布し」あるいは「偽計を用いて」という手段によって、人の業務を妨害したこと

です。

 なお、裁判では、虚偽風説流布による業務妨害罪を「業務妨害罪」と呼び、偽計を用いての業務妨害罪を「偽計業務妨害罪」と呼びます。

「偽計」の意義

 「偽計を用いて」の「偽計」は、

欺罔計略、策略など、威力以外の不正の手段であって、悪戯の程度を越えるもの

と定義されます(学説)。

 なお、「偽計」と「威力」の区別の説明については前の記事参照。

 「悪戯」は、軽犯罪法1条31号違反の「悪戯」の意味であり、その説明は前の記事参照。

「偽計を用いて」の意義

 「偽計を用いて」とは、

偽計に当たる手段を弄すること

をいいます。

 偽計を用いる相手方と業務を妨害される者は、同一人でなくてもよいとされます。

 詐欺罪では、処分行為者が錯誤に陥ることが必要ですが、偽計業務妨害ではそのような関係を要しません。

判例

 「偽計」の一般的定義を判示する判例は少ないです。

 大阪高裁判決(昭和29年11月12日)

 この判決では、

刑法第233条にいう『偽計を用い』とは人の業務を妨害するため、他人の不知あるいは錯誤を利用する意図をもって錯誤を生ぜしめる手段を施すことをいう」

との定義を示しています。

東京高裁判決(昭和48年8月7日)

 この判決では、

刑法233条にいう偽計を用いるとは、欺罔行為により相手方を錯誤におちいらせる場合に限定されるものではなく、相手方の錯誤あるいは不知の状態を利用し、または社会生活上受容できる限度を越え、不当に相手方を困惑させるような手段術策を用いる場合を含む」

との定義を示しています。

偽計による業務妨害が認められた事例

 偽計による業務妨害が認められた事例として、以下のものがあります。

① 競売のため参集した者に金員を贈与して競売申込みを中止せしめて、裁判所における競売を妨害したもの(大審院判決 明治42年2月19日)

② 外面から容易にうかがい得ない程度に漁場の海底に障害物を沈めて置き、漁業者の漁網を破損させて漁獲不能としたもの(大審院判決 大正3年12月3日)

③ 新聞社の経営者が、他紙の購読者を奪うため、同紙とまぎらわしい題号に改名し、かつその題字及び題字欄の体裁模様を同紙に酷似させて発行したもの(大審院判決 大正4年2月9日)

④ A貿易商店の支配人がB名称の下に自ら貿易業を営むため、取引先に対しA名義で「A商店はBに営業譲渡した」旨虚偽内容の文書を発信してAの一手販売権を喪矢させたもの(大審院判決 大正14年10月21日)

娼妓と通謀して逃走させ、貸座敷営業の遂行を妨げたもの(大審院判決 昭和3年2月6日)

⑥ 駅弁業者と紛争中の者が、その業者の駅弁が不潔、非衛生である旨の不実の内容を記載した葉書1枚を鉄道局事務所旅客課長宛郵送したもの(大審院判決 昭和3年7月14日)

⑦ 種物商人が販路拡張のため、実在しない組合の組合長名義を用いて、特定業者が不良品を販売する旨記載し、該当業者を誹謗する文書をその取引先に郵送したもの(大審院判決 昭和9年5月12日)

⑧ バス営業を妨害するため、乗客に対し「この運転手はてんかんをするから用心なさい」と虚偽事実を告知したもの(大審院判決 昭和10年3月14日)

⑨ 理髪業者の妻が、他店に雇われた理髪職人を解雇させようとして、顧客名義で「同人は技量拙劣であるから速やかに解雇すべきことを忠告する」旨の信書を雇主宛てに郵送し、理髪職人の業務を妨害したもの(大審院判決 昭和11年5月7日)

⑩ 裁判官を欺罔して得た仮処分命令を執行して、新聞社の社屋を明け渡させ新聞の経営を不能ならしめたもの(大判昭15・8・8 集19巻15号529頁)

⑪ 信号所勤務員を誤信させて信号操作を放置させ、約45分間電車を停車させて電車運行業務を妨害したもの(最高裁判決 昭和35年2月18日

⑫ 電話料金の支払を免れるための装置であるマジックホンを電話回線に取り付け、電電公社の通話料金課金事務を妨害したもの(最高裁判決 昭和59年4月27日

⑬ 湯屋営業を妨害するため男女入口付近に休業と記した紙片を掲示したもの(東京高裁判決 昭和27年7月3日

⑭ 虚偽の申立てをして地位保全の仮処分決定を得て、これを債務者に送達し、債務者の営む喫茶店営業を休業するのやむなきにいたらせたもの(名古屋高裁判決 昭和30年4月1日)

⑮ 他人名義で虚構の商品注文をして徒労の注文品配達を行わせたもの(大阪高裁判決 昭和39年10月5日)

⑯ 約970回にわたって無言電話をかけて、中華そば店の営業を妨害したもの(東京高裁判決 昭和48年8月7日

⑰ 有線放送会社が、同業者Aの進出を阻止するため、Aが顧客に対する音楽放送送信に使用していた有線放送用電線をひそかに切断して、顧客方への放送を不能にしてAの業務を妨害したもの(大阪高裁判決 昭和49年2月14日)

⑱ 他人の田にガラスを散布したもの(長崎地裁判決 大正5年8月24日)

⑲ タクシーの配電盤回転子をひそかに取り外したもの(大阪高裁判決 昭和32年9月27日)

⑳ 入庫中の電車に守衛の隙をうかがってビラ多数を貼付し、その使用を不能にしたもの(大阪地裁判決 昭和36年7月18日)

㉑ 郵便局において使用する自転車、バイクの空気をひそかに抜いて業務を遅延させたもの(浦和地裁判決 昭和39年12月21日)

㉒ バスの燃料タンクに水を投入したもの(岡山地裁判決 昭和43年3月10日)

㉓ 業務用電力量計にエ作して実際の使用電力料より少ない量を指示させ、電力会社の電気料金徴収業務を妨害したもの(福岡地裁判決 昭和61年3月3日)

㉔ 寝具等製造会社に対する恨みを晴らすため、百貨店等に陳列された同社製造の布団等281点に縫針合計469本をひそかに刺し込み、同社及び百貨店等の営業を妨害したもの(大阪地裁判決 昭和63年7月21日)

㉔ 携帯用に改造した防護無線通信装置から電波を発射して、列車に設置してある防護無線通信装置に受信させ、21台の列車を緊急停止させるなどして鉄道会社の業務を妨害したもの(東京地裁八王子支部判決 平成9年7月4日)

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