刑法(放火罪全般)

放火罪全般(7) ~不作為による放火①「不作為による放火罪の成立要件」を説明~

 前回の記事の続きです。

不作為による放火

 不作為(行動しないこと)によって行われる犯罪を不作為犯といいます(不作為犯の説明は前の記事参照)。

 不作為による放火は、

作為義務(消火義務)に違反して既発の火力を放置し、焼損の結果を発生させるもの

です。

 不作為による放火罪の成立要件として、

  1. 消火義務の存在
  2. 消火の可能性と容易性
  3. 「既発の火力を利用する意思」又は「既発の火力により建物が焼損することを認容する意思」

が挙げられます。

 この3つの要件がそろうと、不作為による放火罪が成立します。

不作為による放火の判例

 不作為による放火罪の成立を認めた重要な判例として、以下の3つの判例があります。

以下①②の判例では、

  1. 法律上の消火義務
  2. 消火の可能性と容易性
  3. 既発の火力(危険)を利用する意思

の3要件を挙げ、不作為による放火罪の成立を認めました。

① 大審院判決(大正7年12月18日)

 養父を殺害した被告人が、格闘中に養父の投げた燃木尻の火が住宅内庭のわらに飛散し燃え移ったのを認めながら、むしろ罪跡を隠滅しようと思い、容易に消し止めることができたのにこれを放置して住宅及び隣家の物置を焼損させた事案です。

 裁判官は、

  • 自己の故意行為に帰すべからざる原因により、既に叙上物件に発火したる場合においてこれを消し止むべき法律上の義務を有し、かつ容易にこれを消し止め得る地位にある者が、その既発の火力を利用する意をもって鎮火(消火)に必要なる手段をとらざるときは、この不作為もまた法律にいわゆる火を放つの行為に該当するものと解するを至当なりとりとす
  • 然り而して、叙上物件の占有者又は所有者が、自己の故意行為に帰すべからざる原因によりその物件に発火し為めに公共に対し危害の発生するおそれあるに際り、これを防止し得うるにかかわらず、故意にこれを放任して顧みるざるが如きは、実に公の秩序を無視するものにして、秩序の維持をもって任務とする法律の精神に抵触するや明なるが故に、その如き場合において、これらの者がその発火を消し止め、もって公共の危険の発生を防止するは、その法律上の義務に属するものと認むるを正当なりとす

と判示し、不作為による放火罪の成立を認めました。

② 大審院判決(昭和13年3月11日)

 火災保険を付した家屋を所有する被告人が、神棚に燈明を献じて礼拝した際、燭台のロウ受けが不完全で、これに点火して立てたロウソクが神符の方へ傾斜しているのを認めながら、火災が起こったならば保険金を獲得できると思って外出したため、その灯火から神符に点火しさらに家屋に延焼した事案です。

 裁判官は、

  • 自己の故意に帰すべからざる原因により火が自己の家屋に燃焼することあるべき危険ある場合、その危険の発生を防止すること可能なるにかかわらず、その危険を利用する意思をもって消火に必要なる措置を執らず、よって家屋に延焼せしめたるときもまた、法律にいわゆる火を放つの行為を為したるものに該当する

とした上、作為義務について、

  • 不作為犯成立の条件を成す義務違反は、必ずしも各箇の法規上に明らかに規定せられたる義務に反する場合のみに限らず、具体的場合において公の秩序善良の風俗に照らし、社会通念上、当然一定の措置に出でざるべからずと認めらるる場合、敢えてその措置に出でざることもまた右にいわゆる義務違反をもって論ずべきものとす

と判示して、不作為による放火罪の成立を認めました。

 以下③の判例では、不作為による放火罪が認められる場合として、

  1. 法律上の消火義務
  2. 消火の可能性と容易性
  3. 既発の火力により建物が焼損することを認容する意思

の3要件を挙げ、不作為による放火罪の成立を認めました。

③ 最高裁判決(昭和33年9月9日)

 事務室で残業中の会社員が、多量の炭火のおこっている火鉢を、周囲に原符(紙の用紙)入りボール箱のある木机の下に置いたまま別室で仮眠した後、目覚めて事務室に戻ると、その火鉢の炭火がボール箱から木机に燃え移っているのを発見したが、宿直員らを呼び起こして協力を得れば容易に消火し得たのに、驚きと自己の失策の発覚を恐れて、何らの処置もせず逃走した結果、数棟の家屋を焼損した事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は自己の過失行為により右物件を燃焼させた者(また、残業職員)として、これを消火するのはもちろん、右物件の燃焼をそのまま放置すれば、その火勢が右物件の存する右建物にも燃え移りこれを焼燬(焼損)するに至るべきことを認めた場合には、建物に燃え移らないようこれを消火すべき義務あるものといわなければならない
  • 被告人は自己の過失により右原符、木机等の物件が焼燬されつつあるのを現場において目撃しながら、その既発の火力により右建物が焼燬せられるべきことを認容する意思をもって、あえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により建物についての放火行為をなし、よってこれを焼燬したものであるということができる

と判示し、現住建造物等放火罪刑法108条)が成立するとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

不作為による放火罪の裁判例

を紹介します。

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