前回の記事の続きです。
不作為による放火罪の成立を認めた裁判例を紹介します。
不作為による放火罪の成立を認めた裁判例
不作為による放火罪の成立を認めた裁判例として、以下のものがあります。
高松高裁判決(昭和26年5月25日)
人夫宿舎に侵入した被告人が布団等を窃取する際、明かりを採るため宿舎内の囲炉裏に焚き火をし、これを放置すれば火は床板に燃え移ることを予見しながら宿舎を出た事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和31年7月17日)
たばこを吸った際に捨てたマッチ棒がわらに引火し、これを放置すれば小屋等を焼損することを知りながら逃走した事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
甲府地裁判決(昭和36年6月29日)
別居中の妻の実家に侵入し、妻の荷物を探すためマッチをすって押入れ内を調べる際、火が新聞紙やセルロイド製針箱に移って燃え上がったため、驚きと無断侵入が発覚するのを恐れるあまり、家屋への延焼の危険を予見しながら逃走し、家屋を全焼させた事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
東京地裁判決(昭和38年4月15日)
同僚とけんかした被告人が燃焼中の石油ストーブを転倒させ、流出した石油に引火したが、家屋への延焼を認識しながら、消火に当たっている同僚に更に椅子や塗料缶を投げて逃走し、家屋を全焼させた事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
東京高裁判決(昭和42年4月28日)
たばこの火の不始末から布団が燻焼しているのに気付いたが、アパートが火事になれば保険金が入ると考え逃走した事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
大阪地裁判決(昭和43年2月21日)
アパートでねずみの足音を聞いたため天井裏を点検した際、ローソクが転がり落ちたが、火が消えたものと軽信し、その後、天井板幅約30センチ位とその付近の根太が燃えているのを発見しながら、出火したことを近隣から非難されるのを恐れ、また自己の家財には保険がかけてあったため逃走し、アパートを焼失させた事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
広島高裁岡山支部判決(昭和48年9月6日)
窃盗犯人が丸めた紙切れに火をつけて床に落ちた硬貨を拾っていたところ、他の紙片類に燃え移ったが、物音で発見されるのを恐れ、建物を焼損するかもしれないことを認識しながら逃走した事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
東京高裁判決(昭和55年1月21日)
妻に対する不満を晴らすため、妻の信仰する仏壇を壊して板切れにし、これを灰皿上で燃やすうち自暴自棄となり、その火が畳等に燃え移り家屋が火災になってもかまわないと考え、これを放置して全焼させた事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
東京地裁判決(昭和57年7月23日)
放火の意思でガスホースから噴出するガスに点火したものの、炎の大きさに驚愕し、ホースを窓の外に出したところ、これがすだれに引火し、さらに家屋にも延焼するおそれがあることを認識しながら放置し、その一部を焼損した事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
大分地裁判決(平成15年3月13日)
パチンコで負けた腹いせにパチンコ台にすすを付ける目的で、下受皿玉排出口にライターを入れて点火したところ、パチンコ台内部に着火してしまい、しばらく後にこれに気付き、このまま放置すればパチンコ台が設置されている島に延焼する可能性を認識しつつ、発覚を恐れて立ち去り店舗を全焼させた事案で、不作為による放火罪の成立を認めました。
不作為による放火罪の成立を否定した裁判例
不作為による放火罪の成立を否定した裁判例として、以下のものがあります。
福岡高裁判決(昭和29年11月30日)
家屋軒下で喫煙した際、燃えているマッチの軸木を誤って軒下の物置にあった竹かごの中に投げたため、火が竹かご内のかんなくずに燃え移り、火炎があがったので驚きと恐ろしさの余りうろたえて逃げ出し、家屋の一部を焼損した事案です。
裁判官は、
- 不作為による放火には、既発の火力を利用し、該物件を燃焼する意思をもって鎮火に必要な措置をとらないことを要する
とした上、
とし、不作為による放火罪の成立を否定し、失火罪の成立にとどめました。
他人所有の住家に近接し、かつ馬屋に接続した便所内の、ふたをした肥溜の上に炭の空俵約20俵を積み重ね、その下にみかん箱位の木箱1個を、一部その炭俵の下から外に出して置いてある所で、その炭俵からむしりとった長さ約6寸の茅一握りに点火し、これを右木箱の炭俵から外に出ている部分に置いて用便のための照明に使用したため、その火が延焼して右便所、馬屋及び住家を焼損した事案です。
裁判官は、
- 不作為による放火の成立には、特にその火力を利用する積極的な意図がなくとも、結果発生を認容する意思があれば足りるとした上で、被告人には、その火が炭俵から便所その他の建物に延焼すべきことを認識していたと認められない
とし、不作為による放火罪の成立を否定し、重過失失火罪(刑法117条の2)が成立するとしました。
札幌高裁判決(昭和38年7月20日)
他人の家に侵入した被告人が、点火した新聞紙を照明にして押入れ内を物色中、家人が帰宅したと思い、火を手で揉み消したところ、火の粉がゴザの上などに散乱したが、そのまま放置して逃走し、家屋を焼損した事案です。
裁判官は、
とし、不作為による放火罪の成立を否定し、重過失失火罪を認めた上、公訴時効完成により免訴としました。
次回の記事に続く
次回の記事では、
- 焼損の概念
- 放火罪の既遂時期(独立燃焼説)
を説明します。