前回の記事の続きです。
前回の記事では、伝聞証拠と伝聞法則の定義について説明しました。
今回の記事では、
伝聞法則(刑事裁判において伝聞証拠は証拠として原則使えないとするルール)が存在する理由
を説明します。
伝聞法則(刑事裁判において伝聞証拠は証拠として原則使えないとするルール)が存在する理由
伝聞証拠が刑事裁判おいて原則使えない理由(伝聞証拠が排斥される理由)は、
原供述者(証人)に対する当事者(検察官又は被告人・弁護人)の反対尋問権が保障されていること
に起因します。
まずは供述証拠の危険性を説明します。
供述証拠の危険性
供述証拠は、
人がある出来事を五官を通して知覚し、これを記憶し、更にこれを表現することによって裁判所に体験内容を報告するもの
です。
しかし、この知覚・記憶・表現の各過程に誤りが混入する危険性が常に内在しています。
知覚の過程では、見間違い、聞き間違いなどの誤りが生じるおそれがあります。
記憶の過程では、時間の経過とともに記憶が減退したり、不正確になったり、変化するおそれがあります。
表現の過程では、事実の一部が欠落したり、事実が誇張されたり、隠されたり、言い間違いをするおそれがあります。
このように、供述証拠は、知覚・記憶・表現の各過程で誤りが混入する危険が少なからず存在する証拠です。
なので、供述証拠はその正確性がチェックされる必要があります。
そのチェックの方法として、原供述者(証人)に対しての当事者(検察官又は被告人・弁護人)による
反対尋問(被疑者の弁護人が原供述者(証人)に質問し、証言の正確性を吟味すること)
が採用されています。
被疑者には原供述者(証人)を反対尋問する権利が保障されており、このことを
反対尋問権の保証
といいます。
反対尋問権の保障
供述者の供述内容の正確性をチェックするために証人尋問を行う必要がある
上記のような供述証拠の危険性を除去するために、検察官又は被告人・弁護人が供述者本人(証人)を公判廷において尋問し、供述の正確性をチェックする方法がとられます。
この方法を
といいます。
供述者の供述内容の正確性をチェックするためには、利害関係の対立する反対当事者の立場からの尋問(反対尋問)が有効な手段となります。
証人に対する反対尋問権は、被告人側及び検察官側の双方が有します。
このうち被告人の反対尋問権は憲法で保障されている重要な権利になっています(憲法37条2項前段)。
伝聞供述、供述書、供述録取書それぞれについて証人尋問が必要になる理由
伝聞証拠は、
- 伝聞供述
- 供述書
- 供述録取書
に分けられます。
それぞれについて、原供述者の証人尋問が必要な理由を説明します。
伝聞供述は原供述者の供述のチェックができない
伝聞供述の場合(例えば、被害者Aが自己の被害状況をBに話し、Bが法廷でAから聞いた内容を証言した場合)は、伝聞供述者Bを反対尋問することにより、B自身が体験した事実が正確に供述されているか(原供述者Aから聞いた話の内容やそのときのAの態度など)についてはチェックできますが、A自身が体験した事実(被害に遭った状況など)についてはチェックができません。
そのため、伝聞供述は、原則、証拠として使えないとされます。
伝聞証拠である伝聞供述を証拠として使わずに、原供述者Aを証人尋問し、Aの供述(証言)の正確性のチェックした上で、Aの供述(証言)を証拠として使うのが原則的な方法となります。
供述書は供述者の供述のチェックができない
供述書の場合(例えば、被害者Aが自ら体験した被害状況をAが自らの手で書き記した書面を作成した場合)は、その供述書が裁判官に証拠として提出されただけでは、その供述書に記載された供述の信用性や正確性をチェックすることができません。
そのため、供述書は、原則、証拠として使えないとされます。
伝聞証拠である供述書を証拠として使わずに、供述者(被害者A)を証人尋問し、Aの供述(証言)の正確性のチェックした上で、Aの供述(証言)を証拠として使うのが原則的な方法となります。
供述録取書は供述者の供述のチェックができない
供述録取書の場合(例えば、被害者Aから警察官が被害状況を聴取し、警察官がAから聴取した内容を書き記した書面を作成した場合)も、その供述録取書が裁判官に証拠として提出されただけでは、その供述録取書に記載された供述の信用性や正確性をチェックすることができません。
そのため、供述録取書は、原則、証拠として使えないとされます。
伝聞証拠である供述録取書を証拠として使わずに、供述者(被害者A)を証人尋問し、Aの供述(証言)の正確性のチェックした上で、Aの供述(証言)を証拠として使うのが原則的な方法となります。
伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)の証拠能力が否定は、被告人の証人尋問の機会(反対尋問権)を実質的に保障することにつながる
このように伝聞供述の場合も、供述書、供述録取書の場合も、証人尋問によるチェックを経ておらず、このような供述証拠(伝聞証拠)は信用性が低いと考えられるため、法は原則として伝聞証拠の証拠能力を否定したのです。
伝聞供述、供述書、供述録取書に無条件に証拠能力が認められると、法廷には伝聞供述者の証言や供述代用書面が多く提出されることになり、それでは、被告人が原供述者に対して反対尋問ができない結果となり、被告人の防御のために最も重要な手段である尋問の機会を奪うことになります。
そこで、法は、被告人の証人尋問権を実質的に保障する必要から、原則として、被告人の反対尋問にさらされていないところの伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)の証拠能力を否定することをルールとしました。
そして、このことは、被告人の証人尋問の機会(反対尋問権)を実質的に保障することにつながります。
伝聞法則の例外
伝聞法則(刑事裁判において伝聞証拠は原則使えないとするルール)が存在する理由は上記のとおりであり、伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)は、証拠として裁判官に提出し、証拠採用してもらうことができないというのが原則です。
しかしながら、伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)が全く使えないとすると、刑事裁判においてとんでもない数の証人尋問を行わなければならなくなり、それを行うのは現実的に不可能です。
そこで、法は伝聞証拠が使えるようにする方法を用意しています。
これを
伝聞法則の例外
といいます。
具体的には、
- 刑訴法321条(被告人以外の者の供述代用書面)
- 刑訴法321条の2(ビデオリンク方式による証人尋問調書)
- 刑訴法322条(被告人の供述代用書面)
- 刑訴法323条(特信書面)
- 刑訴法324条(伝聞供述)
- 刑訴法326条(同意証拠)
- 刑訴法327条(合意書面)
に、それぞれの伝聞証拠の性質に応じて、伝聞法則の例外として証拠能力を認めるための一定条件を規定し、その条件を満たす場合には証拠能力を認めます。
伝聞証拠の例外(伝聞証拠を証拠として使えるようにする方法)については、次の記事で詳しく説明します。