刑法(名誉毀損罪)

名誉毀損罪(11) ~違法性阻却自由①「被害者の承諾・訴訟活動の正当性と名誉毀損罪の成否」を説明~

 前回の記事の続きです。

名誉毀損罪における違法性阻却自由

違法性阻却事由とは?

 犯罪は

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろったときに成立します。

 犯罪行為の疑いがある行為をしても、その行為に違法性がなければ犯罪は成立しません。

 この違法性がない事由、つまり違法性がないが故に犯罪が成立しないとする事由を「違法性阻却事由」といいます(詳しくは、前の記事参照)。

 名誉毀損罪(刑法230条)の違法性については、刑法230条の2による真実性の証明が違法性阻却事由ととして挙げられます。

 このほか、名誉毀損行為の正当化は、刑法35条正当行為が中心になります。

 名誉損罪において、名誉毀損行為が正当行為であるとして無罪主張された事例として、

の判例があります。

 この記事では、「被害者の承諾」と「訴訟活動」を説明します。

被害者の承諾と名誉毀損罪の成否

被害者の承諾が名誉毀損行為の違法性を阻却するかに関しては、

  1. 否定説(被害者の承諾があっても違法性を阻却しないとする説)
  2. 肯定説(被害者の承諾があれば違法性を阻却するとする説)
  3. 構成要件該当性阻却事由説(被害者の承諾があれば名誉毀損罪の構成要件を満たさず、犯罪が

があります。

①否定説について

 否定説は、「名誉は放棄することができない」とするものです。

 よって、名誉毀損をされることに被害者の承諾があっても、違法性は阻却されず、名誉毀損罪が成立するという考え方になります。

②肯定説について

 肯定説は、名誉の放棄(名誉への個別的侵害への同意)は有効と見るべきとするものです。

 よって、名誉毀損をされることに被害者の承諾があれば、違法性が阻却され、名誉毀損罪は成立しないという考え方になります。

③構成要件該当性阻却事由説

 構成要件該当性阻却事由説は、被害者の承諾は名誉毀損行為の構成要件該当性を阻却し、犯罪が成立しないと考えるものです。

訴訟活動の正当性と名誉毀損罪の成否

 訴訟関係者の活動が他人の名誉を害しても、それが法規に従って行われている限り、名誉毀損罪を成立させることはありません。

 しかし、その範囲を逸脱すれば、名誉毀損行為の違法性を阻却せず、名誉毀損罪が成立します。

 判例には、刑事被告人の防御活動が違法にわたるとして、名誉毀損罪の成立を認めた事例が2件あります。

大審院判決(大正15年5月22日)

 業務上横領罪の被告人である役場の収入役が、横領金額を少なく見せるため、公判廷において、その一部は役場の助役が窃取したと主張した事案です。

 裁判官は、

  • たとえ公開せる法廷において被告人が防御権の行使として為したる供述が、たまたま第三者の名誉を毀損するの結果を生ずることあるも、その行為は全然違法性を欠如し、名誉毀損罪を構成せざるものといわざるべからず
  • 然れども、被告人の有する防御権の行使はもとより絶対無限に非ず
  • その供述は真実に適合するものたることを要す
  • もし、それぞれ虚偽の事実を供述して第三者の名誉を毀損するが如きは、これ権利の濫用にしてその行為の違法を阻却するものに非ざるや論を俟たず

と判示しました。

最高裁判決(昭和27年3月7日)

 虚偽告訴罪(旧罪名:誣告罪)事件の被告人が、審理の結果、事実関係が明らかになった後、なお自己の刑事責任を免れるため、公判廷において真犯人は告訴の相手方であると主張した事案です。

 裁判官は、

  • 誣告被告事件の公判廷において、被告人が弁解として故意に虚偽の事実を陳述して、公然誣告の相手方の名誉を毀損することは、被告人としての防御権を濫用するものであって、その行為につき名誉毀損罪が成立する
  • 真意に反して欺罔の主張をしたというのであるから、もとより、被告人としての防御権の範囲を逸脱したもの、彼告人の防御権の濫用と認めるべきであって、原判決が名誉毀損罪の成立をみとめたのは正当である

と判示しました。

 ただし、 上記2つの判例にして、被告人が虚偽の事実を述べれば直ちに違法であるかのように判示している点には疑問があるとする意見があります(学説)。

 また、弁護人の弁護活動について名誉毀損罪の成立を認めた事例として、以下の判例がありあす。

最高裁決定(昭和51年3月23日) ※ 丸正事件

 事案は、強盗殺人事件につき上告中、弁護人が、別人を真犯人であると主張して、検察庁に再捜査を促し、世論を喚起して証拠の収集に協力を求めるなどの目的で記者会見を行い、また、最高裁による上告棄却後にも、 再審請求の途を開くため、上記主張を記載した著書を出版したというものです。

 裁判官は、

  • 名誉毀損罪などの構成要件にあたる行為をした場合であっても、それが自己が弁護人となった刑事被告人の利益を擁護するためにした正当な弁護活動であると認められるときは、刑法35条の適用を受け、罰せられないことは、いうまでもない
  • しかしながら、刑法35条の適用を受けるためには、その行為が弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならないのであり、かつ、右の判断をするにあたっては、それが法令上の根拠をもつ職務活動であるかどうか、弁護目的の達成との間にどのような関連性をもつか、弁護を受ける刑事被告人自身がこれを行った場合に刑法上の違法性阻却を認めるべきかどうかという諸点を考慮に入れるのが相当である

という一般基準を掲げ、

  • 弁護人が弁護活動のために名誉毀損罪にあたる事実を公表することを許容している法令上の具体的な定めが存在しない

ことを指摘した上、

  • 本件行為は、訴訟外の救援活動に属するものであり、弁護目的との関連性も著しく間接的であり、正当な弁護活動の範囲を超えるものというほかはない
  • さらに、弁護人の上記主張には、確実な資料・根拠もなく、被告人自身が行っても名誉毀損罪にあたる違法な行為である

として、弁護人に対し、名誉毀損罪の成立を認めました。

次の記事へ

名誉毀損罪、侮辱罪の記事まとめ一覧