前回の記事の続きです。
名誉毀損罪の罪数
この記事では、名誉毀損罪の罪数について説明します。
被害者1人につき1個の名誉毀損罪が成立する
名誉は、人の社会的活動の基礎として、個人の人格的法益に属するから、被害者1人につき1個の名誉毀損罪が成立すると考えられます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和35年8月25日)
裁判官は、
- 同一新聞紙に3名の名誉を毀損すべき3個の記事を執筆掲載して、これを発行頒布した場合は、被害者別に3個の名誉毀損罪が成立するけれども、行為としては1個の発行頒布があるに過ぎないのであるから、右3個の罪に対しては、いわゆる一所為数法(※観念的競合のこと)に当たるものとして、刑法第54条第1項前段を適用するのが相当である
と判示しました。
被害者1人の名誉を毀損する行為が連続して行われた場合には、包括して一罪を構成する場合がある
一人の被害者の名誉を毀損する行為が連続して行われた場合には、包括して一罪を構成するに止まる(包括して1個の名誉毀損罪が成立する)ことがあり得えます。
参考となる判例として以下のものがあります。
大審院判決(明治45年6月27日)
毎日発行する新聞紙上に同一人の名誉を毀損する記事を10日にわたって連載した事案で、1個の名誉毀損罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 新聞雑誌の如き公刊の文書によりて他人の名誉を毀損する罪は、名誉毀損の記事を掲載発行し公衆の閲読し得べき状態に置くによりて成立し、右記事が公衆の閲読を経たることを必要とせず
- 毎日発行する新聞紙上に包括的に一人の名誉を毀損すべき1個若しくは数個の事実を掲載し、これを発行したるときは、1個の名誉毀損罪成立するものにして、掲載日数の多少は犯罪の構成に何ら消長を来すことなし
と判示しました。
同時に2名又は3名の者の名誉を毀損するほぼ同一趣旨の記事を4回にわたって2種の雑誌に掲載した事案で、4個の名誉毀損罪が併合罪の関係で成立するとした事例
上記①、②の判例に対し、東京高裁判決(昭和41年9月30日)は、同時に2名又は3名の者の名誉を毀損するほぼ同一趣旨の記事を4回にわたって2種の雑誌に掲載した事案について、4個の行為の存在を認め、包括一罪ではなく、4個の名誉毀損罪が成立し併合罪となるとしています。
その理由について、被告人らの所為は複数人の名誉を毀損する点ですでに包括一罪と解することができないとするほか、行為の日時にある程度の隔たり(2か月弱)があると同時に、掲載誌もすべて同種ではなく、また、被害者も3名又は2名と同一でないこと、各記事は同一趣旨の繰り返しであり、それぞれ一つのまとまった内容をなしていることを挙げ、裁判官は、
- これらの点から判断すると、以上4種のパンフレットへの記事掲載ならびに頒布は、機会を異にしてなされたもので、刑法上、その都度、別個の決意に基づいてなされた4個の行為があると解するのが相当
と述べ、さらに、
- 被告人らの所為が被害者らを糾弾しようとする志向の具体化であることは否定できないが、刑法上の罪数決定の基準となる行為の決意とは右のような抽象的な志向をいうのではなく、現実の行為と直接に結びついた具体的な行為の決意でなければならない
とし、この事案では、各記事が各回ごとに独立したまとまった内容のものであることが、
- そのこと自体その各回の行為を別個の決意に基づく別個の行為と評価する根拠となる
としました。