前回の記事の続きです。
名誉毀損罪の客体
人の名誉
です。
「名誉」とは?
名誉毀損罪における名誉とは、
人の社会生活の基礎をなす、人に対する積極的評価であり、現に人が受けている事実的評価である
と解されています(通説)。
名誉は、
法的保護に値する評価
でなければなりません。
なので、名誉毀損罪における名誉には、
- 消極的な評判
- 悪名(悪い評判、よからぬうわさ)
のようなものは含まれません。
例えば、「A子は違法行為をするのが上手」と言ってA子の評価を傷つけても、名誉毀損罪は成立しません。
これは、法秩序と相容れない場面での評価を法秩序が保護するということはしないためです。
他方、
人の社会生活に何らかの関わりがあると考えられる積極的評価
は全て名誉に含まれます。
名誉毀損罪の名誉には、
- 人の行為または人格に対する倫理的価値
- 人の行為または人格に対する政治的・社交的・学問的・芸術的能力
- 身体的、精神的な資質
- 職業
- 身分
- 血統
など広く社会生活上認められる価値が該当します。
名誉をなす積極的価値は、現在のほか、過去・将来の価値を含むか?
名誉をなす積極的価値は、現在のほか、過去・将来の価値を含むかという問題があります。
これについては、
人に対する現在の事実的評価が名誉
とされることから、過去・将来の価値は、
現在のその人に対する評価を構成しているもの
であれば、名誉をなす積極的価値に含まれます。
この点、参考となる以下の判例があります。
大審院判決(昭和8年2月15日)
裁判官は、
- 他人の経営に係る事業の将来に関する自己の予想を叙する(述べる)に当たりても、その叙事中、他人の社会的地位を害するに足るべき過去又は現在の具体的事実を公然摘示するにおいては名誉毀損罪を構成すること言を俟たず
と判示しました。
名誉には、虚名(実力以上の評判や名声)を含む
名誉は、事実として存在する評価なので、真価と一致しない「虚名」(実力以上の評判や名声)であっても保護され、虚名を侵害すれば名誉毀損罪が成立します。
虚名であっても保護される理由は、現に成立している社会的生活関係の維持にあるためです。
信用毀損罪(刑法233条)の信用は、名誉には含まれない
「信用」である「人の経済的義務履行に対する信頼」は、信用毀損罪(刑法233条)の対象であるので、名誉には含まれません。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(大正5年6月26日)
裁判官は、
- 刑法の解釈上、信用毀損罪における信用は、性質上、これを財産的法益の一種と認むるを至当とすべく、要するに刑法第233条にいわゆる信用は、同法第230条第1項にいわゆる名誉の一部に属するものにあらずして、その範囲外において独立の存在を有するものとす
と判示しました。
被害者である名誉の主体
被害者である名誉の主体は、行為者(犯人)以外の
です。
社会的評価が低く人でも名誉の主体になる
自然人は、その全てが名誉の主体たり得る人である以上、社会的評価が低く、かつ、そのような評価が確立した人々の間であっても、通常人なら恥とするような事柄や倫理的あるいは能力的な欠陥を公に摘示することは許されません。
社会的評価が低い人でも名誉の主体になります。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(大正4年6月22日)
裁判官は、
と判示しました。
大審院判決(昭和2年5月25日)
裁判官は、
と判示しました。
幼児、精神病者も名誉の主体になる
名誉は、それを意識しない幼児や精神病者にも認められます。
例えば、そのような人に対し、
- 身体的完全性(生まれつき手や足がない)
- 血族関係
について名誉を侵害することが挙げられます。
法人、法人以外の人の団体も名誉の主体になる
法人、法人以外の人の団体も名誉を有し得るというのが通説です。
判例も、法人、法人以外の人の団体の名誉を毀損すれば、名誉毀損罪が成立するとしています。
大審院判決(大正15年3月24日)
裁判官は、
- およそ名誉毀損罪又は侮辱罪はある特定せる人又は人格を有する団体に対し、その名誉を毀損し又はこれを侮辱するによりて成立する
と判示しました。
大審院判決(明治25年2月4日)
裁判官は、
- およそ一種の団結体なる銀行あるいは会社等の如き各人の集合より成立つところの者は、もとより権利あり義務あり名誉あるものにて、法律もまたこれを保護する
- 毫も尋常人と異なるところなし
- 而して刑法第358条(現行:刑法230条)の人とは、有形人無形人共に包含するものにつき、もし各人の集合より成立所の会社等を誹毀したるにおいては、同条の制裁を受くべきはもちろんなりとす
として、ホテルに対する誹毀罪(現行:名誉毀損罪)の成立を認めました。
侮辱罪(刑法231条)は、法人を被害者とする場合においても成立するとした判例ですが、このことは名誉毀損罪に当てはまります。
裁判官は、
- 刑法231条にいう「人」には法人も含まれると解すべきである
とし、上記大審院判決(大正15年3月24日)判決を引用し、「悪徳弁護士と結託して被害者を弾圧している」という内容のビラを貼って保険会社を攻撃した事案につき、保険会社を被害者とする侮辱罪の成立を認めました。
「家族」は名誉の主体にならない
「家族」は、名誉毀損の対象にならないとされます。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(明治44年6月8日)
妻が他人と姦通したとの新聞記事を掲載したという名誉毀損罪の事案で、家族の名誉は構成員ごとに考えられるべきであるから、妻の名誉を害する事実の公表は、直接に夫の名誉を害するものではなく、夫に対する名誉毀損罪を構成しないとした事例です。
裁判官は、
- 妻の名誉を毀損したる行為に対し、夫が自己及びその一家の名誉を毀損したるものと為し、これが告訴を為すも、妻の名誉毀損に対する告訴の効力を生ずるものに非ず
- 従って、該犯罪の名誉毀損に対する告訴の効力を生ずるものに非ず
- 従って、該犯罪に対しては、訴訟条件を欠如し、本案の判決を為す能わざるものとす
- 書面を流布して人の妻が他人と姦通したる事実を公表するは、直接に本夫の名誉を毀損するものに非ざるをもって、これに対する名誉毀損罪を構成することなし
と判示しました。
大審院判決(昭和8年8月1日)
妻に万引きの癖があるとの新聞記事を掲載頒布した事案で、夫に対する名誉毀損は成立しないとした事例です。
裁判官は、
- 新聞紙上に人の妻が万引き常習のうわさある事実を執筆掲載して、これを読者に頒布するも、その夫に対する名誉毀損罪を構成することなし
と判示しました。
なお、家族の名誉を毀損する言動が、自身の社会的評価をおとしめる場合には、名誉毀損罪が成立し得ます。
参考となる判例として以下のものがあります。
「盗人野郎、詐欺野郎、馬鹿野郎」と連呼し、「手前の祖父は詐欺して懲役に行ったではないか」と怒鳴った事案につき、裁判官は、
- 右連呼と祖父に関する事実と相俟って、自身の社会的評価を受くべき具体的な事項(すなわち性行)を摘示したもの
とし、名誉毀損罪の成立を認めました。