法律(刑法)

不退去罪② ~「既遂時期」「違法性阻却事由」を判例で解説~

不退去罪の既遂時期

 刑法130条後段の不退去罪は、退去の要求を受けてただちに成立するものではありません。

 不退去罪は、即時退去を求めるものであっても、要求を受けた者が退去するのに必要な合理的時間が経過してはじめて既遂になります。

 たとえば、退去命令を受けてから、荷物をまとめるなどの帰り支度をするために、建物に留まった時間は、退去するまでの合理的時間内となり、不退去罪は既遂になりません。

 この点について、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和45年10月2日)

 会社の事務室内で抗議文を朗読中に、会社側の者が突然写真を撮影したので、 これに抗議してフィルムの引渡しを求めたところ、会社側の者から退去要求を受けたが、約10分間事務室内に滞留した事案で、裁判官は、

  • 被告人Fによるカメラ取上げのための有形力の行使は、右退去要求直後に行なわれて、瞬時の内に終了し、その後、退去に至るまでの約10分間は、カメラからフィルムを抜き取り、預り証を認め、これを読み上げて交付するという、Gの写真撮影行為が惹起した結果に対する必要な後始末のための時間であって、これを終るや、被告人ら全員は直ちに平穏に退去したことが認められるから、右退去命令が発せられてから退去するまでの時間は、未だこれをもって不退去罪を構成するに必要な滞留時間の経過があったものと認めることはできない
  • そうであるとすれば、被告人らの本件事務室滞留の所為は、未だ刑法第130条後段の不退去罪に該当することの証拠があったものということはできない

と判示し、不退去罪は成立しないとしました。

 上記判例とは逆に、不退去罪が成立するとした以下の判例があります。

東京地検判決(昭和46年4月17日)

 この判例は、公務執行妨害事件の判例ですが、警察官の被告人を排除する行為の適法性にからんで、不退去罪に言及している判例です。

 裁判官は、

  • 刑法130条後段の不退去罪が成立するためには、不退去が社会的相当性の範囲内を逸脱したものと認められることが必要であるが、この判断は単に時間的な長短のみによってくだされるべきものではなく、不退去者の滞留目的の違法性、不退去意思の強固さ、不退去の態様あるいは不退去状態の継続することによってもたらされる法益侵害の重大性等、これらを総合して行なわれるべきである
  • 本件においては、傍聴人らは703号法廷付近廊下において、一団となって裁判長の訴訟指揮および退廷命令に理由なき抗議を続け、現に開廷中の法廷もあり、静粛さの強く要請される裁判所の庁舎(法廷棟)内において、けん騒にわたる状態を現出し、裁判所の退去命令にも容易に従おうとする態度をみせず、警備員による排除行為に対してすら抵抗を示し,このまま放置すれば、なお相当時間不退去状態が継続することが予想されていたのであるから、たとえ、裁判所の退去要求から、機動隊の排除活動の開始にいたるまでの間がN証人の証言するように15秒ないし20秒にすぎないとしても、不退去罪はこの時点で成立しているものと認められるのである

と判示し、不退去罪の成立を認めました。

 ちなみに、一旦不退去罪が成立すれば、その後、短時間に退去したとか、自発的に退去したとかいう事情があっても、不退去罪の成否に影響を与えません。

違法性阻却事由

 違法性阻却事由とは、

「行為に違法性がない」と認めさせる要件

のことをいいます。

 犯罪行為を犯しても、違法性が阻却されれば、犯罪は成立せず、無罪となります(詳しくは前の記事参照)。

 不退去罪における違法性阻却事由の考え方は、住居侵入罪の場合と同じです(詳しくは前の記事参照)。

 不退去罪において、違法性阻却事由が争点となった判例を紹介します。

 労働争議行為について、違法性阻却事由が争点になった最高裁判例が3つあり、いずれの判例も違法性阻却を否定し、不退去罪が成立すると判示しています。

 なお、労働争議行為は、正当行為として、違法性阻却事由に当たる行為です(詳しくは前の記事参照)。

最高裁判決(昭和43年7月12日)

 秋田県政共闘会議と知事との間で、知事公舎において行われていた予算折衝が行き詰まった後、支援にかけつけていた同会議に属する組合員らが、査定事務をしていた知事に対し、不当な威圧を背景に交渉を求めたところ、知事からこれを拒絶されるとともに退去を求められたが、退去に応じなかったという事案で、裁判官は、

  • 前記のような事実関係によれば、組合員および代表者の前記態度は、組合員数10名の知事に対する不当な威圧を背景とし、これと相呼応し折衝に臨んだものというほかはなく、かりに前記折衝を固有の交渉権ないし団体交渉権を有するものと認めることのできない県政共闘会議とは別に、その傘下各組合のそれぞれの代表者を通じてなす交渉または団体交渉であるとしても、団体行動権行使の正当な限界を逸脱したものというべきである
  • 知事が、県政共闘会議側全員に対し、退去を要求したことは当然の措置であって、その要求に応じなかった被告人ら4名および組合員数10名の不退去の所為を正当な行為としてその違法性を阻却すべき事由は認められない

と判示し、労働争議行為を理由とする違法の阻却を否定し、不退去罪が成立するとしました。

 なお、審理に参加した裁判官の一人は、

  • 知事による交渉の一方的打切りは、憲法28条の精神に背く不当な措置であり、知事による代表団への退去の要求も又不当であって、それに従わなかった被告人AおよびB両名は、未だ違法に退去しなかったものとはいい難く、その行為は犯罪を構成しないといわなければならない

という反対意見を出しています。

最高裁判決(昭和45年7月16日)

 国鉄労働組合役員がオルグ活動をする目的で、出航間際の青函連絡船に乗り込み、同船の船長から下船を命ぜられたのに、これを拒否して滞留した艦船不退去罪の事案で、裁判官は、

  • 船長の指揮命令権(船員法7条)は、船舶航行の安全確保という責任を負う船長の特殊な地位に基づくものであり、船長の命令は尊重されるべきである
  • 被告人Aが、本件第七青函丸に乗り込んだのは、所論のように、その航行中に乗務船員の非直者たる組合員らに対するオルグ活動のためであって、青函地本の団体行動としてであるとしても、船長が被告人Aに対し、退去を命令したときは、この命令に従わなければならないものであり、船長のかかる退去命令に従わないで船内に滞留することは、それ自体船長の職務である船舶航行の指揮を妨げるものであり、ひいては航行の安全に危険を及ぼさないとはいえない行為であるから、労働組合の目的達成のためにする正当な行為と認めることはできない

と判示し、労働争議行為を理由とする違法の阻却を否定し、艦船不退去罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和53年3月3日)(通称:全逓中郵判決

 この判例は、全逓信労働組合員が、臨時小包便の取扱業務に抗議し、郵便局内で搬出業務の阻止行為にでた際、郵便局長から局外への退去要求を受けたのに、これを拒否して退去しなかった事案です。

 一審判決では、目的、手段、態様において違法不当とはいえないと判示し、不退去罪は成立しないとして無罪判決を言い渡しました。

 しかし、最高裁において、一審判決の判断を排斥し、不退去罪が成立するとして、有罪判決を言い渡しまた。

 最高裁の裁判官は、

  • 前記事実は、威力業務妨害罪及び不退去罪の構成要件に該当し、かつ、いずれも公労法17条1項に違反する争議行為であるから、他に特段の違法性阻却事由が存在しない限り、その刑法上の違法性を肯定すべきものである
  • 原判決が違法性阻却を認めるうえで根拠とした、本件行為の目的、手段、影響のいずれの点も、その根拠となるものではなく、他に法秩序全体の見地からみて、本件行為の違法性を肯定すべき事由は見当たらない

と判示し、不退去罪が成立を認めました。

 労働争議行為以外の違法性阻却事由が争点になった判例として、以下の判例があります。

札幌高裁判決(昭和50年4月22日)

 学生らが、大学学長に対する会見や交渉を要求し、大学側の退去命令を無視して大学事務局庁舎内で座り込みを続行した事案で、裁判官は、

  • 学生らの事務局庁舎立入りの目的、立入り時およびその後の行動状況、それによってもたらされた結果、大学側の対応状況等に照らすと、大学側の発した退去命令は、適法かつ相当なものとして十分是認でき,これを無効視すべきいわれは全くない
  • そして、右を含めた本件滞留をめぐる諸状況にかんがみれば、本件滞留は単なる営造物利用関係における内部規律違反の域をこえ、社会観念上、許容されうる行為の範囲を逸脱したものというべきである
  • 本件滞留が不退去罪の成立に必要な違法性をそなえていることは動かしがたいところである

と判示し、学生らの座り込みに対し、違法性を阻却する事由はないとして、不退去罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和51年10月12日)

 万国博中央口駅構内コンコースにおける万博開催反対のデモ行進・座り込みに対し、駅長から退去要求があったにもかかわらず、退去しなかった事案で、裁判官は、

  • 被告人らは、公安委員会に対し、2回にわたり集団示威行進の許可申請をなし、いずれも交通渋滞を理由に不許可になったにもかかわらず、あくまで万博反対の集団示威行進をしようとして万国博中央口に結集し、管理者たる同駅駅長の再三再四の明確かつ強い制止、退去要求があったのにかかわらず、これに全く応じなかったものである
  • その間、警察官により被告人らデモ隊が全員排除されるまでの間、同駅の正常な業務の執行を阻害し、多数の乗降客の平穏かつ円滑な乗降を妨げたものであって、被告人らのコンコースでの滞留時間は7分間程度であったけれども、これにしても被告人らが自発的に退去したがためではなく、警察官によって検挙されたがために短時間に終ったものであるとと等に照らすとき、いまだ被告人らの本件不退去行為をもって、健全な社会通念上一般に放置し得る程度の軽微なものとは認め難く、可罰的違法性が全く存しないとまではいえない

と判示し、被告人らのデモ行進・座り込みに対し、違法性を阻却する事由はないとして、不退去罪の成立を認めました。

 これまで紹介した判例は、全て違法性阻却事由はないとして、不退去罪の成立を認めていますが、違法性阻却を認めた判例もあります。

岡山地裁判決(昭和48年3月23日)

 事案は、被告人3名が、学生らと共に、町役場構内に入り込み、約15分間、うず巻きデモや集会を行い、「日本原基地を撤去せよ」「東地区実弾射撃反対」などと怒号して、役場の業務を妨げたことにより、町役場から再三にわたり退去するよう要求されたにもかかわらず、役場構内から退去しなかったというものです。

 裁判官は、

  • 被告人らが、本件行為に出るに至った直接の動機は、町議会が…了解を得ずに、日本原演習場東地区における実弾射撃演習を認める決議をしたことにある
  • 実弾射撃演習を認めることに対しては、関係部落民の中にも多数の反対者がおり、…自衛隊の実弾射撃演習を認めることの是非は、賛否両論が鋭く対立している喫緊の政治問題であったと言うことができる
  • 町役場は、このような大きな政治問題をかかえた町の政治の中心である
  • このような本件当時の客観的情勢と、役場が一般民家と異なるのはもちろん、他の官公庁などとも異なり、まさに地方における政治の中心地であることをも考え併せると、町役場が、喫緊の政治問題について意見を表明する者に対して、ある程度寛容の態度を示すことを期待されたとしても、あながち不当であると言うことができない面がある
  • 被告人らは、…実弾演習に反対する者の側に立ってこれを支援し、対立する立場に立つ町議会にして抗議をするため本件行為に出たものであって、その目的自体に何ら違法視すべき点はないこと、抗議の相手方が町議会であるから、抗議集会の場所を町役場構内に選んだことにもそれなりの理由があること、被告人らの抗議の態様は、…不穏な行動に走る様子もなく、比較的整然と行動していること、その滞留時間は全部で約17分間、最初の退去命令を受けてから約10分間という短時間にすぎず、その結果も被告人らの行動の態様から判断して、実質的には役場の業務の遂行にほとんど支障を与えなかったと推測されること、そして何より被告人らは、最後の段階では警察官の警告に応じて自ら退去しかけたこと、さらには本件と同じ年の2月11日および15日には…多数の者が同じ場所で集会を開いたのに退去命令が発せられなかったことなどの事情を総合して考えると、本件退去命令に違法な点はないけれども、その10分後には自ら退去しかけた被告人らの行為は、前記町議会の議決に対して反対の政治的見解を表明するための行動として社会的に是認される範囲内のもので、いまだ不退去罪が予定している程度の実質的な違法性をそなえるほどの時間、態様において滞留を続けたものとは言えず、結局不退去罪を構成しないものというべきである

と判示し、不退去罪に対して無罪判決を言い渡しました。 

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