刑法(侮辱罪)

侮辱罪(2) ~「侮辱罪の行為(事実摘示の不存在、公然性、侮辱の方法)」を説明~

 前回の記事の続きです。

侮辱罪の行為

 侮辱罪の行為を

  1. 事実摘示の不存在
  2. 公然性
  3. 侮辱の方法

に分けて説明します。

① 事実摘示の不存在

 侮辱罪(刑法231条)は、

具体的に名誉を害する事実を摘示しないで行われる名誉侵害行為

です。

 「具体的に名誉を害する事実を摘示しないで行われる名誉侵害行為」とは、「Aはバカ」「Aはブス」「Aは頭が悪い」などの抽象的な言葉による名誉侵害行為が該当します。

 侮辱罪(刑法231条)が「事実を摘示しなくても」とするのは、名誉毀損罪(刑法230条1項)の「事実を摘示し」を受けたものであって、侮辱罪の名誉毀損行為は事実摘示のないことを意味すると解されます。

 なお、名誉毀損罪における事実の摘示とは、「Aには前科がある」「Aは不倫している」「Aは反社会勢力と関わりがある」などの具体的な事実を示すことによる名誉侵害行為が該当します。

毀損罪と侮辱罪の事実の摘示の違い

 事実の摘示(名誉を害するに足りる事実の摘示)について、名誉毀損罪と侮辱罪(刑法231条)との区別は、

名誉毀損罪が「他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然表示する」こと

であるのに対し、

侮辱罪が「他人の社会的地位を軽侮する犯人自己の抽象的判断を発表する」こと

である点で区別されます(判例・通説)。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(大正15年7月5日)

 裁判官は、

  • 侮辱罪は、事実を摘示せずして他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の判断を公然発表するによりて成立し、名誉毀損罪は、他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知するによりて成立するものとす

と判示しました。

東京高裁判決(昭和33年7月15日)

 裁判官は、

  • 従来判例の示すところによれば、刑法第231条所定の侮辱罪が事実を摘示しないで他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の抽象的判断を公然発表することによって成立するものであるのに対し、同法第230条第1項所定の名誉毀損罪は他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知することによって成立するものであって、ともに人の社会的地位を侵害する罪である点においてはその性質を同じうするものとされている(大審院大正15年7月5日判決大審院刑事判例集5巻303頁登載、同大正15年10月7日判決等参照)
  • にかかわらず、一は侮辱罪、他は名誉毀損罪としてそれそれ罪名を分けてその処罰に軽重を設けた所以は、ひっきょう右の侵害が具体的な事実上の根拠を示すことによってなされる場合とそうでなくして単に抽象的な人の意見判断自体によってなされる場合とでは、その間一般に社会に訴える力の相違が認められるので、その侵害の危険抄言すれば一般第三者が被害者の社会的地位に対し不利益な判断をするおそれの大少について両者おのずから差があり、ひいてこれに対する刑法上保護の必要の程度をも異にすべきものと考えられるため、犯罪の構成要件上「事実摘示」の有無にしたがって両者の罪を区別するのを相当としたからであると解しなければならない
  • したがって名誉毀損罪を構成する要件としての「事実摘示」の意味内容はよろしく上に述べた立法の趣旨に基いてこれを定むべきもので、判例の説くところもまたこれと同一の軌に出たものとして理解すべきであると考える
  • (事実とは何か、その概念は相対的なもので、この言葉を用いる目的の異るによって相違し、一概にこれを定めることはできない。具体的といい抽象的という言葉の内容についても同様である。しかして名誉毀損罪と侮辱罪との区別について前者を他人の客観的、外部的な社会的名誉を害する罪、後者を他人の主観的、内部的な名誉感情を傷つける罪として両者その保護法益を異にするものであるとする有力な学説があり、かような見地から名誉毀損罪における事実摘示の意義を論ずるとすれば、あるいは別個の結論を生ずるかも知れないー小野清一郎著「刑法における名誉の保護」315、316頁参照ーが、両者の罪の差を単に「事実摘示」の有無に求める判例の立場に立つかぎり、当然本文説示のように問題を理解するるのが相当であろう。なお刑法第230条の2が名誉毀損罪にかぎって特定の場合にいわゆる真実の証明を許していることは、まさに同罪について事実摘示がその構成要件とされていることに対応するもので、したがって右の事実とは、単なる人の意見判断ではなくしていわゆる真実の証明に適するような具体的事実ーそれ自体が他人の社会的地位を害するに足るべきーでなければならないと考えることもできるわけである。)
  • いまかような観点に立って所論の当否を検討すると、検察官指摘の(ー)の点はもちろん、弁護人が「強いていえば事実摘示とみられる個所」としている点さえも、結局本件被害者の発行にかかる新聞のもつ一般的性格(社会正義を守り真実を報道する新聞でないとか、またこの種の新聞はある候補の悪口を書くときはそれと対立する候補から相当の金をもらって罰金覚悟で書くものだとか)についての被告人の意見判断を示したに過ぎず、したがってそれは判例のいわゆる他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の抽象的判断を発表したにほかならないもので、他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を告知したものでないから、名誉毀損罪の構成要件としての「事実摘示」があった場合にあたらないといわなければならない

と判示しました。

② 公然性

 侮辱行為は、名誉毀損罪と同じく、公然と行われなければなりません。

 公然性の意義については、名誉毀損罪と同じです(詳しくは、前の記事参照)。

③ 侮辱の方法

 侮辱とは、他人に対する軽蔑の表示です。

 侮辱罪も危険犯であり、人に対する社会的評価等を害する危険を含んだ軽蔑の表示がなされれば成立します。

 軽蔑の表示は、その方法を問いません。

 言語・図画・動作による侮辱もあり得えます。

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