人は、経験した出来事のうち、強い感情反応が起こった部分を切り取って記憶し、自分の人生の記憶とします。
つまり、人間の人生の記憶とは、強い感情反応が起こった出来事の記憶を、断片的につなぎ合わせ、できているということです。
強い感情反応が起こった出来事の記憶以外の部分については、ほとんど覚えていません。
人が記憶として保有し、繰り返し思い出すのは、ほとんどの場合、強い感情反応が起こった出来事の記憶だけです。
この記憶のメカニズムは、「ピークエンドの法則」と「持続時間の無視」という、記憶を支配する二つの原則で成り立っていることが分かっています。
ピークエンドの法則
人が出来事を記憶として保存するのは、出来事全体のうちの代表的な瞬間だけです。
人が記憶する代表的な瞬間とは、出来事の「ピーク時」と「終了時」です。
この記憶のメカニズムを
ピークエンドの法則
といいます。
好きな映画を思い浮かべてください。
たとえば、映画「タイタニック」であれば、
- ジャックとローズがタイタニック号の先端で両手を広げるシーン(ピーク時)
- 映画の最後でローズが老衰で死ぬときに、夢の世界のタイタニック号の中で、ジャックの手をとるシーンからのセリーヌディオンのエンディング曲「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(終了時)
が思い浮かびます。
出来事のピーク時とエンド時は、強い感情反応が起こるため、出来事の代表的瞬間として、脳に記憶として刻みこまれるのです。
余談
ピークエンドの法則の恐ろしいところは、エンドにあります。
「終わりよければすべて良し」という言葉がありますが、これはピークエンドの法則のエンドの部分を表す言葉です。
終わりが良ければ良いのですが、終わりが悪ければ、全て台無しになります。
たとえ中盤に良かった出来事が続いていたとしてもです。
人は、終わりの記憶の良し悪しが、全体の記憶の良し悪しになります。
映画でも最後がいまいちだと、「ちょっといまいちな映画だったなぁ」という印象になります。
実際は、映画の中盤で、高揚感・爽快感・感動を感じていたとしても、代表的な記憶として残りません。
別の例として、離婚をあげます。
夫婦は、離婚という結末をむかえると、「結婚生活は最悪だった」という認知になります。
実際には、夫婦関係が良かった時間の方が長かったかもしれません。
しかし、終わりが最悪だと、良かったときのことを思い出せなくなります。
ピークエンドの法則の働きにより、人間関係というのは、長期になればなるほど、良好な関係を維持するのが難しくなるのです。
持続時間の無視
人間(動物も)の記憶において、刺激の強さは重要ですが、刺激の総量や持続時間は、さして重要でないことが分かっています。
たとえば、ネズミは、快楽についても、苦痛についても、持続時間を無視する傾向を示すことが知られています。
ある実験で、照明が点灯したらネズミに電気ショックを与えることを繰り返しました。
するとネズミは、すぐに点灯に怯えるようになりました。
ネズミが感じる恐怖の強さを、さまざまな生理反応から計測したところ、電気ショックの持続時間は、恐怖の度合いにほとんど影響を与えないことが判明しました。
ネズミの恐怖を決定づけるのは、刺激の強さだけだったということです。
これは、人間にもいえることです。
冷水実験という実験があります。
① 60秒冷水に手を入れる
② 90秒冷水に手を入れる(最後の30秒だけ少しだけ水温を上げる)
被験者は、①の方が、冷水に手を入れている時間が60秒と短いのに、①の方が苦痛だった答えました。
これは、冷水の刺激の強さは、①の方が強いからです。
②の方は、最後に少しだけ水温が温かくなり、刺激が弱まったため、冷水に手を入れている時間は長いけど、苦痛が少ないと感じられたということです。
これらの実験から分かるとおり、生物にとっては、刺激の強さが重要なのです。
記憶に刻み込まれるのは、刺激の強さがある出来事であり、刺激の持続時間が長い出来事ではないのです。
このメカニズムを「持続時間の無視」といいます。
快楽は長い方がよいし、苦痛は短い方がよいです。
しかし、脳が記憶するのは、刺激の持続時間ではなく、刺激の強さなのです。
脳は、刺激の強さに代表性を感じるため、刺激の長い出来事の方ではなく、刺激の強い出来事の方を記憶するのです。
まとめ
人間の記憶のメカニズムは、決して合理的なメカニズムではありません。
むしろ、バグったメカニズムです。
人間の記憶というのは、
- ピークエンドの法則
- 持続時間の無視
というメカニズムに支配されて作られている
歪んだもの
という認識に立てることが大切です。