これから7回にわたり、贈収賄罪の罪数の説明をします。
贈賄罪と収賄罪の関係(必要的共犯)
1⃣ 贈賄罪(刑法198条)の賄賂供与罪・賄賂約束罪は、刑法197条~197条の4に規定する賄賂を供与し又はその約束を為すことにより成立する犯罪であり、構成要件上、収賄罪に対向しており、贈賄罪と収賄罪のいずれか一方が成立しない場合には、他方も成立しない必要的共犯の関係にあり、片面的に一方の犯罪が成立することはありません。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(明治43年7月5日)
裁判所は、
- 収賄罪は、贈賄者において贈賄者の提供したる賄賂を収受するによりて成立すると同時に、贈賄罪もまた贈賄者において賄賂の提供を為し、収賄者これをこれを収受するによりて成立す
- 故にこれ二個の犯罪は、その構成要件を同じくするものにして、一の不可分的双面行為を形成し、ただその観察の方面の異なるに従いその名称を異にするに過ぎずして、犯罪行為の性質に至りては、二者の間何ら差異あることなし
- 故に賄賂の授受なりたる場合には、贈賄者と収賄者とは相互に共犯たるの関係を有するものとす
と判示しました。
ただし、贈賄罪と収賄罪が必要的共犯の関係に立つのは、「収賄罪(賄賂収受罪)」と「贈賄罪(賄賂供与罪、賄賂約束罪)」の行為についてのみです。
つまり、「収賄罪(賄賂収受罪)」と「賄賂罪(賄賂申込罪、賄賂要求罪)」は、必ずしも相手方の行為を必要とせず、一方的な行為によって成立するので、必要的共犯ではなく、贈賄罪(賄賂申込罪、賄賂要求罪)は、片面的に成立します。
この点に関する以下の判例があります。
大審院判決(昭和3年10月29日)
裁判所は、
- 賄賂収受罪成立せざる場合においては賄賂交付罪は成立せざるも、賄賂提供罪(※賄賂罪の賄賂申込罪、賄賂要求罪)は成立を妨げず
と判示しました。
大審院判決(昭和7年4月20日)
裁判所は、
- 賄賂提供罪(※賄賂罪の賄賂申込罪、賄賂要求罪)は、贈賄者の一方的行為により成立する 犯罪なれば、苟も贈賄者が公務員又は仲裁人の職務に関し、財物その他の利益を提供したるときは、ここに同罪は成立するものにして、相手方たる公務員又は仲裁人において該利益が贈賄たる性質を具有すること認識したると否とは同条の構成に影響なきものとす
と判示しました。
2⃣ 賄賂罪(賄賂申込罪、賄賂要求罪)の成立には、相手方に賄賂の申込み、要求の意思表示をすることをもって成立するので、相手方の賄賂性の認識さえ不要となります。
この点に関する以下の判例・裁判例があります。
大審院判決(昭和9年6月14日)
裁判所は、
- 賄賂提供罪(※賄賂罪の賄賂申込罪、賄賂要求罪)の成立には、賄賂提供者が相手方に対し認識し得べき状態において賄賂の収受を促す意思表示をなすをもって足り、相手方が実際上その意思表示を認識したると否とを問わざるものとす
と判示しました。
裁判所は、
- 賄賂供与申込罪の成立には、相手方に賄賂たることを認識し得べき事情の下に金銭その他の利益の収受を促す意思表示をなせば足りるのであって、相手方において実際上その意思表示を又はその利益が賄賂たる性質を具有することを認識すると否とは、同罪の成立に影響を及ぼすものではない
と判示しました。
3⃣ 「収賄罪(賄賂収受罪)と贈賄罪(賄賂供与罪)」及び「収賄罪(賄賂約束罪)と贈賄罪(賄賂約束罪)」が必要的共犯と解される結果、これらの相互の間には、刑法の一般的共同正犯規定の適用がないことになります。
つまり、贈賄者と収賄者が共同正犯となることはないし、これらの共同正犯者が、相手方の共同正犯となることもありません。
この点に関する以下の判例があります。
訴因の同一性に関する判決です。
裁判所は、
- 「被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した」という加重収賄の訴因と、「被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した」という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂と間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、基本的事実関係においては同一である
と判示し、贈賄者の共同正犯が収賄者の共同正犯たり得ないことを明らかにしました。
4⃣ 一方、教唆犯・幇助犯は、贈賄者と収賄者の双方に対して成立すると考えられます。
贈賄者を教唆ないし幇助し、収賄者に対して、賄賂の収受を教唆ないし幇助することは相互に矛盾せず、両立し得えます。
判例(大審院判決 昭和12年4月30日)は、両罪の成立を認める立場に立って、「収賄罪(賄賂約束罪)の幇助」と「贈賄罪(賄賂約束罪)の幇助」の行為が成立し、観念的競合となるとした原判決を正当としました。