刑訴法論文(8)~令和4年司法試験の刑事訴訟法論文問題から学ぶ~
令和4年司法試験の刑事訴訟法論文問題から学ぶ
令和4年司法試験の刑事訴訟法論文問題の答案を作成してみました。
この論文からは以下のテーマが学べます。
1⃣ おとり捜査の適法性(強制の処分、任意処分の限界)
2⃣ 訴因変更
- 訴因の機能
- 訴因変更の要否
- 争点逸脱認定
問題
法務省ホームページの「令和4年司法試験問題」参照(問題文PDFリンク先)。
答案
設問1
1 本件おとり捜査は適法か。
2 おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働きかけ、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで、現行犯逮捕等により検挙する捜査手法をいう。
本件では、捜査機関Aと捜査協力者Aが身分・意図を秘した上で甲に対して大麻の売買を促し、その実行に出た2回目で現行犯逮捕しようとしているから、おそり捜査である。
3 ここで、おとり捜査が「強制の処分」(刑訴法197条1項だたし書)に当たれば、令状主義(憲法35条、刑訴法199条1項)に反し、違法となる。
⑴ 強制処分法定主義の趣旨は、国民の権利利益を侵害する捜査については国民が国会を通じて決すべきであるという点にある。
よって、「強制の処分」とは、国民の権利利益を侵害する捜査手法をいうと解すべきである。
もっとも、強制処分は、令状主義の下、厳格な手続規定に服するのであるから、かかる厳格な規制を置くにふさわしい、重要な権利利益の侵害のおそれがある手続に限るべきである。
したがって、「強制の処分」とは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等の重要な権利利益を侵害する捜査手法をいうと解する。
具体的には、侵害される法益の性質、要保護性等を考慮する。
⑵ ここで、おとり捜査での犯罪の実行は、確かに捜査機関・捜査協力者による働き掛けをきっかけとするものであるが、犯罪の着手は、実際には被疑者本人が自由に意思決定を行っているといえる。
犯罪の実行に出るように促されたからといって、それが被疑者の意思決定の自由を侵害することにならない。
よって、おとり捜査は「強制の処分」に当たらない。
⑶ 本件につき、Pは甲に対して信頼関係を維持するためにX組との取引も継続してきた旨の虚偽の事実を申し向けている点が、甲の意思決定の自由を侵害しているとも思える。
しかし、甲が申し向けた内容も信頼関係を維持するためのものに過ぎず、甲は最終的に自己の意思で取引に応じていることから、甲の意思決定の自由を実質的に侵害するものではない。
よって、本件おとり捜査は「強制の処分」に当たらない。
3 そうだとしても、おとり捜査は、国家が違法な捜査を助長する側面があることから無制限に許されるべきではない。
被疑者の意思決定の自由を実質的に侵害しないとしても、被疑者の意思決定に干渉する点で、ある程度の制限を加えるべきである。
そこで、「任意処分の限界」が問題となる。
⑴ 任意捜査(刑訴法197条1項)であるとしても、被処分者の権利利益の侵害が生ずるおそれがある。
そのため、捜査比例の原則により、必要性・緊急性を考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において任意捜査は許容される。
おとり捜査についていえば、通常の捜査方法のみでは犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象にし、おとり捜査を行うことは任意捜査として許容されると解する。
⑵ 本件につき、甲は過去の大麻事件の捜査過程から大掛かりな大麻密売の疑いがあった。
甲の身元や所在地は、甲は契約名義の異なる携帯電話を順次使用していることや、関係者からの有力な情報もなく、不明であった。
大麻密売は密行性が高いため、おとり捜査以外の張り込み等の捜査手法では、甲を検挙できない状況であった。
そのため、おとり捜査は、身元が不明な場合でも検挙可能な捜査手法であるから、おとり捜査を実行する必要性は高かったといえる。
本件のおとり捜査は、甲が大麻の取引に応じた時点で逮捕するというものであり、当該大麻が捜査機関以外の私人の手に渡ることはないから、直接の被害者がいないものである。
そのため、おとり捜査を実行する必要性に鑑みれば、国家が違法捜査を助長する点があったとしても、相当性に欠ける点はない。
また、上述のとおり、Pは虚偽の事項を申し向けていることから、相当性に欠けるとも思える。
しかし、甲は令和3年11月23日にPとの取引に1度応じており、既に甲においてPと取引をする意思を有していたといえる。
そして、同月24日のPの申し向けた内容は、一度構築された甲との信頼関係を維持するためのものに過ぎない。
そうだとすれば、Pが上記虚偽の事項を述べていたとしても、甲に対する意思の抑圧はなく、相当性に欠けるものではない。
また、Pは、「同じ単価で10キロまとめて買ってもよい」という誘因性の高い事項も甲に申し向けている。
しかし、単価で10キロという金額は、同月23日の取引で甲がPに対して述べた内容に沿うものである。
そのため、甲はかかる金額で取引をする意思を有していたといえることから、甲に対する意思の抑圧はなく、相当性に欠けるものではない。
⑶ よって、本件おとり捜査は相当性に欠けるものではなく、「任意処分の限界」を超えず適法である。
4 以上より、本件おとり捜査は適法である。
設問2 小問1
1 裁判所は、検察官の「点火ストーブを倒して火を放ち」と記載された資料1の公訴事実に対し、訴因変更することなく、「何らかの方法で火を放ち」と記載された資料2の罪となるべき事実を認定し、判決を言い渡すことができるか。
2 「公訴事実」とは、歴史的・社会的事実の中で、検察官が何らかの犯罪に該当すると主張する事実(社会的事実)をいう。
「訴因」とは、上記のような社会的事実(公訴事実)を、特定の構成要件に当てはめて、法律的に構成した具体的事実をいう。
検察官に訴因を掲げさせて訴因を明示するのは、審判の対象・範囲を明確にさせ、被告人の防御に不利益を与えないようにするためである。
その結果、裁判所は、検察官の掲げた訴因に拘束されることになり、訴因と異なる事実を認定することはできないのが原則である。
訴因には、裁判官に対して審判対象を画定する識別機能があるところ、審判対象の画定に必要不可欠な事実について変化がある場合には、訴因変更(刑訴法312条1項)が必要になると解する。
また、被告人に対する不意打ち防止の観点から、被告人の防御にとって重要な事項に変化がある場合にも、原則として訴因変更が必要であると解する。
もっとも、被告人に対する不意打ちとならず、かつ、訴因における事実よりも判決で認定される事実の方が被告人に不利益ではない場合には、訴因変更は不要と解する。
3 本件につき、公訴事実と罪となるべき事実は、乙の放火行為の態様のおいて差があるものに過ぎず、乙が令和3年11月26日午後2時頃にBが所有する家屋に放火したという実行行為に該当する事実に差異はない。
そして、かかる事実が特定されれば、放火罪の構成要件に該当する具体的事実として十分であり、また、他の犯罪事実との識別も可能である。
そのため、審判対象の画定に必要な事項について変化があるものではない。
他方で、放火罪において、いかなる方法で放火したかは、被告人が実行行為に該当する事実を否認する点において、一般的に被告人の防御にとって重要な事項といえる。
そのため、本件では、原則として訴因変更が必要である。
もっとも、本件で、乙と弁護人は、第1回公判期日において犯行を否認するのみであり、検察官の認定する公訴事実について具体的に争う主張をしていたわけではない。
また、公判において、火災科学の専門家の証人尋問が行われた後、裁判官が弁護人に対して放火の態様に関して追加の主張がないか確認したのに対して、弁護人は何も主張しなかった。
そうだとすれば、被告人及び弁護人において放火の態様について具体的に主張する機会があったにもかかわらず、これをしなかったと評価でき、資料2の罪となるべき事実を認定したとしても、被告人らの不意打ちとなるものではない。
また、かかる罪となるべき事実の認定は、被告人に不利益となるものではない。
4 以上より、本件では訴因変更は不要であり、裁判所は罪となるべき事実を認定し、判決を言い渡すことができる。
設問2 小問2
1 裁判所は、共謀が成立したのは令和3年11月2日である旨説示して判決を言い渡すことができるか。
2 本件では、検察官は、共謀が成立したのは同月1日であると釈明しているところ、かかる内容が訴因の一部になっている場合には、訴因変更が必要になる。
訴因の特定に必要不可欠な事項であれば訴因の一部になっているものと扱うべきであるため、かかる釈明内容が訴因の特定(刑訴法256条3項)に必要な事実か否かが問題となる。
⑴ 審判対象たる訴因は検察官の主張する具体的な犯罪事実であり、訴因には審判対象を画定する識別機能がある。
そして、同識別機能が働けば、おのずと被告人の防御の範囲も定まり、被告人の防御に配慮できることに加え、起訴状提出後も被告人の利益に配慮することが可能となることから、同識別機能は重要な機能である。
そこで、特定の構成要件に該当する具体的事実が明示され、他の犯罪事実との識別が可能な程度に事実が特定されている必要があり、それで足りると考える。
刑訴法256条3項が「できる限り」としているのもかかる趣旨である。
⑵ 本件についてみるに、被告人の被疑事実は放火罪の共謀共同正犯であるところ、共謀の存在と、共謀に基づく実行行為が特定されれば、構成要件に該当する事実としては十分である。
本件でも、令和3年11月26日に実行行為が行われたことと、甲と乙との間に共謀があったことが明示されているから、当該構成要件に該当する具体的事実について特定されているといえる。
また、放火行為については他の犯罪事実と識別可能な程度に特定されているから、それだけで放火罪の共謀共同正犯も他の犯罪事実と識別できる程度に特定されているものと評価できる。
よって、令和3年11月1日という共謀の成立日は訴因の特定に不可欠な事項とはいえず、訴因の一部になっていなくても問題はない。
よって、訴因変更は不要である。
2 もっとも、訴因に含まれない事実であっても、被告人の防御に重要な事項について、当事者の前提とする事実と異なる事実を裁判所が認定する場合において、それが被告人に不意打ちとなり、かつ、より不利益となる場合には、裁判所は求釈明(刑訴規則208条1項)等によって争点を顕在化させる措置をとることを要するが、それを行わずに同事実を認定する行為は、争点逸脱認定として違法になる(刑訴法379条)。
本件につき、検察官が共謀の日が令和3年11月1日であると釈明したのに対して、甲はその日はアリバイがある旨の防御活動をしている。
そして、その後も1日に甲にアリバイがあるか否かについて反対尋問、補充尋問がされ、被告人質問においても同じ内容について質問がされている。
そうだとすれば、公判においては1日に共謀があったか否かが争点となっていたといえる。
それにもかかわらず、裁判所が求釈明等によって2日に共謀があったことの争点を顕在化させる措置をとらずに、判決で2日に共謀があったと認定することは、被告人にとって不意打ちとなるものであり、かつ、より不利益になるものである。
よって、かかる認定をすることは争点逸脱認定として、刑訴法379条の訴訟手続きの法令違反に当たり、違法となる。
3 以上より、本件につき、裁判所が、共謀が成立したのは令和3年11月2日である旨説示して判決を言い渡すことはできない。