刑法(威力業務妨害罪)

威力業務妨害罪(12) ~「妨害行為は業務の運営を阻害する一切の行為を含む」「威力業務妨害罪の成立には業務妨害の結果の発生は要しない(抽象的危険犯)」を説明~

 前回の記事の続きです。

妨害行為は業務の運営を阻害する一切の行為を含む

 威力業務妨害罪(刑法234条)の妨害行為は、

業務の執行自体を妨害する場合に限らず、広く業務の運営を阻害する一切の行為を含む

とされます。

 この点を判示したのが以下の判例です。

大審院判決(昭和8年4月12日)

 裁判所は、

  • 業務妨害罪における妨害は、業務の執行自体を妨害する行為のみならず、広く業務の経営を阻害する一切の行為を指称

と判示しました。

威力業務妨害罪の成立には業務妨害の結果の発生は要しない

 刑法234条が明文で「人の業務を妨害した者」と規定しているにもかかわらず、判例は一貫して

威力業務妨害罪の成立には現実に業務妨害の結果が発生したことは必要でなく、その結果を発生させるおそれのある行為をすれば足りる

と解しており、この点は確立した判例理論となっています。

大審院判決(昭和11年5月7日)

 裁判所は、

  • 業務の執行又はその経営に対し、妨害の結果を発せしむべきおそれある行為を為すにより成立し、現実に妨害の結果を生ぜしめたることを必要とせず

と判示しました。

最高裁判決(昭和28年1月30日)

 裁判所は、

  • 業務の「妨害」とは現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足る行為あるをもって足る

と判示しました。

東京高裁判決(昭和35年5月30日)

  • 刑法第234条業務妨害罪にいう業務の「妨害」とは、現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足る行為あるをもつて足る。

と判示しました。

 このように判例の大勢は、威力業務妨害罪は、具体的危険犯ではなく、

抽象的危険犯

としています。

 つまり、妨害行為をした場合に、具体的な妨害結果が発生していなくても、抽象的な危険(妨害結果が発生するおそれがある状況)を発生させれば、威力業務妨害罪が成立するという考え方になります。

 業務妨害罪が成立には、相手方に損失を被らせることや、業務を中止させ、あるいは不能にさせることも必要ありません。

 この点、参考となる以下の判例があります。

大審院判決(昭和12年2月27日)

 被告人は競馬場本馬場第3コーナー付近に幅約2 メートル長さ約120メートルにわたって平釘を撤布したが、この釘が人夫によって清掃・除去されたため当日の競馬施行に支障が生じなかった事案で、威力業務妨害罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和39年11月25日)

 二つの道路に面している店舗の一方の部分を外からふさがれたが、他方の部分を通じて営業が継統された事案です。

 裁判官は、

  • 他人の建物のうち、従来店舗として使用していた部分の一部を店舗として利用できなくしたときは、それによって営業上損失を生じたかどうかにかかわらず、刑法第234条にいわゆる「人の業務を妨害し」たものにあたる

と判示し、威力業務妨害罪の成立を認めました。

東京地裁判決(昭和47年2月17日)

 被告人らが線路上に立ち入った時点において、たまたま列車の運行がすでに停止していた事案で、威力業務妨害罪の成立を認めました。

 裁判所は、

  • 電車等の運行が一時停止されたのは被告人らが線路に立ち入るわずか9分前の同日午後5時27 分からであって、それが線路に立ち入るやむを得ない事情とは到底認められず、たまたま一時的に電車などの運行が停止されてはいても、被告人らの本件行為は、明らかに国鉄当局の意思に反し、電車などの運行に対する新たな障害となる状態を発生させたものである

として、午後5時36分ころから同6時15分ころまでの間国鉄の線路上を行進した被告人らを有罪としました。

仙台高裁判決(平成6年3月31日)

 国民体育大会の開会式を妨害する目的で一般観客を装って陸上競技場に立ち入った行為が建造物侵入罪に該当するとされた上、国民体育大会の開会式において、防犯ブザーを作動させ、点火された発煙筒をロイヤルボックス目掛けて投げつけるなどした事案で、現に、被告人の行為により開会式の進行が中断することはなかったが、威力業務妨害罪を構成するとした事例です。

 裁判所は、

  • 多数の国体関係者や各都道府県選手団が出席し、ニ万人を超える観衆が見守る開会式場において、天皇のお言葉が見まると間もなく、突如、防犯ブザーを作動させ、点火された発煙筒を掲げてトラックに飛び出し、その発煙筒をロイヤルボックス目掛けて投げつける行為は、観衆その他の出席者らを不安にさせ、静粛に開会式の進行に従おうとする観衆らの意思を制圧して混乱状態を引き起こすに足りるものであり、かつ、そうした観衆の不安が開場内に広がることによって、主催者側の開会式の進行業務を阻害する事態を生じさせるに足りるものであることは明らかであって、現に、被告人の行為により開会式の進行が中断することはなかったとはいえ、前記のような混乱状態が生じ、観衆らにおいて天皇のお言葉を聴取することが困難となる等、開会式の進行が阻害されているのであるから、それが威力業務妨害罪を構成することもまた明らかである

と判示しました。

威力と業務中止の結果との間に因果関係があることは必要ない

 威力業務妨害罪は抽象的危険犯であり、具体的に業務妨害の結果が発生しなくても、業務妨害行為により業務が妨害される危険が発生すれば成立します。

 なので、現実に業務が中止された場合においても、「威力とその業務中止の結果との間に因果関係が認められなければそれだけで直ちに業務妨害罪は成立しない」とすることはできません。

 遅くとも業務妨害の抽象的危険が発生した段階で威力業務妨害罪の既遂が成立するので、犯罪成否の焦点はその「危険性」に求められなければなりません。

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