刑法(業務上失火罪)

業務上失火罪(2)~「業務上失火罪の判例」を紹介

 前回の記事の続きです。

業務上失火罪の判例

 業務上失火罪について、刑法117条の2前段にいう「業務」とは、

職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位

をいいます(最高裁決定 昭和60年10月21日)。

 この「職務」は、判例・裁判例を考察すると、

  1. 火気を直接取り扱う職務
  2. 火気発生の蓋然性が高い物質・器具・設備等を取り扱う職務
  3. 火災の発見・防止を任務とする職務

の3つの類型に分類できます。

 この3つの分類に分けて、業務上失火罪の判例・裁判例を紹介します。

① 火気を直接取り扱う職務の事例に関する判例・裁判例

最高裁判決(昭和34年12月25日)

  公衆浴場経営者の業務上の注意業務について判示した事例です。

 裁判官は、

  • 公衆浴場経営者は、煙道の適当な個所に消防署係員の指示にかかる金網を装置するほか、しばしば煙突掃除を行う等処置すべきであり、もし右のごとき設備を施さずそのまま多量の燃料を燃そうとするならば、常に風速に注意して火焚し、風勢激しい日には釜焚を全く中止する等細心の注意を払い、火災を防止すべき業務上の注意義務がある

とし、公衆浴場経営者に対し、業務上失火罪の成立するとしました。

名古屋高裁判決(昭和61年9月30日)

 鋼材の電気溶接作業員2名に対し、業務上失火罪の共同正犯(共犯)が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 建物増築現場で電気溶接機を用いて鋼材の溶接作業を行うに当たっては、共に、右溶接に際して発生する輻射熱または火花(スパッタ)が溶接箇所周辺にある可燃物に達しないようにあらかじめ遮へい措置を講ずべき業務上の注意義務がある
  • 右作業が同一機会に同一場所で特定の鋼材を溶接するという1つの目的に向けられたものであり、被告人両名が、右作業をほぼ対等の立場で交互に交替して行い、かつ、あらかじめ遮へい措置を講じないで作業をしても大丈夫であるということについて相互に意思の連絡があるなどの事情があるときは、右業務上失火につき、被告人両名による過失の共同正犯が成立する

としました。

※ 過失犯の共同正犯(共犯)の詳しい説明は前の記事参照

② 火気発生の蓋然性が高い物質・器具・設備等を取り扱う職務の事例に関する判例

最高裁決定(昭和42年10月12日)

 火気それ自体ではありませんが、火気発生の蓋然性の高い物質・器具・設備等を取り扱う職務につき、「業務」性を認めることを明らかにしたはじめての最高裁判例です。

 裁判官は、

  • 高圧ガスの販売及びガス器具の取付等の業務に従事している者が、顧客の店舗内にプロパンガス容器およびその付属設備を設置した場合において、その設置方法に過失があったため火災を発生させたときは、業務上失火罪が成立する

としました。

 この裁判で、弁護人は、「刑法117条の2の業務とは、その職務上火災の原因となった火を直接取り扱うか、または火災等の発見・防止の義務を負う場合に限られるものと解すべきである」と主張しましたが、裁判官は、「第一審判決の認定した事実関係のもとにおいては、本件が業務上失火罪に該当するとした原審の判断は正当である」として、上告を退けたました。

最高裁判決(昭和46年12月20日)

 ディーゼル・エンジン自動車の運転者が同自動車を失火させた事案で、業務上失火罪の成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • ディーゼル・エンジンの排気管は、運転中温度が著しく上昇し、これに可燃物を接触させると火災発生の危険があるのであり、被告人は、ディーゼル・エンジン自動車の運転者として、これを安全な状態に保持して運行すべき地位にあり、また、万一燻焦の臭気を感知したような場合には、直ちに運転を中止し応急の措置をとる注意義務があるというべきであるから、被告人が第一審判決の認定する経過で火を失した場合には、業務上失火罪に該当するものと解するのが相当である

としました。

最高裁決定(昭和54年11月19日)

 サウナ風呂の開発・製作の担当者が、その構造につき耐火性を検討・確保しなかったとして、業務上失火罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 木製ベンチ部分の下部に電熱炉を据えつける方式の組立式サウナ風呂を開発・製作した者が、その構造につき耐火性を検討・確保しなかつたため、右サウナ風呂を継続使用した浴場内において、右木製ベンチを長期間にわたる電熱炉の加熱により漸次炭化させて火災を発生させた場合には、業務上失火罪が成立する

としました。

最高裁決定(昭和57年11月8日)

 給油作業員に対し、給油作業の過誤による火災発生の予見可能性があったとし、業務上失火罪が成立するとした事例です。

 路上の車からA重油を店舗内に給油するに際し、店舗外壁に設けられた給油ロを開弁せずにコンプレッサーを作動させたため、給油口に連結したビニールホースが裂け、2リットル程度のA重油が霧状となって飛散し、たまたま店舗内で燃焼中の暖房用ストーブに降りかかって引火し、店舗等が火災により焼損したという事案です。

 裁判官は、

  • 被告人が、住宅・店舗の密集地域において、路上の車からA重油を店舗内に給油するに際し、店舗外壁に設けられた給油口を開弁せずにコンプレッサーを作動させたため、給油口に連結したビニールホースが裂け、2リツトル程度のA重油が霧状となつて飛散し、たまたま店舗内にあつた燃焼中の暖房用ストーブに降りかかり、その火が引火し、店舗等が火災により焼燬〔焼損〕したという場合において、右給油作業の過誤が近隣に存することあるべき火気と相まって火災を惹起することにつき、予見可能性があったとした原判決の判断は相当である

と判示し、給油作業員に対し、業務上失火罪が成立するとしました。

最高裁決定(昭和60年10月21日)

 ウレタンフォームの加工販売を行う会社の本社工場が全焼し、工場内にいた同社社長ら7名が死亡した火災事故につき、その出火原因は、同工場内の資材運搬用簡易リフトの補修工事に外部から来ていた溶断工員(被告人B)が鉄板をガス切断器で溶断していた際に落下した火花が、工場内に山積みされていた大量の易燃物であるウレタンフォームの原反等に着火したことであるとして、会社の工場部門の責任者として右工事に立ち会い監視していた被告人Aが、被告人Bとともに、業務上失火罪と業務上過失致死罪に問われた事案です。

 裁判官は、

  • 易燃物であるウレタンフォームを管理するうえで当然に伴う火災防止の職務に従事していた被告人Aとしては、右のような過程で火災が発生するかもしれないことを十分に予見しえたから、被告人Aには、被告人Bにウレタンフォームが易燃物であることを告げ、溶断開始に先立って自らこれを移動させるか、あるいは、Bに火花が落ちないように歩み板で覆い尽くさせるなどすべき業務上の注意義務があったのに、何らこのような措置を講じないまま、溶断作業を開始、継続することを許容した過失がある

として、業務上失火罪と業務上過失致死罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成12年12月20日)

 鉄道トンネル内における電力ケーブルの接続工事を施工した業者に対し、トンネル内での火災発生の予見可能性を認め、業務上失火罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 鉄道トンネル内における電力ケーブル接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった者が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための接地銅板を接続器に取り付けることを怠ったため、誘起電流が大地に流されずに、接続器本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、火災が発生したという事実関係の下においては、右の者は、炭化導電路の形成という経過を具体的に予見することができなかったとしても、火災発生を予見することができたものというべきである

とし、業務上失火罪が成立するとしました。

③ 火災の発見・防止を任務とする職務の事例に関する判例・裁判例

最高裁判決(昭和33年7月25日)

 旧国鉄京都駅旧本屋の階上で食堂を経営していた会社の従業員が、終業後の午後9時過ぎころ、従業員更衣室で電気アイロンを使用した後、アイロンのコードをはずすことを怠って通電状態のまま退去したため、長時間のアイロンの過熱により発火し、京都駅旧本屋を焼失した事案で、本来は食堂の料理人であって夜警専従者ではないが、しばしばその代行者として夜警の任に当たって来た被告人に対し、業務上失火罪が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被告人は本来は食堂の料理人であって夜警専従者ではなかったとはいえ、従来からしばしば専従者の代行者として夜警の任に当たって来たものである
  • したがって、当夜における被告人の夜警は、単なる一時的なものではなく、業務として夜警の職務に従事していたものというべきである
  • そして、夜警としての職務内容は専従者であると代行者であるとによりその間に少しも差異はなく、そして本件夜警の具体的職務内容は前示の如く午後9時30分から翌朝6時30分まで数回にわたり前記各室を巡視し、異状の有無を確かめ、盗難及び火災等の発見防止にあるのであるから、そのうちには当然従業員更衣室備付けの電気アイロンが通電状態のままに放置されてあることの有無の点検及びその善後措置並びに右アイロン過熱の発見及びその防止措置の諸行為をも含まれているものと解すぺきであることはいうまでもないところである
  • されば、本件火災はA子らが電気アイロンを通電状態のまま放置したことが根本の原因をなしたものではあるが、被告人が夜警として、右アイロンの通電状態を早期に発見してそのコードを栓受から外し、若しくは数回の巡視により過熱状態を早期に発見防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠ったことにより本件火災が発生したものであることが明らかであり、被告人は刑法117条の2前段の刑責を免れないものといわなければならない
  • すなわち、同条前段にいう「業務」はこれを当該火災の原因となった火を直接取り扱うことを業務の内容の全部又は一部としているもののみに限定することなく、本件夜警の如きをもなお包含するものと解するを相当とする

とし、業務上失火罪が成立するとしました。

 従来、夜警のような職務に従事する者を本条の「業務者」とする裁判例はなかったところ、この判決は、火災の発見・防止の職務も、業務上失火罪の「業務」に含まれることを明示した点で画期的判決とされています。

東京高裁判決(昭和47年7月21日)

 使用済みの電熱器の上に座布団を重ねるなどして退去したため出火した事案です。

 重要文化財である日光輪王寺薬師堂の承仕として、拝観客の案内等のほか、同堂及び堂内に安置された仏像等の盗難毀損の防止、同堂及び境内における火災予防の業務に従事していた者に対し、拝観客等の喫煙などによる火災発生の予防ばかりではなく、自ら取り扱った火気による火災の発生を防止する義務があるとし、業務上失火罪が成立するとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

  • 業務上失火罪と業務上過失致死傷罪との関係

を説明します。

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