これから14回にわたり、保護責任者遺棄(刑法218条)を説明します。
保護責任者遺棄罪とは?
保護責任者遺棄は刑法218条に規定があり、
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する
と規定します。
保護責任者遺棄罪は、
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任がある者の被保護者に対する遺棄及び不保護を処罰するもの
です。
保護責任者遺棄罪は身分犯である
身分犯とは、犯人に一定の身分がなければ、犯罪が成立しない犯罪をいいます。
例えば、政治家が賄賂を受け取ったり、賄賂の要求や約束をする罪である「収賄罪(刑法197条)」は、犯人に『公務員』という身分がなければ、犯罪が成立しない身分犯です。
保護責任者遺棄罪は、「保護責任者」が犯人の身分として必要となる身分犯です。
保護責任者遺棄罪に該当する行為のうち、遺棄罪(刑法217条)の構成要件にも該当するもの、例えば「移置による遺棄」について、犯人に「保護責任者」という身分があれば、遺棄罪ではなく、不真正身分犯による保護責任者遺棄罪が成立し、遺棄罪より重く処罰されます。
※ 不真正身分犯とは、構成要件において行為者が一定の身分をもつことで法定刑が加重あるいは減軽されるものをいいます。
他方、保護責任者遺棄罪に該当する行為のうち、「不保護」(「不保護罪」ともいう)は、保護責任者についてのみ成立する真正身分犯です。
※ 真正身分犯とは、構成要件において行為者が一定の身分をもたなければ犯罪を構成しないものをいいます。
保護法益
保護責任者遺棄罪の保護法益は、
被遺棄者の生命・身体に対する危険
です。
危険犯の類型(抽象的危険犯)
保護責任者遺棄罪の危険犯としての性格は、
抽象的危険犯(犯罪の成立に具体的な危険の発生を要しない)
とするのが判例・多数説です。
なお、具体的危険犯であるとする説も有力説として存在します。
保護責任者遺棄罪を抽象的危険犯と解する多数説も、具体的危険犯と解する説も、客体(被害者)の保護が確実に見込まれる場合に遺棄罪の成立を認めないという点については一致しています。
遺棄・不保護の概念の中に客体(被害者)に対する実質的な危険が含まれており、およそ危険がない場合には、これらの概念に該当しません。
病院や警察署の前に目に付くような形で子供を捨てても、保護が確実に見込まれるので、遺棄には当たりません(例えば、赤ちゃんポスト)。
一方で、「単に保護が予想されるだけで確実ではない場合」は遺棄の概念に当たるといえ、
- 抽象的危険説によれば、直ちに遺棄罪の成立が認められる
- 具体的危険説によっても、更に具体的な危険の発生を要しますが、単に保護が予想されるだけの状況で子供を捨てれば、それだけで具体的危険が肯定できる場合も多いと考えられるので、やはり遺棄罪の成立が認められる
ということになります。
保護責任者遺棄罪は不作為でも成立する
遺棄罪(刑法217条)では不作為による犯罪の成否について争いがあります(詳しくは前の記事参照)。
これ対し、保護責任者遺棄罪(刑法218条)においては、不作為であっても、不真正不作為犯として保護責任者遺棄罪の「遺棄」に、又は真正不作為犯として本条の「不保護」に該当しうることは判例・学説上争いがありません。
遺棄罪、保護責任者遺棄罪、遺棄致死傷罪、保護責任者遺棄致死傷罪の記事一覧