前回の記事の続きです。
過失運転致死罪と保護責任者遺棄致死罪の関係
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)(旧罪名:自動車運転過失致死傷罪)と保護責任者遺棄致死傷罪(刑法218条、刑法219条)の関係を説明します。
1⃣ 自動車運転上の過失によって人を負傷させ、何らかの事情により保護責任が生じたのに被害者を遺棄した場合は、過失運転致傷罪と保護責任者遺棄罪が成立し、両罪は併合罪となります。
2⃣ 被害者が死亡した場合については問題があります。
その場合の考え方は、以下の裁判例が参考になります。
東京高裁判決(昭和37年6月21日)
過失運転により重傷を負わせた被害者を歩道上まで運んで立ち去ったところ、被害者が苦悶反転して側溝に転落し溺死した事案です。
東京高裁は、一審(浦和地裁判決 昭和36年5月12日)が業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)と保護責任者遺棄致死罪の併合罪とした判決を破棄し、業務上過失傷害罪(現行法:過失運転致傷罪)と保護責任者遺棄致死罪の併合罪としました。
東京高裁は、
- 同一被告人による要保護者遺棄という新たな可罰的行為が加わり、その結果、死の結果を発生させた場合、…そのことを事由として要保護者遺棄致死の罪責を問われる場合には、死の結果に直結する後の因果関係のみが刑法上重要であって、かかる場合には業務上の過失により被害者に傷害を与えた行為は被害者の死の結果に対し刑法上原因を与えたものとは解し難いものと解する
- もし然らすとすると、被害者の一個の死に対し、被告人に対し二重の刑責を問うことになって不当である
- 被告人の業務上過失の所為により被害者の被った傷害がそれ自体生命に関する程度のものであるか否かは右の結論に影響を及ぼすものではない
と述べています。
この東京高裁判決について、学説では、二重評価の禁止の観点から支持する見解があります。
この見解は、本件のようなひき逃げ事案の場合、第1行為(自動車で被害者をひく)の行為者自身による第2行為(運転者が被害者を歩道上に運んで立ち去った行為)は予見できないものではないし、仮に第2行為の異常性が高いとしても第1行為の危険性が高ければ死亡との因果関係は否定されないとし、むしろ、死亡という同一の構成要件要素をニ重評価して不当に重い刑罰を科すべきではないとの観点から、たとえ因果関係があるとしても、第1行為については業務上過失傷害罪にとどめることは妥当であるとするものです。
一審のような業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)と保護責任者遺棄致死罪の2つの致死罪の成立を認める二重評価をすることは回避すべきとされます。
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