刑法(保護責任者遺棄罪)

保護責任者遺棄罪(3) ~客体②「『酩酊者』は保護責任者遺棄罪の客体(被害者)になる」を説明~

 前回の記事の続きです。

「酩酊者」は保護責任者遺棄罪の客体(被害者)になる

 保護責任者遺棄罪の客体(被害者)は、

老年者、幼年者、身体障害者又は病者

です。

 「酩酊者」が、「病者」として保護責任者遺棄罪の客体に該当するかを説明します。

 軽度の酩酊者は「病者」に当たりませんが、

    又は

  • 高度の酩酊者

については客体に当たるとするのが、判例・通説です。

 日常用語からすれば、酩酊者・泥酔者を「疾病のために扶助を必要とする者」とか「病者」とみることには多少の抵抗が感じられます。

 しかし、一時的であっても、酩酊によって動作が不自由になり、他人の助力がなければ満足に行動することができなくなっているのであれば、その時点で保護のない状態に置かれると生命・身体が危険にさらされるのであり、その限りでは泥酔者も狭い意味の病者と変わらないといえ、遺棄罪の客体から除外するのは妥当ではないといえます。

 泥酔者、高度の酩酊者に対し、保護責任者遺棄罪の成立を認めた以下の判例・裁判例があります。

最高裁決定(昭和43年11月7日)

 被告人と情交関係にある被害者が駅前で酔いつぶれているのを見つけ、同人宅に連れ帰える途中、酔をさまさせるため全裸にして田んぼの中に放置したため凍死させたという保護者遺棄致死の事案です。

 裁判所は、

  • 高度の酩酊により身体の自由を失い他人の扶助を要する状態にあったと認められるときはこれを刑法218条の病者にあたるとした原判断は相当である

と判示し、泥酔者は保護者遺棄罪の病者に当たるとしました。

 この決定は、泥酔者であれば直ちに疾病に該当するとしたものではなく、泥酔者の中でも身体の自由を失っているような者については、他人の扶助を必要とするかどうかとの関係から、全体として見たときには疾病に該当することがあり得ることを正面から認めたものであると考えられています。

 下級審において、泥酔者を疾病に該当するとし、泥酔者に対する保護責任者遺棄罪を認めたものとして、以下の裁判例があります。

  • 交通事故の被害者で泥酔していた者(大阪高裁判決 昭和30年11月1日)
  • 下半身裸のまま屋外に放置された泥酔者(名古屋地裁判決 昭和36年5月29日)
  • 日本酒約1升を飲み酩酊の程度が甚だしくなり路上に倒れた者(横浜地裁判決 昭和36年11月27日)

 上記とは反対に、泥酔者について扶助を要する状態であったことを否定した裁判例もあります。

東京高裁判決(昭和60年12月10日)

 泥酔状態の内妻が水風呂に入ったままの状態でいるのを放置し、内妻が死亡した事案です。

 裁判所は、

  • 本件は寒冷期とはいえ家屋内の出来事であり、浴槽内の温度も当初はぬるま湯程度であったとも考えられ、また内妻はそれまでにも酔いをさますために水風呂に入った経験があって、今回も自分の意思で浴槽内に入っており、少なくとも一定の時点までは自らの意思と行動により浴槽外に出ることが可能だったと認められる

とした上、

  • 内妻が泥酔状態であったとしても、極度に衰弱しきっていたという証明はなく、直ちに介護しなければ生命・身体に危険が差し迫っている客観的状況にあったとするには疑問がある

として、保護責任者遺棄致死罪の成立を否定し、重過失致死罪刑法211条後段)の限度で有罪としました。

遺棄罪の客体の説明も参照ください

 保護責任者遺棄罪の客体の説明は、遺棄罪の客体の説明が当てはまりますので、以下の記事も参照ください。

遺棄罪(2) ~客体①「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者」を説明~

遺棄罪(3) ~客体②「客体(被害者)である『老年、幼年』『身体障害』とは?」を説明~

遺棄罪(4) ~客体③「客体(被害者)である『疾病』とは?」を説明~

遺棄罪(5) ~客体④「客体(被害者)の要件である『扶助を必要とする者』とは?」を説明~

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