前回の記事の続きです。
「不保護」による遺棄の事例
- 遺棄すること
又は
- その生存に必要な保護をしないこと(=不保護)
です。
この記事では、「不保護」について、事例を挙げて説明します。
不保護について、何が生存に必要な保護であるかを一般的抽象的に定めることは困難です。
保護を要する原因・程度、保護責任者と要扶助者それぞれの立場・関係、期待される保護措置の難易等に照らして判断することになります。
例えば、要扶助者の症状が悪化して自己の手に負えない状況になったときには、自ら看護するのでは足りず、医療措置を求める義務が生じます。
どのような事案が「不保護」による遺棄に当たるかについては、以下の「不保護」による遺棄の事例を見て理解するとよいです。
大審院判決(大正5年2月12日)
養子としてもらい受けた2歳の幼児に対し、十分な食事をさせず、夏も蚊帳を使用させずに屋外の土間で犬と一緒に寝かせるなどの扱いをした事案で、保護責任者遺棄罪の成立を認めました。
大審院判決(大正8年8月7日)
65歳の実母が病気にかかり、身体の自由を失って他家の物置に寝臥していたのに、少しもこれを顧みずに必要な食物すら給与せず、4、5日を経て自宅に引き取ったが、その後も適当な食物を与えるなどの措置をとらず、1か月余りたって重体に陥ったとき、わずかに1回医師の診察を受けさせただけで、依然放置して相当な看護をせず、死亡させた事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
大審院判決(大正14年12月8日)
起居が不可能となった73歳の老婦人に対し、その看護を嫌った養子らが狭い張出小屋に押し入れ、適切な食事を与えず、夏には蚊帳を使用させず、掃除をしないまま約2か月半にわたって放置した事案で、保護責任者遺棄罪の成立を認めました。
実子が極度に衰弱した上、両足先が凍傷にかかり、その2か月後には歩行不能となり、更に左手上腕部を骨折して日常の動作が不自由となったのに、医師の治療を受けさせることなく放置した事案で、保護責任者遺棄致傷罪の成立を認めました。
妊婦の依頼を受けて堕胎を行った産婦人科医師が、堕胎により出生した生育可能性を有する未熟児を、保育器もない自己の医院内に放置し、保育器に収容するなど未熟児保育に必要な医療措置を講じることなく放置して死亡させた事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
覚せい剤を注射した相手である少女が錯乱状態になったのに、何らの措置もとらず放置して立ち去り、ほどなく同女が死亡した事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
大分地裁判決(平成2年12月6日)
母親が13歳の実子を自宅に1人で生活させ、飢餓状態になっていたのに、療育看護をせず医師の診察も受けさせずに放置して死亡させた事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
宮崎地裁判決(平成14年3月26日)、控訴審:福岡高裁宮崎支部判決(平成14年12月19日)
祈祷類似行為を施していた被告人2名が、難病にかかっていた6歳の男児の病気治療を親から引き受けたが、祈祷類似行為などを繰り返すのみで、男児の病態が悪化しても必要な医療措置を受けさせるととなく放置して死亡させた事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
千葉地裁判決(平成12年2月4日)
夫、2歳3か月の長男、生後約4か月の二男と同居していた母親が、夫の出張中、不倫相手と会うために、二男をバスタオル上にうつぶせに寝かせたまま残して外出し、不倫相手と宿泊して2日後に自宅に戻るまで、何ら生存に必要な保護を加えずに放置し、二男を鼻口閉塞により窒息死させた事案で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。
札幌地裁判決(平成15年11月27日)
実母及び妻らと同居していた被告人が、自宅において、実母に頭部を階段の角等に打ち付けられた妻が多量に出血していたのを発見したにもかかわらず、止血の措置もせず、救急車を呼ぶこともなく放置し、妻は死亡した事案で、保護責任者遺棄罪の成立を認めました(保護責任者遺棄致死ではなく、保護責任者遺棄罪の限度で認定)。
東京地裁判決(平成22年9月17日) 控訴審:東京高裁判決(平成23年4月18日)
被告人と共にMDMAを服用した女性が重篤な急性MDMA中毒症状を呈し、その後死亡した事案において、女性は錯乱状態に陥り、明らかに異常な状態を呈して、もはや一般人の手に負える状況にはなかったとして、被告人は、「直ちに119番通報をして救急車の派遣を求めて専門的な医療措置を受けさせるという女性の生存に必要な保護をすべき責任があったのに、119番通報をして救急車の派遣を求めることなく女性を放置し、もって同人の生存に必要な保護をしなかった」と認め、保護責任者遺棄罪の成立を認めました(保護責任者遺棄罪の限度で認定)。
遺棄罪、保護責任者遺棄罪、遺棄致死傷罪、保護責任者遺棄致死傷罪の記事一覧