刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(25) ~「公務執行妨害罪は、可罰的違法性なしとして犯罪の成立が否定されない」を解説~

公務執行妨害罪は、可罰的違法性なしとして犯罪の成立が否定されない

 可罰的違法性とは、

犯罪が成立するためには、行為が違法だというだけでは足りず、犯罪として刑罰を科すに値する程度の実質的違法性も有していなければならないとする考え方

をいいます。

 たとえば、Aが、普段は仲が良い友人とけんかをした際に、友人に対し「殴ってけがさせるぞ」と脅迫して脅迫罪が成立した場合(その後、Aと友人は仲直りしている)、Aに対して脅迫罪の成立を認め、刑罰を受けさせるのは妥当でないと考えられます。

 このように、犯罪に該当する行為をしても、内容が軽微である場合は、裁判官は、可罰的違法性がないとして、犯罪が成立しないと判断する場合があります。

 公務執行妨害罪(刑法95条1項)において、近年、可罰的違法性を欠くことを理由とする無罪判決は見当たりません。

 可罰的違法性論を用いて公務執行妨害罪の成立を否定する考えに対しては、判例はこれを理論としては認めつつも実際の適用において否定的であるといえます。

 参考となる事例として、以下のものがあります。

広島高裁判決(平成3年10月30日)

 公務執行妨害罪としての可罰的違法性がなく暴行罪にとどまるとした一審判決を破棄し、公務執行妨害罪の成立を認めました。

最高裁判決(平成元年3月9日)

 融資手続などの説明をする兵庫県の企画調整係長Cに対し、被告人A・Bが、「ぼけ」「どあほ」などと罵声を浴びせながら一方的に抗議し、被告人Aは、激高した態度で手に持ったパンフレットを丸めてCの座っていたいすのメモ台部分を数回たたいた上、丸めたパンフレットをCの顔面付近に2、3回突きつけ、少なくとも1回その先端をあごに触れさせ、更に、約2回にわたり、Cが座っていたいすのメモ台部分を両手で持って、右いすの前脚を床から持ち上げては落とすことによりその身体を揺さぶり、また、被告人Bは、Cがいすのメモ台部分に両手をついて立ち上がりかけたところ、これを阻止するため、その右手首を握り、Cにけがを負わせた事案です。

 一審判決は、いまだ公務執行妨害罪あるいは暴行罪における違法類型としての暴行に当たるものとは認め難いなどとして、公務執行妨害罪及び傷害罪の成立を否定し、無罪を言い渡しました。

 これに対し、最高裁は、被告人両名の行為は、被告人らが罵声を浴びせながら一方的に抗議する過程でなされたものであることをも考慮すれば、いずれも公務執行妨害罪にいう暴行に当たるものというべきであるとし、公務執行妨害罪及び傷害罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和45年1月29日)

 県立高校職員労働組合の役員が、自己の勤務する高校の教頭又は校長と職員の勤務条件等について交渉する過程で、校長又は教頭に暴行するなどし、公務執行妨害罪、傷害罪、職務強要罪で起訴された事案です。

 一審判決は、実責的違法性がないとして無罪を言い渡しました。

 これに対して、最高裁は、暴行・傷害の行為は、①目的の正当性、②手段方法の相当性、③補充性(ほかに方法がなかったこと)、④法益の権衡性(行為によって生じた害の程度が避けようとした害の程度を超えていないこと)のいずれをも欠き、法律秩序全体の精神及び社会通念に照らし、公務執行妨害罪、傷害罪、職務強要罪としての実質的違法性を欠くものとはいえないとし、各罪の成立を認めました。

札幌高裁判決(昭和43年7月19日)

 民営化前の国鉄労組員が、争議行為の一環として、信号取扱所において待機現認等の職務を執行していた助役2名に対し、椅子に腰かけていた同助役らの右腕をかかえ、あるいは両腕をつかんで同所出入口手前まで引き出した上、身体や手で両助役の身体を同出入口外へ向かって圧迫して押し出すという暴行を加えた事案です。

 一審判決では、被告人の行為は構成要件に該当するが、健全な社会通念ないし法秩序の精神に照らし、正当な争議行為の限界を超えるものとはいい難く、刑法上違法な行為であるとは断定し得ないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 これに対し、札幌高裁は、正当な争議行為の範囲を逸脱するとして、公務執行妨害罪の成立を認めました。

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