刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(26) ~「公務執行妨害罪における故意」「職務行為の適法性に関する錯誤があっても故意は阻却されない」を解説~

公務執行妨害罪における故意

 公務執行妨害罪(刑法95条1項)は故意犯です。

 故意犯は、犯罪を犯す意思(故意)がなければ、犯罪が成立しません(詳しくは前の記事参照)。

 公務執行妨害罪の故意ありとするためには、

  • 公務員の職務を執行するに当たり、これに対し暴行又は脅迫を加える事実を認識するをもって足り、必ずしも職務の執行を妨害する意思あることを要するものではない

とされます(大審院判決 大正6年12月20日)。

 公務執行妨害罪の故意についての判例として、以下のものが参考になります。

公務員が具体的にどのような内容の職務の執行中であるかまでを認識することを要しない

最高裁判決(昭和53年6月29日)

 公務員が職務執行中であることの認識について、

行為者において公務員が職務行為の執行に当たっていることの認識があれば足り、具体的にいかなる内容の職務の執行中であるかまでを認識することを要しない

と判示しました。

広島高裁松江支部判決(昭和30年12月12日)

 この判決で、裁判官は、

  • 警察署捜査室において、その執務時間中、執務中の警察官に対し、暴行、脅迫を加えるような行為は、特段の事由のない限り、その結果、当該警察官の職務の執行が妨害されることは必然の結果にして、かかる場合、暴行脅迫行為をするものにおいて、当該警察官がいかなる内容の職務の執行中であるかという点まで認識がなくても、公務執行妨害罪の成立を妨げない

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和61年11月26日)

 この判決で、裁判官は、

  • 被告人が、公務員がAという職務を遂行しているのに、Bという職務を遂行しているものと誤信して暴行又は脅迫を加えたとしても、同一構成要件の客体の内容を誤信したもので、職務行為の具体的内容に関する事実の錯誤にすぎず、故意がなかったとはいえない

としました。

公務の執行を妨害する目的を要しない

大審院判決(大正5年10月9日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項の罪は、公務員の職務執行なることを認識し、これに対して故意に暴行又は脅迫をなすをもって足るほかに、何ら目的の存在を必要とせず、故に公務員に対する暴行又は脅迫が単に公務執行妨害の目的に出でるとその他の目的(刑法95条2項所定の目的を除く)に出づるとは問うところにあらず

と判示し、公務執行妨害罪の成立を認めるに当たり、公務の執行を妨害する目的を要しないとしました。

職務妨害の結果発生を欲する必要はない

大審院判決(昭和9年4月24日)

 この判決で、裁判官は、

  • 公務執行妨害罪の成立には、公務員がその職務を執行するに当たり、その事実を知りながらこれに対し、その職務執行の妨害となるべき暴行又は脅迫を加えることをもって足り、現に職務執行妨害の結果を生じさせることは必要ないので、その結果の発生を欲するか否かは本罪の成否に影響ない
  • 公務員に暴行・脅迫を加えるに至った動機・原因は何でもよく、公務員の職務執行そのものに関係のない事実に起因した場合であっても、本罪の成立を妨げない

としました。

職務行為の適法性に関する錯誤があっても故意は阻却されない

 公務員の適法な職務執行を違法であると誤信して、公務員に対し、暴行又は脅迫を加えた場合(つまり、適法性に関する錯誤がある場合)、これは法律の錯誤であって故意を阻却せず、公務執行妨害罪の成立が認められます。

 この点を判示した以下の判例があります。

大審院判決(昭和7年3月24日)

 この判決で、裁判官は、

  • 当時、被告人が議長の措置をもって適法ならずと判断し、従って議長の職務執行行為に妨害をなすものにあらずと思推したりとするも、右は被告人の行為に対する法律上の判断に過ぎず、その如何毫も被告人の犯意を左右するものにあらざるをもって、原判決は理由不備の違法なし

と判示し、被告人が公務員の職務が違法だと錯誤したとしても故意を阻却せず、公務執行妨害罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和6年10月26日)

 この判決で、裁判官は、

  • 被告人らは、Y巡査らの解散命令及び検束処分が職権濫用に基づく不法の侵害なりと誤認して、正当防衛の目的をもって反撃抵抗したりするも、右誤認は罪となるべき事実の誤認にあらずして、その行為をなすに至りたる動機原因たる事実関係を誤解したる結果、本来、法律上許されざる自己の行為を許されたるものと誤信したるほかならざるをもって、故意を阻却せざるものといわざるべからず

と判示し、被告人が公務員の職務が違法だと錯誤したとしても故意を阻却せず、公務執行妨害罪が成立するとしました。

 このほか、参考になる判例として、封印等破棄罪刑法96条)の事例ではありますが、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和32年10月3日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法96条の公務員の施した差押の標示を損壊する故意ありとするには、差押の標示が公務員の施したものであること並びにこれを損壊するをもって足りるものであるから、原判決が認定したように、函館市収税吏員によって法律上有効になされた本件滞納処分による差押の標示を仮りに被告人が法律上無効であると誤信してこれを損壊したとしても、それはいわゆる法律の錯誤であって、原判決の説示するように差押の標示を損壊する認識を欠いたものということのできないこと多言を要しない

と判示しました。

 この判例は、公務員のした差押表示が法律上無効であると誤信して、その差押表示を損壊した場合について、被告人の故意を阻却せず、封印破棄罪が成立するとしたものです。

 考え方は、公務執行妨害罪における「公務員の適法な職務執行を違法であると誤信した場合」と同様に考えることができます。

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