刑事訴訟法(公判)

訴因変更③~「訴因の変更は、公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許される」「誤った訴因変更があった場合の措置」を説明

 前回の記事の続きです。

訴因の変更は、公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許される

公訴事実の同一性の判断基準

 訴因変更は、公訴事実の同一性が認められる場合に行うことができます。

 公訴事実の同一性が認められるためには、

訴因変更をしても、訴因変更をする前とした後で、公訴事実が1個であることに変わりがない状態

であることが必要になります。

 公訴事実が1個であるかどうかは、

罪数

により決定されます。

 具体的には、

常習犯窃盗などのような一罪

※ 常習累犯窃盗は、例えば、窃盗犯が3回万引きをし、3個の窃盗事実がある場合において、3個の窃盗事実をまとめて1個の常習窃盗として認定するため、一罪となります。

科刑上一罪(牽連犯、観念的競合)

※ 例えば、窃盗をするために住居に侵入した場合は、住居侵入と窃盗罪は手段と結果の関係になり、牽連犯となるので、一罪となります。

※ 例えば、道路交通法違反である無免許運転と酒気帯び運転は、1個の運転行為で無免許運転と酒気帯び運転を同時に達成しているので、観念的競合になり、一罪になります。

に当たる罪は、罪数が1個であり、公訴事実が1個となります。

 訴因変更をしても、罪数が1個(一罪)で変わらないものは、公訴事実の同一性が認められ、訴因変更が可能となります。

 これに対し、一罪の関係にないもの、つまり、併合罪の関係に立つものについては、公訴事実の同一性が認められないので、訴因変更できません。

 例えば、既に起訴済みの傷害罪に、訴因変更をして、別件の窃盗罪を追加しようとした場合、その傷害罪とその窃盗罪は、一罪の関係にない(傷害罪の公訴事実と窃盗罪の公訴事実の2個の公訴事実がそれぞれ独立して存在する)ので、窃盗罪を追加しようとする訴因変更はできないことになります。

訴因の変更は、公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許される

 訴因の変更は無制限に許されるのではなく、

公訴事実の同一性を害しない限度

においてのみ許されます(刑訴法312条1項)。

 例えば、検察官が窃盗罪の訴因で起訴しているところに、訴因変更をして傷害罪の訴因にすることは、公訴事実の同一性が認められないので、検察官の訴因変更請求は裁判官に認められません。

 検察官は、公訴事実の同一性がない事実を処罰しようとするときは、訴因変更手続ではなく別起訴(追起訴)の手続によらなければなりません。

 例えば、検察官が窃盗罪の訴因で起訴しているところに、窃盗罪とは公訴事実の同一性がない傷害罪の事実を処罰しようとする場合、訴因変更手続ではなく、傷害罪を窃盗罪とは別事件として追起訴の手続を行うことになります。

誤った訴因変更があった場合の措置

公訴事実の同一性がなく訴因変更が許されないのに、誤って検察官が訴因変更請求をし、裁判所がこれを許可した場合

【判決に至っていない場合

 公訴事実の同一性がなく訴因変更が許されないのに、裁判所が誤って訴因変更を許可した場合において、判決に至っていなければ是正が可能です。

 具体的には、公訴事実の同一性がなく訴因変更が許されないのに、裁判官が誤って検察官の訴因変更請求を許可した場合で、その立証のための証拠採用や取調べもなされてしまった後に誤りに気付いた場合、まず訴因変更許可を取り消す決定をし、次に証拠採用決定を取り消す決定をすることが許されます。

 この点を判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和62年12月3日)

 裁判官は、

  • 第一審裁判所は、誤って元の訴因の事実とは併合罪関係にあり公訴事実の同一性がない事実につき訴因追加を許可し、その追加された訴因の事実についての証拠を取り調べた後に、右誤りを是正するため、まず右訴因追加の許可を取り消す決定をし、次いで右証拠の採用決定を取り消す決定をしたうえ、改めて追起訴された右追加訴因と同一の事実をも含めて、更に審理を重ね、判決に至っているが、右各取消決定について刑訴法にこれを認める明文がないからといって、このような決定をすることが許されないと解すべき理由はなく、これと同旨の理由により右第一審訴訟手続を適法とした原判決の判断は正当である

と判示しました。

【判決まで至り、そのまま閉廷した場合】

 公訴事実の同一性がなく訴因変更が許されないのに、裁判所が誤って訴因変更を許可した場合において、判決まで至り、そのまま閉廷した場合は、その裁判での是正はできず、違法判決として控訴し、控訴審で是正することになります。

 裁判所が、検察官の掲げた訴因と公訴事実の同一性がない事実について判決した場合には、仮に訴因変更の手続を採ったとしても 、審判の請求を受けた事件について判決をせず、審判の請求を受けない事件について判決をしたことになり、不告不理の原則に違反するものとして、絶対的控訴理由となります(刑訴法378条3項)。

 参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和55年5月22日)

 詐欺事件につき、審判の請求を受けない事件(起訴されてない事実)について判決をし、また、審判の請求を受けた事件(起訴された事実)について判決をしなかった違法があるとして、破棄差戻しとなった事例です。

 裁判官は、

  • 起訴状記載の公訴事実と原判決(※一審の判決)が認定判示した罪となるべき事実とを対比すると、原判決が認定した罪となるべき事実のうち、(1)「昭和53年10月19日ころ、現金40万円を騙取した」との事実は起訴状記載の公訴事実のどこにも見あたらないのみならず、昭和54年6月30日付起訴状記載の公訴事実中の(2)「昭和53年10月10日ころ、現金40万円を騙取した」との事実は、原判決の罪となるべき事実のどこにも認定判示されていないことが明らかである
  • 本件において、各罪の区別をする重要な要素は、各犯行日時の点にあると考えられるから、仮に、原判決が、(2)で指摘した「昭和53年10月10日ころに現金40万円を騙取した」との起訴事実を、(1) で指摘したところの「昭和53年10月19日ころ現金40万円騙取した」という事実に、犯行日時を変更して認定判示したものと解するとしても、これは、起訴された罪となる罪を認定したこととなり、致底許されないところといわなければならない
  • したがって、原判決には、いずれにしても、審判の請求を受けない事件について判決をし、また、審判の請求を受けた事件について判決をしなかった違法が存するものとして、破棄を免れないというべきである

と判示しました。

追起訴しなければならないのに、誤って検察官が訴因追加請求をし、裁判所がこれを許可した場合

 検察官が、訴因の追加ではなく、追起訴によらなければならない場合に、誤って訴因追加請求をし、裁判官がこれを許可した場合は、公訴提起に関する法定の手続を踏んでいないため、起訴としての効力は認められません。

 この場合、判決に至っていなければ前記のとおり、裁判所が訴因追加許可を取り消す決定をし、あらためて検察官が追起訴をすることで、訴訟手続を是正します。

 判決まで至り、そのまま閉廷した場合は、控訴して控訴審で訴訟手続の是正を行います。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和29年1月14日)

 裁判官は、

  • 本件差戻控訴判決は、訴因追加請求については、「公訴事実の同一性を欠くから、訴因追加として許されないもので、実質的には追起訴たる性質を有するが、公訴提起に関する法定手続を履践した形跡がないから適法な追起訴ともいえない」趣旨の判断をして差戻前の第一審判決を破棄しており、そして、差戻後の第一審手続は、この差戻判決の破棄理由に拘束されるものであるから、昭和25年8月21日の公訴は、最初の起訴であって、二重の起訴とはいえない

と判示し、控訴審の一審に差し戻す旨判決を受け、一審でやり直しの裁判を行い、あらためて検察官が追起訴を行った手続は正当であるとしました。

公訴事実の同一性があることから、検察官は訴因追加請求しなければならないのに、誤って追起訴を行い二重起訴となった場合

 公訴事実の同一性があることから、検察官は訴因追加請求しなければならないのに、誤って追起訴を行った場合、それは二重起訴になって違法となり、公訴棄却の判決が言い渡されることになります(刑訴法338条3項)。

 ただし、判例は、それが実質的には訴因追加の趣旨でなされたものと認められるときには、これを訴因の追加として取り扱ってもよいとしています。

最高裁判決(昭和31年12月26日)

 裁判官は、

  • 本件犯罪(※麻薬取締法違反)は、「常習」及び「営利」による麻薬取締法違反の包括一罪を構成するものであるところ、本件には3通の起訴状が存在するので、これらの書面からみれば右一罪につき重複して起訴された部分があるかの観があるけれども、右2個の追起訴状の提出は、常習営利の一罪を構成する行為で起訴状に漏れたものを追加補充する趣旨でなされたものであって、一つの犯罪に対し重ねて公訴を提起したものではないこと、検察官の第一審公判廷における釈明によって明らかであり、右釈明に対しては被告人側からもなんら異議がなかったのである
  • されば、原審(※控訴審)の判断は、結局において正当である

と判示しました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

訴因変更の要否の判断基準は、被告人の防御に実質的な不利益が生じるかどうかである

を説明します。

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