刑法(脅迫罪)

脅迫罪(33) ~「暴行の実行後に、脅迫を行った場合の暴行罪と脅迫罪の成立関係」を判例で解説~

暴行の実行後に、脅迫を行った場合の暴行罪と脅迫罪の成立関係

 暴行などの加害の実行後に、加害の告知(脅迫)を行った場合の暴行罪と脅迫罪の成立関係(罪数)について説明します。

暴行を加えた直後に、さらに加えた暴行と同じ内容の危害を加える旨の脅迫をした場合、その脅迫は暴行罪に吸収される

 暴行を加えた直後に、さらに加えた暴行と同じ内容の危害を加える旨の害悪の告知(脅迫)をした場合は、脅迫罪は現実にした暴行罪に吸収されます。

 この点について、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和42年9月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 暴行を加えた後に、さらに直後に、加えた暴行と同じ内容の危害を加える旨の害悪の告知をした場合は、その脅迫は現実にした暴行罪に吸収されると解すべきである

と判示し、暴行罪のみが成立するとしました。

東京高裁判決(平成7年9月26日)

 相手方への暴行(平手で顔面を殴打)の直後、引き続き「男のけじめをつけろ」と語気鋭く申し向けた事案で、裁判官は、

  • 相手方に暴行を加えた後に、引き続き、自己の要求に従わなければ、なお相手の身体等に同内容の危害を加える旨の気勢を示した場合には、その脅迫行為は、先の暴行罪によって包括的に評価されて、別個の罪を構成しない

と判示、暴行罪のみが成立するとしました。

暴行を加えた後に、別個の態様の脅迫をした場合は、暴行罪と脅迫罪のニ罪が成立する

 暴行を加えた後に、身体に対する別個の態様の害悪の告知(脅迫)をした場合は、暴行罪と脅迫罪の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係に立ちます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治44年11月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 板片をもって他人を殴打したる後、更に撃殺しようとピストルを差し向け脅迫したる場合においては、暴行及び脅迫の二罪成立するものとす

と判示し、暴行罪と脅迫罪の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係に立つとしました。

東京高裁判決(昭和28年11月10日)

 手拳で被害者の顔面等を殴打し傷害を負わせ、さらにその直後、同所で被害者に対し、後ろに手を回し、所携(しょけい)の刃物に手をかけるような態度をしながら「たたき切ってやるぞ」と申し向けた事案で、裁判官は、

  • 被告人の所為は、手拳により殴打傷害を加えた後、更に別個の害悪を告知して、新たに別の法益侵害行為に出でたものであるから、たとえ暴行傷害行為の直後、同所で脅迫行為がなされたものであっても、傷害罪のほかに脅迫罪が成立し、両者は併合罪の関係に立つものと解すべきものであ

と判示、暴行罪と脅迫罪の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係に立つとしました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和37年5月29日)

 「おやじを一度刺してやる」と怒号しながら胸部を突いた後、「お前を刺してやる、俺は言ったことを実行するんだ」と申し向けた暴行・脅迫の事案で、裁判官は、

  • 殴打暴行と同時又は寸前に「殴るぞ」と言い放つがごとく、告知にかかる害悪そのものを即座に実現するような場合には、脅迫は暴行罪に吸収されるが、暴行後に敢えて暴行以上の害悪を告知して脅迫するような場合は、併合罪の関係に立つ

と判示し、暴行罪と脅迫罪の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係に立つとしました。

東京高裁判決(昭和61年3月27日)

 被告人が、バス運転手の被害者の肩を殴るなどの暴行を加え、被害者に「交番に行こう」と言われて立腹し、さらに、被害者の運転中のバスを鉄棒でたたいて脅迫した事案です。

 まず、弁護人は、

  • 被告人が所携の鉄棒でバスの運転席背部シートを叩いたのは、被害者Oに対する暴行行為の一部とみるべきものであって脅迫にはあたらず、仮にそれが脅迫にあたるとしても、先行する暴行の被害者と同一被害者を同一意思の発現のもとに時間的場所的に接着して脅迫したものであるから、これらを包括して一罪とすべきであるのに、原判決が被告人には暴行罪のほか脅迫罪が成立し両者が併合罪の関係にあるとしたのは、事実を誤認し法令の適用を誤ったものである

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 被告人は、普通貨物自動車(ジープ)を運転して走行中、自車と相前後して走行した大型乗用自動車(市営の路線バス)の運転手であるOの運転態度に腹を立て、交差点(以下第一現場という)に差しかかり、信号に従い停止した際、被告人車に続いて停止した路線バスのOに対し、「この野郎、もたもた走りやがって」などと申し向けて、運転席の窓の外からOのネクタイを引張る暴行を加え、更に右第一現場から約200メートル先の交差点(以下第二現場という)に差しかかり、再び信号に従って停止した際(路線バスも被告人車の後方に他の車両1台を間に置いて停止した)、またもOに対し、運転席の窓の外から帽子を投げつけたうえ、法被でOの肩部を殴打する暴行を加えたが、その際、Oから「交番に行こう」などと言われたことに一層腹を立て、自車に立ち戻り、その荷台から鉄棒1本(長さ約1.5m、直径約0.5cm)を持ち出し、これを手にして右路線バスの運転席に近付いたところ、これを見たOが身の危険を感じ運転席を離れて後部客席の方に退避するや、やにわに前同様運転席の窓の外から右鉄棒で運転席背部シートを2、3回叩いたりしたことが認められる
  • そうすると、被告人が鉄棒で運転席背部シートを叩いたのは、直接人の身体に向けられた有形力の行使とは認められないから、所論(※弁護人の主張)のように、これを被害者に対する暴行行為の一部であるということはできない
  • しかし、その際、被告人において被害者に対し、なんらかの言辞を用いて明示的に害悪を加うべきことを告知したと認めるに足りる的確な証拠は存在しないものの、被告人は、前示のように、人を殺傷するに足りる用法上の凶器を振い、被害者に向ける意図のもとに、同人がその直前まで坐っていた運転席の背部シートを右凶器で叩いたのであって、その行為の手段・態様や当時の周囲の状況など具体的事情を考慮してこれを客観的に考察すれば、被告人のこのような行為は、更に被害者の身体のみならず、生命に対してさえも害を加うベきことを暗に示したものと認めるに十分であり、もとよりそれは一般に相手方をして畏怖させるに足りるものと解されるから、明示的な害悪の告知を伴わなかったとしても、それが脅迫にあたることは明らかといわなければならない
  • そして、右の脅迫行為は、第一現場と第二現場の二度にわたる暴行後に、前記のような被害者の対応を契機として、更にそれ以上の害悪を被害者に加える意図を生じ、これに基づき新たに別個の法益侵害に出たものであるから、たとえそれが先行する第二現場の暴行行為に引き続きこれと同一場所で行われたとしても、暴行罪のほかにこれとは別個の脅迫罪が成立し、両者は併合罪の関係に立つものと解すべきである

と判示し、暴行と脅迫の態様を観察すると、別個の法益侵害に出たものであるから、暴行罪と脅迫罪の二罪が成立し、両罪は併合罪の関係に立つとしました。

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