刑法(脅迫罪)

脅迫罪(5) ~「脅迫の対象となる『自由』とは?」「脅迫罪の成立に当たり、害悪の実現が可能であることは必ずしも要しない」を判例で解説~

脅迫の対象となる「自由」とは?

 脅迫罪は、刑法222条において、

  1. 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する
  2. 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする

と規定されています。

 条文に記載される「自由」の内容と事例ついて、判例を示して説明します。

① 自由に対する加害に該当するかどうかが問題になった事例

 自由に対する加害に該当するかどうかが問題になった事例として、以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和62年9月18日)

 この判例は、未成年者を親権による保護関係から離脱させる旨の親権者への告知が、「未成年者の自由」に対する害悪の告知にあたらず脅迫罪を構成しないとされた事例です。

 事案は、中核派に属する被告人が、被告人と行動を共にしたがるA子(当時18歳)を監禁するなどして、中核派の活動への復帰を拒絶したA子の父親Bに対し、A子を親権による保護関係から離脱させる旨の告知をして脅迫したとして、脅迫罪で起訴された事案です。

 裁判官は、

  • 一般的には未成年者にとって親権による保護を受けることは重要な利益であり、刑法222条の「自由」に含ませることは可能であるが、未成年者といっても、満18歳に達した大学生ともなれば、自己の行動に対する意思決定の自由は、相当程度尊重されるべきであって、同人が、自己の自由な意思により、あえて親権による保護関係から離脱して特定の人物又は政治集団と行動を共にすることを希望しているときは、右意思決定に対する親権の介入を相当ならしめる特段の事由の存しない限り、第三者が、右未成年者を親権による保護関係から離脱させたからといって、同人の自由を侵害したことにはならないと解すべきである
  • 当時18歳の短大生であるA子が、被告人と行動を共にしたがっていた旨の事実を認定しながら、他に右意思決定に対する親権の介入を相当ならしめる特段の事情を認定することなく、被告人が右A子を父親Bの親権から離脱させるなどと告知する行為が、「A子の自由に対する害悪の告知」として、脅迫罪を構成するとしたものであるから、原判決は、刑法222条の解釈適用を誤つたものというべきである

と判示し、被告人の父親Bに対する「娘A子の親権を離脱させる」という告知は、父親Bの自由を侵害するものではないので、脅迫罪は成立しないとしました。

② 脅迫罪の成立に当たり、害悪の実現が可能であることは必ずしも要しないとした事例

 真実そのような立場にあることや、その害悪の実現が可能であることは、必ずしもこれを要しないとした事例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和32年3月7日)

 この判例は、一般人が「豚箱に入れてやる」(留置する)と申し向けて脅迫した事例です。

 まず、被告人の弁護人が、

  • 「お前らがうそを語れば、手前の家のおやじを、10日でも20日でも豚箱に入れてやる」旨申し向けたとしても、被告人には、他人を豚箱に入れる(留置する)権限がないのであって、脅迫罪を構成しない

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 刑法第222条の脅迫罪は、同条に列記してある法益に対して、一般に人を畏怖させるに足る害悪を加うべきことを不法に告知することによって成立する犯罪である
  • その害悪は、告知者みずから直接に加え得るものでなくとも、第三者をして害悪を加えさせることができる場合にも同罪は成立するものである
  • この場合には、告知者が、何らかの方法をもって害悪の発生に影響を与え得る立場にあることを相手方に知らせる必要はあるが、しかし、ただ相手方にそう感じさせるように告知すれば足りるのであって、真実そのような立場にあることや、その害悪の実現が可能であることは、必ずしもこれを要しないものと解すべきである
  • 「豚箱に入れてやる。」という文言が、他人を留置させてやることを意味し、他人に対してかような文言を申し向けることが、人の身体や自由に対する 害悪の告知であって、その害悪たるや一般に人の畏怖させるに足るものであることが明らかであるから、被告人の所為は、Bに対して、Bの親族たる父Aの身体や自由等に対し害を加うべきことを告知したものと認めるのが相当であるというべく、刑法第222条第2項の要件を具備するものといわなければならない

と判示しました。

③ 行動の自由に対する加害の事例

 行動の自由に対する加害の事例として、以下の判例があります。

大阪高裁判決(昭和40年6月21日)

 この判例は、組合代表者が転勤してきた非組合員である教職員に対して、登校拒否・入室拒否等を通告したことが、脅迫罪における害悪の告知に当たらないとした事例です。

 裁判官は、

  • 本件通告は人を畏怖せしめるに足る、名誉、自由に対する害悪の告知として違法視せしめるに足るものとは認められない

と判示し、教職員に対して、登校拒否・入室拒否を通告する行為は、脅迫に当たらないとして、脅迫罪の成立を否定しました。

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