強制わいせつ罪(刑法176条)における「わいせつ行為」について説明します。
わいせつ行為の定義
強制わいせつ罪の「わいせつ行為」は、
いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反する行為
をいいます。
この点については、名古屋高裁金沢支部判決(昭和36年5月2日)が判示しています。
裁判官は、
- 刑法第176条にいわゆる「わいせつ」とは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反することをいうものと解すべき
とし、強制わいせつ罪の「わいせつ」の定義を示しました。
わいせつ行為の具体的行為
わいせつ行為とは、具体的にどのような行為なのかについて、以下の⑴~⑺の類型に分けて説明します。
- ⑴ 陰部への接触
- ⑵ 乳房への接触
- ⑶ 接吻(キス)
- ⑷ 性交等
- ⑸ 裸の写真をとる
- ⑹ 着衣の上から撫でる行為
- ⑺ 抱きしめる、馬乗りになる
⑴ 陰部への接触
陰部への接触がわいせつ行為と認定された行為として、以下のものが挙げられます。
- 陰部に指を挿入する(大審院判決 大正7年8月20日)
- 指で陰部を弄ぶ(東京高裁判決 昭和27年5月8日)
- 陰部に自己の陰部を押し当てる(東京高裁判決 昭和27年5月8日)
- 陰部に手を触れる(大審院判決 大正13年10月22日)
- 着衣の上から陰部を押しなでる(名古屋高裁金沢支部判決 昭和36年5月2日)
④の『着衣の上から陰部を押しなでる』行為も、わいせつ行為といえますが、学説では、単に陰部の上の厚手の着衣に触れるという程度では足りず、着衣の上から陰部を弄んだといえる程度の行為であることを要するという意見があります。
⑵ 乳房への接触
女子の乳房を弄ぶのも、わいせつ行為となります(大阪地裁堺支部判決 昭和36年4月12日)。
着衣の上から女性の乳房を弄んだとしても、わいせつ行為に該当します(この点は、陰部の場合と同様です)。
乳房が未発育だったとしても、女性の乳房を弄べば、わいせつ行為に該当します。
前記大阪地裁堺支部判決は、小学5年生の児童の乳房を弄んだ行為について、強制わいせつ罪の成立を認めています。
また、新潟地裁判決(昭和63年8月26日)においては、7歳の女児の乳房を弄んだ行為について、強制わいせつ罪の成立を認めています。
乳房が未発育の場合でも、性的意識が全く発達していないとはいえず、社会通念上も性的感情の侵害があると見られるため、強制わいせつ罪の成立が認められると考えられます。
なお、男子の乳房については、社会通念からいって、乳房を弄んだとしても、わいせつ行為とはいい難いと考えられます。
⑶ 接吻(キス)
接吻(キス)もわいせつ行為となります。
最高裁決定(昭和50年6月19日)において、裁判官は、
- 被告人の接吻行為を強制わいせつ行為に該当するとした原判断は正当である
と判示し、接吻(キス)がわいせつ行為に当たること明示しました。
頬への接吻(キス)もわいせつ行為になる
頬への接吻(キス)もわいせつ行為になります。
この点について判示した以下の判例があります。
東京地裁判決(昭和56年4月30日)
この判例は、頬に接吻しようとした行為について、強制わいせつ未遂罪を認めた事例です。
裁判官は、
- 強制わいせつの罪は、個人の人格的自由の一種としての性的自由の保護を目的とするものである
- 従って、本罪におけるわいせつ行為の内容は、被害者の性的自由の侵害を主眼として理解されなければならないところ、接吻行為は、それが唇を対象とされなくとも、その行われたときの当事者の意思感情、行為のなされた状況や経緯等からして、相手方の意思に反しその性的自由を不当に侵害する態様でなされたときは、親子、兄弟あるいは相思相愛の男女同志が親愛の情の表現としてなされた場合などとは異って一般人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するわいせつ行為に該当することがあるといわなければならない
- そこで本件をみると、本件当日被告人は、前夜から都内池袋のスナック等で飲み明かし、未だ夜明け前の薄暗い午前5時50分ころ、居住アパートB荘へ戻って来たが、付近に人通りの全くないそのアパート前路上において、たまたま新聞配達中の若い女性である被害者と出会ったため、同女とは単に被告人方にも新聞配達に来て顔見知り程度であったが、日頃可愛いいと思っていたところから、同女に対し接吻しようと決意し、同女が再び、被告人居住のアパートB荘前に戻ってくるのを同所において待ちかまえ、同女が被告人の傍を通り抜けようとしたときに、いきなり同女の前方からその両肩等を掴んで抱き寄せ、同女が「何するの。やめて。」と叫びながら、被告人の手を振りほどいて逃れようとするのもかまわず、両腕を同女の首に回して抱き寄せ、顔を近付けて接吻しようとし、同女が顔をそむけて、持ってた新聞をとり落しながらも、被告人の胸を突き離したりして激しく抵抗するや、更に近くの路地の方へ肩や腕をつかみ引っ張り込もうとしたが、大声をあげられ抵抗されたため遂に手を離したという事実が認められる
- 以上の事実に照すとき、そもそも被告人が同女に接吻しようとした際の意図が親愛の情の表現として接吻しようとしたとするには極めて不自然で、性的満足を得る目的をもって為したものであると認めざるをえない
- つまり、当時の状況や被害者との関係からして同女が被告人の接吻に同意することを予期しうる事情は少しもなく、その態様に照らすとき、被告人はむしろ若い女性との肉体的接触を求め、自己の性的満足を得る目的の下に同女の感情を無視し、強いて接吻を求めたものであるというべきである
- そして、更にかような情況、態様でなされる接吻は、同女の性的自由を不当に侵害し、一般の道徳的風俗感情の許容しないものであって、被告人の所為は強制わいせつ罪にいうわいせつ性を十分具有しているというべきである
- 従って、本件被告人の行為が強制わいせつ未遂罪に当たることは明白である
と判示しました。
男性間の接吻もわいせつ行為になる
男性間の接吻でも強制わいせつの成立が認められます。
この点について、以下の判例があります。
大阪地裁判決(昭和43年2月6日)
この判例は、35歳の男が11歳の男の子に強いて接吻したのを強制わいせつと認めた事例です。
裁判官は、
- 弁護人は、被告人の本件行為は性的意味を持たず、わいせつ行為にならないと主張する
- 証拠によれば、被告人には従来、男色の傾向を認め得る証拠はないけれども、本件において被告人はA、B両名を布団に寝かせ、「ズボンを脱げ」と申し向けたが、A、Bが応じなかったので、そのまま嫌がる両人に順次抱き付いて押え付け、無理に接吻したことが認められる
- これらの行動から、本件行為は性的意味を持つわいせつ行為と認めるのが相当である
と判示しました。
⑷ 性交等
性交(膣性交・肛門性交・口腔性交)は、わいせつ行為になります。
性交を行った場合は、強制わいせつ罪ではなく、強制性交等罪(刑法177条)が成立することになります。
男女に強いて性交をさせ、それを眺める行為は強制わいせつ行為になる
男女に強いて性交をさせ、それを眺める行為は強制わいせつ罪になります。
この点について判示した以下の判例があります。
釧路地裁北見支部判決(昭和53年10月6日)
この判例は、犯人が自己の性欲を満足等させる意図で、内縁関係にある男女を脅迫して裸体にさせ、性交の姿態及び動作をとらせる行為は刑法176条の強制わいせつにあたるとした事例です。
裁判官は、
- 弁護人は、被告人両名の行為は、被害者をして性交の姿態及び動作をとらせ、それを眺めるということに過ぎなかったもので、みずから被害者に接触してわいせつの行為をしたものではないから、強要罪ならともかく、強制わいせつ罪は成立しない旨主張する
- しかし、刑法176条の強制わいせつ罪は、被害者の性的自由を主たる保護法益とするものであって、本罪の成立には、犯人の性欲を刺激・興奮させ、または満足させるという性的意図のもとに、被害者の性的自由を侵害する行為をなせばたり、必ずしも被害者の身体に接触することを要するものではないと解すべきである
- 被告人両名の行為は、右の意図のもとになされた性的自由の侵害行為というに十分であるから、刑法176条前段の罪が成立するものであることは明らかである
と判示しました。
肛門に異物を挿入する行為はわいせつ行為となる
少年の肛門に異物を挿入する行為がわいせつ行為になるとした以下の判例があります。
東京高裁判決(昭和59年6月13日)
裁判官は、
- 少年の肛門に異物を挿入するなどした行為は、客観的にみて性欲を興奮、刺激させ、一般人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するということができる
- 右のような内容及び態様等の行為であってみれば、それが専ら被害者の肛門部を対象とし、直接性器に及ばないものであっても、わいせつ性の点では性器に対する行為と同一視すべきであることは、社会通念上明らかというべきである
- そして、被告人において、かかる行為に出た以上、当時被告人の内心に性欲を興奮または刺激させようとする意識があつたと推認できることも当然である
と判示しました。
⑸ 裸の写真をとる
直接体に触れなくても、裸にして写真をとる行為は強制わいせつ罪に当たり得ます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和29年5月29日)
この判例で、裁判官は、
- たとえ、その加えた力そのものにおいては弱小なものがあるにしても、婦女子の意思に反して、その身体髪膚に有形力を加え、あるいは、裸体にするため有形力をもって、その身体に接着する衣類を引き剥ぐが如きは、刑法第176条にいわゆる暴行というべきである
と判示しました。
東京地裁判決(昭和62年9月16日)
この判例は、女性下着販売業の従業員として稼働させるという目的のために、婦女の全裸写真を強制的に撮影しようとした行為について、被告人が男性として性的に刺激興奮させる性的意味をも有する行為であることを認識して行為に出たときは強制わいせつ罪が成立するとした事例です。
裁判官は、
- 被害女性Aを全裸にし、その写真を撮る行為は、本件においては、Aを男性の性的興味の対象として扱い、Aに性的羞恥心を与えるという明らかに性的に意味のある行為、すなわち、わいせつ行為であり、かつ、被告人は、そのようなわいせつ行為であることを認識しながら、換言すれば、自らを男性として性的に刺激、興奮させる性的意味を有した行為であることを認識しながら、あえてそのような行為をしようと企て、暴行に及んだものであることを優に認めることができる
と、女性を全裸にし、その写真を撮る行為は強制わいせつ罪になるとしました。
静岡地裁浜松支部判決(平成11年12月1日)
この判例は、異常な性的嗜好である幼児性癖(ロリータコンプレックス)を有する被告人が、11歳と8歳の少女2人を全裸にさせ、わいせつ写真を撮った事案につき、強制わいせつ罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 被告人は、甘言を用いて誘い出したA子(当11年)およびB子(当8年)に対し、同女らが満13歳未満であることを知りながら、「ゲームボーイを買うお金をあげるから、裸の写真を撮らせて。」などと申し向け、同女らをしてその着衣を脱がせて全裸にさせたうえ、同女らの陰部等の写真を撮影し、もって13歳未満の婦女に対し、わいせつな行為をしたものである
と判示し、裸の写真をとる行為について、強制わいせつ罪の成立を認めました。
⑹ 着衣の上から撫でる行為
着衣の上から臀部などを撫でる行為について、強制わいせつ罪の成立が認められるかどうかは事案によります。
着衣の上から臀部などを撫でる行為については、それだけではわいせつ行為とはいえない場合もあると考えられるので、事案ごとの犯行態様の特徴を捉え、わいせつ行為の態様を詳細に確認する必要があるといえます。
参考となる判例として、以下のものがあります。
わいせつ性を否定した判例
福島簡裁判決(昭和33年1月18日)
女の臀部を着衣の上から撫でた行為のわいせつ性を否定し、無罪を言い渡しました。
裁判官は、
- 刑法第174条にいわゆる わいせつ とは「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するものをいう」のであるが、その行為についていうなら、故なき性器の露出、性交の状態又はこれに類する性的姿態を露骨な表現によってこれを示すことにあるといえよう
- ところで本件被告人の所為は、単に臀部を着衣の上から撫でたというのであって、反良俗的行為ではあるが、上記性的行為とは目し難く、社会通念上これをわいせつ行為とはいえない
- つまるところ、被告人の所為は、公然わいせつ罪を構成しないものというべきであるから、刑事訴訟法第336条前段により、被告人に無罪を言渡すべきものとする
と判示しました。
強制わいせつの成立を認めた判例
名古屋高裁判決(平成15年6月2日)
この判例は、トイレ内で着衣の上から女性の臀部を手のひらで撫で回す行為は強制わいせつ罪の「わいせつ行為」にあたるとされた事例です。
まず、被告人の弁護人は、
- 被害者の臀部等を着衣の上からなで回すなどの被告人の行為は、主観的わいせつ性は認められるものの、客観的わいせつ性はないから、迷惑防止条例違反罪あるいは暴行罪にとどまるものであるのに、強制わいせつ罪に該当するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある
とし、強制わいせつは成立しないと主張しました。
この主張に対し、裁判官は、
- 関係証拠によれば、被告人は、いずれの被害者に対しても、その臀部を手のひらでなで回していること、被害者は21歳及び14歳の女性であったことが認められ、こうした行為は、着衣の上からされたものであっても、その部位及び態様から客観的にみてわいせつ行為と解するのが相当である
- 強制わいせつ罪の暴行は、被害者の意思に反してわいせつ行為を行うに必要な程度に抗拒を抑制するもので足りるから、トイレ内で被害者の背後から左手でその臀部をなで回す行為が、わいせつ行為であるとともに強制わいせつ罪の暴行に当たると解されるし、原判決の犯罪事実第二の判示を総合的・全体的にみると、その旨判示したものと解するのが相当である
と判示し、トイレ内で着衣の上から女性の臀部を手のひらでなで回す行為について、強制わいせつ罪の成立を認めました。
東京高裁判決(平成13年9月18日)
この判例は、契約手続のために自宅を訪問した自動車販売会社の係員の臀部・大腿部をパンツの上から撫で回した行為が強制わいせつ罪のわいせつ行為に当たるとされた事例です。
裁判官は、
- 弁護人は、仮に被告人が原判示の行為をしたとしても、パンツの上から被害者の臀部及び大腿部を撫でたにすぎず、その行為は、単なるめいわく行為の域に止まるものであって、いまだ強制わいせつ罪にいう「わいせつ行為」とはいえない旨主張する
- しかしながら、その態様をみると、被告人は、玄関が施錠され、家屋の中の障子が閉めきられて密室状態となった部屋の中で、「キスしていいかい。」などと被害者に申し向けた後、「勘弁してください。」とこれを拒絶する被害者の素肌の膝頭付近を素手で触るなどし、「私には彼氏がいるんです。」などと言って被告人に卑猥な行為を止めるよう懇願する被害者に対し、さらに「もうタッちゃってるんだから一回やらせてよ。」などと性交を求めるようなことを言い、逃げ出した被害者を玄関先まで追いかけてきて、玄関の施錠を外して戸外に逃げようとしている被害者に対し、「一回やらせてよ。パンツ見せてよ。」などと申し向けながら、被害者のスカートを背後から無理やりまくり上げて臀部をあらわにした状態にし、パンツの上からその臀部及び素肌の大腿部をおおよそ10秒間くらい素手の両手で執拗に撫で回したものである
- 被告人が自己の性的満足を得ようとして本件行為に及んだことは明らかである上、上記の情況下で、被害者のスカートをまくり上げてその臀部をあらわにした上、パンツの上からその臀部及び素肌の太ももを執拗に撫で回した被告人の行為は、電車の中で着衣の上から臀部や太ももを触るという行為と同視することはできず、被害者の性的自由を不当に侵害するとともに、一般人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するものであって、強制わいせつ罪にいう「わいせつ行為」に該当するものというべきである
と判示し、臀部・大腿部をパンツの上から撫で回した行為について、強制わいせつ罪の成立を認めました。
仙台高裁判決(平成25年9月19日)
この判例は、被害者のスカートをまくり上げて、ハーフパンツ越しに被害者の臀部を撫でるように触った行為が、刑法176条所定のわいせつ行為に該当すると認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人は、性欲を満足させるなどの性的意図の下に、女性の意に反してその身体に対して有形力を行使して、少なくとも女性の臀部を触ろうと考え、自動車を運転して徘徊するうち、被害者が通り掛かるのに気付き、先回りして待ち伏せし、被害者がやってきたのを見計らい、降車して小走りで追い掛け、いきなり被害者の背後から両腕を回して抱き付いて引き寄せ、悲鳴を上げるとともに、体を左右に揺すって振りほどこうとする被害者の上半身を左手で押さえ付けて、被害者のスカートを右手でまくり上げ、被害者のハーフパンツ越しに被害者の臀部を右手で撫でるように触った上、さらに、直接臀部を触ろうとして被害者のハーフパンツを脱がそうとしたものの、被害者が振りほどいて逃げようとしたことから、被害者のスカートの裾を両手でつかみ、これを手前に引っ張り上げたため、被害者は地面に横臥様にうつぶせに倒れて負傷したことが認められる
- 以上のような事実関係に徴すれば、被告人の被害者に対する一連の有形力の行使は、女性の意に反してわいせつ行為を行うに必要な程度に抗拒を抑制する態様・程度のものとして、刑法176条所定の暴行に該当することはいうまでもなく、被告人が被害者に対する強制わいせつの故意を有していたことも明らかである
- また、被告人において、左手で押さえ付けて自己の体に引き寄せたままの被害者のスカートを右手でまくり上げて、ハーフパンツ越しに臀部を右手で撫でるように触った行為は、触った部位や態様等に照らしても、被害者の性的自由を不当に侵害するとともに、普通人の性的差恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものであって、刑法176条所定のわいせつ行為に該当するといわなければならず、被告人について、強制わいせつ致傷罪が成立することは優に肯認することができる
- ちなみに、たとえ、被害者の臀部を触った行為が未だわいせつ行為には該当しないとしても、強制わいせつ罪の実行の着手があり、かつ、被害者の傷害も強制わいせつの手段たる暴行により生じたものである以上、強制わいせつ致傷罪が成立することに変わりはない
と判示し、強制わいせつ致傷罪(刑法181条)が成立するとしました。
⑺ 抱きしめる、馬乗りになる
抱きしめる、馬乗りになる行為は、それだけでは強制わいせつ罪が成立しないケースが多いと考えられます。
抱きしめる、馬乗りになる行為について、強制わいせつ罪の成立を否定(ただし、暴行罪を認定)した判例として、以下のものがあります。
名古屋地裁判決(昭和48年9月28日)
この判例は、10才の少女を背後から抱きすくめ、両膝でその両脚をはさみつけて背中・腰部・臀部をなで回す行為について、強制わいせつ罪の成立を否定し、暴行罪が成立するにとどまるとしました。
裁判官は、
- 強制わいせつ罪が成立するためには、該行為が主観的客観的にわいせつ性を具備することを要し、それには、その行為が①性欲の刺激・興奮・満足を目的としてなされたというだけでは足りず、該行為が②その外形において、一般人の正常な性的羞恥心を害する程のものであることを要すると解される
- これを本件について見れば、①の要件の存在は優に認められるが、②の要件の存在を認めるには十分でなく、被告人の所為自体についてわいせつ性を具備したものということはできない
- 而して、被告人において、右の所為以上に出て、例えば被害者の陰部、乳房等に手を触れ、あるいは自己の陰部を被害者の身体に押し当てる等の外形的、客観的にわいせつ性を備えた行為をなす意図であったことを認めることはできず、そうとすれば、前記被告人の行為をもって強制わいせつの実行の着手ありとすることもできないわけである
- よって、本件においては強制わいせつ罪の成立は既遂、未遂共に、これを否定するほかない
と判示し、10才の少女を背後から抱きすくめ、両膝でその両脚をはさみつけて背中・腰部・臀部をなで回す行為について、強制わいせつ罪の成立を否定し、暴行罪の成立を認めました。
大阪高裁判決(昭和29年11月30日)
男が女の上に馬乗りになる行為について、強制わいせつ罪の成立を否定し、暴行罪が成立するにとどまるとしました。
裁判官は、
- 被告人Sは、M子の肩に手をかけたりしていたが、酒の勢いでM子に抱きついたら、M子が仰向けに倒れたので、被告人はその上に乗った、被告人Rも、被告人Sの後からSの背後に接着してM子の上に乗りかかって行った事実が認められる
- 右被告人両名の行為が、被害者M子の意思に反していた事実も証拠によつて明らかである
- ところで、刑法第174条ないし第176条にいわゆる わいせつ とは、徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反することをいうのであるが、仰向けに倒れている女子の上に、2人の男子が前後に相接着して馬乗りになるという行為自体は、普通の性的行為を実行する体勢ではなく、また直ちに性的行為を連想せしめる行為でもない
- 被告人らの行為は、飲酒酩酊の上、かねてから馴染の間柄である被害者M子に一方的に悪ふざけをしたにすぎないものと認められ、いまだわいせつ行為であると断ずる程度に達しないものと認めるのが相当である
- 従って、本件事案の証明の程度では、強制わいせつまたは公然わいせつのいずれの罪にも該当しないものというべきである
- しかしながら、右認定のように、被告人両名が、酒の勢で逃げるM子を追って飲食店に入り、M子の意思に反し、たまたま仰向けに倒れたM子の上に乗りかかった行為は、社会通念によって可罰性を認めれない程度を超え、刑法上の暴行罪を構成するに足るものといわなければならない
と判示しました。
強制わいせつ罪の記事まとめ(全5回)
強制わいせつ罪(1) ~「強制わいせつ罪とは?」「保護法益」「主体・客体」「強制わいせつ罪における暴行・脅迫の程度」を判例で解説~
強制わいせつ罪(2) ~「わいせつ行為の定義と具体的行為」を判例で解説~
強制わいせつ罪(3) ~「強制わいせつ罪の故意(性的意図、年齢の認識)」を判例で解説~
強制わいせつ罪(4) ~「13歳未満の者に対して暴行・脅迫によってわいせつ行為をした場合には、刑法176条の前段後段を問わず刑法176条の一罪が成立する」「複数の被害者がいる場合、被害者の数に応じた個数の強制わいせつ罪が成立する」を判例で解説~
強制わいせつ罪(5) ~「強制わいせつ罪と①公然わいせつ罪、②強制性交等罪、③特別公務員暴行陵虐罪、④逮捕監禁罪、⑤わいせつ目的略取・誘拐罪、⑥住居侵入罪、⑦強盗罪、⑧児童福祉法違反・児童ポルノ製造罪・青少年保護育成条例違反との関係」を判例で解説~