刑法(強制性交等罪)

強制性交等罪(5) ~「強制性交等罪における暴行・脅迫の程度」「具体的状況によっては、軽度の暴行・脅迫で強制性交等罪の成立が認められる場合がある」を判例で解説~

強制性交等罪における暴行・脅迫の程度

 強制性交等罪(刑法177条)における暴行・脅迫は、強盗罪(刑法236条)におけるように相手方の反抗を抑圧する程度のものであることを要せず、

相手の反抗を著しく困難ならしめる程度のもので足りる

とされます(最高裁判決 昭和24年5月10日

 暴行・脅迫が被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度のものであるかどうかは、

  • 被害者の年齢
  • 精神状態
  • 行為の場所
  • 時間

などの諸般の事情を考慮して、社会通念に従って客観的に判断されなければならないとされます。

 なので、具体的状況によっては、通常の場合より軽度の暴行・脅迫で足りる場合があることは当然とされます(最高裁決定 昭和33年6月6日)。

強制性交等罪の暴行・脅迫の程度に達していると認められた事例

 強制性交等罪の暴行・脅迫の程度(相手の反抗を著しく困難ならしめる程度)に達していると認められた事例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和40年3月9日)

 裁判官は、

  • 被害者が身を守るための積極的行動にでなかったとしても、主観的、客観的に被害者がおかれた具体的状況を考慮に入れれば強姦の手段たる暴行・脅迫に当たると

したました。

東京高裁判決(平成19年9月26日)

 この判例は、法律上の夫が妻に対して、暴行脅迫を加えて、姦淫をした場合に、強姦罪(現行法:強制性交等罪)が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 婚姻中の夫婦は、互いに性交渉を求め、かつ、これに応ずべき関係にあることから、夫の妻に対する性交を求める権利の行使として常に違法性が阻却されると解することも考えられる
  • しかし、かかる権利が存在するとしても、それを実現する方法が社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を超える場合には、違法性を阻却しないと解される
  • そして、暴行・脅迫を伴う場合は、適法な権利行使とは認められず、強姦罪(現行法:強制性交等罪)が成立するというべきである
  • いかなる男女関係においても、性行為を暴行脅迫により強制できるものではなく、そのことは、女性の自己決定権を保護するという観点からも重要である
  • 本件は、夫が妻に対し、「やらせろよ。早く服脱げよ。やるのかやらないのか、どっちなんだ。やらせなきゃこれから店に行くぞ。おまえが店に行けなくなってもいいのか。」などと、性交に応じなければ、妻が勤務先から解雇されるよう仕向ける旨申し向けて脅迫し、妻を床に押し倒すなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して、強いて妻を姦淫した場合であり、強姦罪(強制性交等罪)が成立する

と判示しました。

強制性交等罪の暴行・脅迫の程度に達していると認められなかった事例

 強制性交等罪の暴行・脅迫の程度(相手の反抗を著しく困難ならしめる程度)に達していると認められなかった事例として、以下の判例があります。

札幌高裁判決(昭和30年9月15日)

 裁判官は、

  • 被告人は、A子と慇懃を通じ、将来を誓い合っていたが、A子が自己と結婚する意思のないことを聞き知り、内心穏かならぬものがあったところ、通行中のA子を認めるや、A子を伴い、茶の間に誘い込み、あるいはその非を詰問し、あるいは懇請してA子の気持を確かめたが、遂に婚姻の意思なきことを知るにおよび、自己の純情をふみにじられたものと考え、A子を姦淫して欝憤をはらそうと決意した
  • 嫌がるA子の手をつかみ、同所奥六畳の間に連行し、A子に対し「お前も俺にいたずらしたんだから俺もいたずらしてやるんだ」と申し向け、A子を布団の上に仰向けに押し倒し、その体に斜めに乗り、右手をA子の首の下に回してその右手首をつかみ、左手でA子のスボンをずりおろしその反抗を抑圧し、強いて姦淫しようとしたが、A子が容易に応じなかったため、その目的を遂げなかつたものであるというにあり、その挙示する証拠を総合すると、被告人に姦淫の意思のあったこと、そのためAを原判示六畳間に連行し、そこに敷いてあった布団の上に仰向けに押倒し、原判示のような行為に出たことは首肯し得る
  • しかし、被告人とは1か月余りの期間ではあったが、互に将来を誓って慇懃を通じ合い、一旦は心中までしようとした仲にあったAが、にわかに被告人をうとんじはじめたのに対し、被告人は、あるいはその理由を正し、あるいはその翻意を求めてA子と数時間にわたって話しつづけたにもかかわらず、ついにA子の翻意を得られなかったので、A子に対する最後の未練として右行為に出たものと見られないでもないこと、一方、A子においても、被告人と別れる気持になったのは、もともとA子の友人からの忠告を信じてのことにすぎず、心底から被告人を嫌悪していたものとは認められないこと、されば、被告人の右行為に遭遇したA子は、これを極力避けようとすれば、同所から廊下一つ距てた隣室に脱出し、容易に救を求め得られる状態にあったにもかかわらず、敢えてこの挙に出ることなく、単に身もだえ、言葉のうえで拒否しつづけてはいたが、被告人とはこれまでの関係もあり、いざとなれば身を委せてもよいと考えていたこと、しかるに、被告人は、たやすくA子の言葉を容れて、更に進んで特別の姿態に出ることもなく、A子を解放して、所期の目的を遂げようとしなかったこと等が窺える
  • これらの事実からすると、被告人の右行為は、Aの抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであるとは認め難く、むしろ、A子が応ずれば、姦淫しようとする程度のものに止まり、その応諾がないにもかかわらず、強いてこれを遂げようとする意思のもとになされた行為ではなく、従って、被告人には強姦の犯意がなかったものとみるのが相当である

と判示し、強制性交等未遂の成立を否定しました。

高松高裁判決(昭和36年10月30日)

 裁判官は、

  • 被害者の両膝を自己の膝で締めつけてブラウスを剥ぎ取り、同女を抱き抱えるようにして蚊帳の中に入れてから仰向けに押し倒し、上から乗り掛かる等の暴行を加えていても、当時の状況から犯行を著しく困難にする程度に達していない

としました。

広島地裁判決(昭和44年3月26日)

 相手方の反抗を著しく困難にさせる程度の暴行・脅迫が認められず、また被告人の意思も被害者をくどき落として肉体関係を結ぼうという程度に過ぎなかったとして構成性交等罪の成立を否定した事例です。

 事案は、

  • ホテルの40号室に宿泊していいた被告人が、そのホテル41号室に夫とともに宿泊していた被害女性Aと顔見知りとなり、ホテルの廊下などで出会った際には日常の簡単なあいさつを交していた
  • 被告人は、犯行当日、ホテルでAと出会った際、Aが「主人はでています」と言っていたのを思い出し、Aをくどき落として肉体関係を結ぼうと考え、ホテル41号室のAの居室にいたり、「お一人ですか」と言いながらAの承諾もないまま戸を開けては入り込み、「一人でさびしいでしよう」「ここに入れて下さい」「一緒に寝さしてくれ」などと言ったのち、退室を求めるAに「キスしようか」といいながら抱きつき、その場に敷いてあったふとんの上にAを仰向けに押し倒し、Aの右腕を自己の体で押え、Aの左腕を手でつかんで押えつけてパンティなどを脱がせたうえ、Aの上に馬乗りとなって姦淫した

というものです。

 裁判官は、

  • 強姦罪(現行法:強制性交等罪)が成立するためには、その手段たる暴行、脅迫が、少なくとも相手方の反抗を著しく困難にさせる程度のものであることを要すると解されるのでこの点について検討する
  • まず、取調べた全証拠によれば、被告人が被害者Aを脅迫したことを認めることはできないけれども、一応有形力の行使として、被告人がAに抱きついてその場に押し倒し、その右腕を自己の体で押さえ、左腕をつかんで押えつけてパンティなどを脱がせ、その上に馬乗りとなったことが認められる
  • しかしながら、相手に抱きついて押し倒し、パンティを脱がせ、馬乗りになるなどの行為は、強姦にいたらない姦淫においても一般的に伴うものであるともいえるのである
  • のみならず、本件の現場であるホテル41号室の入口は、ガラス戸であって外部から室内のようすがうかがえるばかりか、壁も薄く、少し声を出せば容易に室外からも隣室からも聞きとれるような状態であり、しかも本件行為時においては戸の鍵もかけられていなかったことや、その時間からみてホテルには多数の宿泊客がいたと考えられることなどの諸事情を総合すると、被告人とAとが体格のうえでかなり差のあることを考慮にいれても、なお被告人の前示のような有形力の行使は、いまだ相手方の反抗を著しく困難にさせる程度にいたったものであるとは認めがたいのである
  • しかもすでに説示したような状況からみて、被告人の意思はAをくどきおとして肉体関係を結ぼうという程度にすぎなかったものと認められるから、結局、本件公訴事実中、強姦の点については犯罪の証明がないことに帰する

と判示し、強制性交等罪の成立を否定しました。

奈良地裁判決(昭和46年2月4日)

 この判例は、保健所の予防注射と偽って婦女を誤信させ、麻酔剤を注射して昏睡させた事案つき、暴行の程度が軽いとして強制性交等罪の適用を否定し、準強制性交等罪(刑法178条)を適用すべきものとしました。

大阪地裁判決(昭和46年3月12日)

 被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度の暴行脅迫がなされたという証明がないとして、強制性交等罪につき無罪の言い渡しがなされた事例です。

 裁判官は、

  • 被告人Uは、姦淫行為の前から、被害女性Aに対して好意を抱き、Aに同棲を求める意図のもとにAを深夜安ホテルに連れ込み、種々の話をしながらAを口説いたうえ、これを姦淫するに至ったものである
  • この間、多少の威迫的言辞が用いられているが、Aも被告人Uとの同棲ないし性交に進んで同意したとはいえないまでも、強くこれに反対する意志もなく、格別の抵抗も示すことなく性交に応じ、さらに引き続いて同棲するに至っている
  • かような事情に照せば、威迫的言辞をもって、被害者の反抗を著しく困難ならしめるべき程度の脅迫にあたるものということができないのは多言を要しない
  • もっとも、Aは当時16歳であり、被告人Uのほか被告人RおよびKも同行してAを深夜安ホテルに連れ込んだことは認定のとおりであるけれども、かかる事情を考慮しても、Aの経歴素行、殊に深夜に至るまで帰りの交通費や飲食代に必要な金銭すら持たずにほとんど無一文で盛り場のいわゆる深夜喫茶店で異性と遊んでいた事実に照せば、被告人Rによって被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度の脅迫が行われたものと認めることはできず、他にかかる程度の暴行脅迫が行なわれたことを認めるに足る証拠はない
  • つぎに、被告人Rは、被告人Uの姦淫行為について、その場所をあっせんして協力した後、これに便乗してAを姦淫したものであり、Aも被告人Rに姦淫されることについてはかなりの反感を持っていたものと認められるが、被告人Rは、姦淫行為に随伴する有形力の行使のほか格別の暴行脅迫を加えておらず、本件証拠をもっては、被告人Rの姦淫行為についても、被害者の反抗を著しく困難ならしめるほどの暴行脅迫を手段としてこれがなされたものと認めることはできない
  • また、被告人両名にはKと共謀のうえ、Aに対し、このような暴行・脅迫を加えて強いて同女を姦淫しようとの意思、すなわち共謀による強姦の犯意があったものと認めることもできない
  • 結局、本件は被告人両名につき、いずれも犯罪の証明がなかったことに帰するから、刑事訴訟法336条後段を各適用して、被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡しをする

と判示し、強制性交等罪の成立を否定しました。

大阪地裁判決(昭和47年3月27日)

 被告人において被害者の抵抗を不能又は著しく困難ならしめる程度の脅迫を加えたと認めることはできないとして無罪の言渡をした事例です。

 裁判官は、

  • 当時の雰囲気からすると、未だ被害女性Aにおいて肉体関係をされるとか、朝まで帰れないような切迫した状況ではなかったのに、被告人の接吻の申し入れに対し、だまされて連れてこられたことに気づきながらも「今から帰る、帰らしてくれ。」とか「そんなこと(接吻)嫌やから帰らしてくれ」とかを口先で言うのみであって、憤然としてその場を積極的に立ち去ろうとした形跡はもちろん、早く逃避しようという気持すら抱いた形跡もない
  • そのうえ、被告人と問答を重ねたすえ、スリップ姿となって布団に横たわり、応接間に居る被告人に対し「いいです」と答えて、被告人を招き入れ、上半身はシャツ、下半身はパンツ1枚の姿の被告人がAの横に入り込み、手を握るだけという約束に反していきなり抱きついて来たのに対し、抵抗らしい抵抗は何ら示さなかつたAの態度は、女性特有の微妙な心理状態を考慮しても、甚だ理解に苦しむものがある
  • Aの供述するように、被告人を信用していて逃避に頭がまわらなかったとしても、Aが言うように処女であれば、Aの経歴、知能からすれば、本能的に肉体関係への危険を察知し、それを回避するために積極的に何らかの措置を取ってしかるべきところである
  • 性経験があったがゆえに、被告人の行為を甘くみていたのではないか、あるいは、性的好奇心のゆえに被告人の行為に暗黙の承諾を与えていたのではないかとの疑いさえもたれるのである

と判示し、強制性交等罪の成立を否定しました。

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