刑法(自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪)

自殺教唆・幇助罪、嘱託・承諾殺人罪(8) ~「既遂と未遂」「実行の着手の時期」を解説~

自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪の既遂と未遂

 自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪(刑法202条)の既遂と未遂を説明します。

 まずは、「未遂」の考え方を説明します。

 「未遂」を理解するに当たり、最初に犯罪の成立過程(時系列)を理解するのが有用です。

犯罪の成立過程(時系列)

 犯罪の成立過程(時系列)は、

決意→実行の着手→実行の終了→結果の発生

の4段階になります。

 「実行の着手」または「実行の終了」に至ったが、何らかの事情によって結果が発生しなかった場合を『未遂』といいます。

未遂犯とは?

 未遂犯とは、

犯罪の実行に着手したが、犯罪に該当する結果が発生せず、犯罪の内容(構成要件)を完全に充足しなかった場合

をいいます。

 刑法においては、未遂は、「犯罪の実行に着手したがこれを遂げなかった」と規定されています(刑法43条)。

既遂と未遂の違い

 「未遂」と反対の概念は「既遂」です。

 犯罪行為を実行したとき、

構成要件を充足した場合

に犯罪は既遂となります。

 これに対し、犯罪行為をしたとき、

構成要件に該当する行為はあったが、構成要件を充足しなかった場合

に犯罪は未遂となります。

未遂が処罰されるのは例外

 刑法は、既遂を犯罪の基本型にしており、既遂を処罰することを原則にしています。

 なので、未遂犯を処罰するのは例外という法律の設計になっています。

 例外がゆえに、未遂で犯罪を処罰するためには、法律の条文に個別の規定が存在する必要があります(刑法44条203条243条など)。

※「未遂」についてのより詳しい説明は前の記事参照

自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪の既遂時期

 自殺教唆罪、自殺幇助罪、嘱託殺人罪、承諾殺人罪(刑法202条)は、被害者の死によって既遂となります。

 自殺幇助罪につき被害者の死を持って既遂となることについて、参考となる裁判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和39年2月25日)

 被告人は、被害者とともに自殺を決意し、海抜70メートルの岩山の上で睡眠薬を飲んだが、睡眠薬そのものは致死量に達しなかったものの、被害者は昏睡中に寝返りをうって崖下に転落して死亡した事案で、自殺幇助未遂ではなく、自殺幇助罪を認定した事例です。

 裁判官は、

  • 本件犯行の現場は海抜70mの岩山の上であって、そのような場所で睡眠剤を呑めば、昏睡中に寝返えりをうって崖下に転落するであろうということは、実験則上予想されることであるから、被害者の死亡が、睡眠剤を呑んだことによる直接の結果ではなく、その間に被害者が昏睡状態に陥り、寝返えりを打って崖下に転落したという事実が介在しても服薬と被害者の死亡の結果との間にはなお法律上の因果関係があるといわなければならない

と判示し、弁護人の「被告人の行為を自殺幇助未遂をもって処罰すべきである」と主張を採用せず、自殺幇助罪の既遂が成立するとしました。

嘱託殺人罪、承諾殺人罪の実行の着手の時期

 嘱託殺人罪、承諾殺人罪(刑法202条)の実行の着手は、

殺害行為を開始した時

です。

 嘱託殺人罪、承諾殺人罪は、殺害行為を開始があれば、この時点で、少なくとも嘱託殺人未遂罪、承諾殺人未遂罪が成立することが決まります。

 そして、目的どおり、被害者の死亡の結果が発生すれば、嘱託殺人罪、承諾殺人罪の既遂が成立することになります。

 何らかの原因で被害者の死亡の結果が発生しなければ、嘱託殺人未遂罪、承諾殺人未遂罪が成立することになります。

 なお、

  • 被害者から殺害の嘱託を受けてこれに応ずること
  • 殺害について被害者の承諾を得ること

は、嘱託にせよ承諾にせよ被殺者に主体のある行為であって、行為者が被害者の生命に現実的な危険のある行為を開始しているとはいえないから、未だ実行の着手とはいえず、この段階では、嘱託殺人未遂罪、承諾殺人未遂罪は成立しません。

自殺教唆罪、自殺幇助罪の実行の着手の時期

 自殺教唆罪、自殺幇助罪の着手時期について述べた裁判例は見当たらないので、明確な答えはありません。

 学説の考え方として、以下の学説1~3があります。

学説1

 自殺教唆罪、自殺幇助罪が独立罪としての教唆・幇助であること、教唆行為・幇助行為のほかに実行行為はなく、本罪の教唆・幇助は、それ自体が自殺へと駆り立て追いやる危険な行為として独立に処罰されるものであることから、教唆・幇助があればそれだけで未遂罪の成立を認める説です。

学説2

 教唆・幇助だけで実行の着手を認めると、 自殺教唆罪、自殺幇助罪の着手時期との間に不統一が生じること、自殺行為が開始される以前は未だ生命侵害の具体的危険が発生しておらず、未遂の成立範囲が拡張されすぎること、犯罪行為に対する通常の教唆犯・幇助犯すら本犯の行為に従属するのであるから、それ自体は犯罪ではない自殺に対する教唆・幇助をより以前の段階で処罰することは均衡を失することなどを理由として、被教唆・幇助者が自殺行為に着手した時に実行の着手を認める説です。

 この学説に対しては、結論の具体的妥当性は認められるが、自殺教唆罪、自殺幇助罪が独立罪であることを無視する点で理論的には難があるという反論があります。

学説3

 承諾殺人の実行の着手時期との統一的理解という観点から、単なる教唆・幇助の域を超えて、現実に自殺に駆り立てる行為があったときに、自殺教唆罪、自殺幇助罪の実行の着手を認めるという中間的な見解を採る説です。

 この学説に対しては、現実に自殺に駆り立てる行為という概念は暖味であるという反論があります。

自殺教唆罪、自殺幇助罪の中止未遂

 自殺教唆罪、自殺幇助罪の中止未遂は、自殺を教唆・幇助をした者自身が、被害者(被教唆・幇助者)の自殺行為を妨げた場合にのみ認められます。

 被害者(被教唆・幇助者)が自分で自殺をやめた場合は、障害未遂にとどまります。

 なお、中止未遂と障害未遂の説明については以下のとおりです。

 中止未遂とは、

犯罪の実行に着手したが、自分の意思により犯罪を中止したため、犯罪が既遂に達しなかった場合

をいいます(刑法43条ただし書)。

 中止未遂の場合は、

必ず刑が減軽(刑を軽くすること)

または

免除(刑を軽くすること)

されるところが特徴です。

 自分の意思により犯罪を中止したことを高く評価し、必ず刑を軽くするという法律の設計になっているのです。

 障害未遂とは、

犯罪の実行に着手したが、中止未遂にあたる理由以外の理由により、犯罪が既遂に至らなかった場合

をいいます(刑法43条本文)。

 障害未遂の場合は、中止未遂と違い、

裁判官の裁量により、刑が減軽または免除される

ことがあります。

 中止未遂と違い、必ず刑が軽くなるわけではないことがポイントです。

※ 中止未遂と障害未遂のより詳しい説明は前の記事参照

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧

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