刑法(傷害罪)

傷害罪(23) ~傷害の罪数①「同一被害者に対する傷害は数個の暴行があっても1個の傷害となる」「被害者の数により数個の傷害罪が成立する」「複数の被害者に対する同一機会における暴行が観点的競合になるとした判例」を解説~

 これから2回にわたり、傷害罪の罪数について解説します。

同一被害者に対する傷害は、同一意思の発動に基づく限り、数個の暴行があっても、1個の傷害となる

 同一被害者に対する傷害は、同一意思の発動に基づく限り、数個の暴行があっても、1個の傷害となります。

 この点は、以下の判例で示されています。

大審院判決(大正5年7月11日)

 この判例で、裁判官は、

  • 同―意思の発動に基づき、数個の挙動をもって同一人に対し、暴行を加え、その身体を傷害したる場合においては、数個の挙動は、これを包括して1個の傷害行為と観るを相当とし、個々の挙動及びその結果を各別に観察して、これを数個の犯行と為すべからず

と判示しました。

 さらに、同旨の判例として、参考となる事例として、以下の判例があります。

広島高裁岡山支部判決(昭和29年3月16日)

 この判例で、裁判官は、

  • 同一日時で場所も近接して同一の相手方に対し、暴行と傷害を加えた(暴行後、帰って話をつけようと、帰宅途中、 50メートルくらいきたところで再び暴行を加え傷害を負わせた)のは、 一個の決意にもとづく意思の継続中においてなされた行為であり、全体的に観察して、傷害罪の単純一罪と認むべきである

としました。

東京高裁判決(昭和52年10月24日)

 この判例で、裁判官は、

  • 犯行場所は、第一の犯行が2階事務室、第二の犯行が3階応接室であって、極めて近接しており、犯行日時は同じ昭和49年11月4日タ方であって、両犯行の間には、せいぜい数十分の時間的間隔しかなく、両者の罪質は同じ傷害罪で、犯行の態様も両者が全く異質のものとはいえず、犯行の動機についても、被告人は、第一の犯行のあと、一旦なだめられたものの、なお興奮がさめることなく第二の犯行に及んだものであることが認めらる
  • 第一の犯行が被告人の単独犯行、第二の犯行はY、Mらとの共同犯行である点も、両所為を別個のものとするきめ手とも考えられない
  • してみれば、第一及び第二の両所為は、包括して一個の傷害罪に当るものと解するのが相当である

と判示しました。

東京高裁判決(平成9年10月9日)

 被告人が、スナックの店内及び同店前通路において、Hに対し、Hの肩付近を正面から手で突くなどして、後退、転倒させるなどの一連の暴行を加え、そのうちの一定の暴行が原因となって、Hに傷害を負わせたという事案で、裁判官は、

  • 被告人の行った一連の暴行は、自然的にみて、一体的なものであって、傷害の原因となった部分と原因とならなかった部分とを切り離して考えることはできない
  • したがって、そのうちの一定の暴行により傷害が生じた結果、結果的加重犯として傷害罪の成立が認められる本件においては、傷害罪の一罪が成立するのみである
  • すなわち、本件の場合、被告人が行った一連の暴行は、傷害の原因となった部分についてはもちろん、原因にならなかった部分についても、傷害罪の一部を構成するものとして包括的に評価されるべきものであり、傷害の原因とならなかった暴行が、傷害罪と異なる別個の罪を構成するものではないのである

と判示しました。

同一機会における暴行による傷害であっても、被害者の数により数個の傷害罪が成立し、併合罪となる

 傷害罪は、人の身体に対する侵害犯なので、同一機会における暴行による傷害であっても、被害者の数により数罪が成立し(被害者の人数分の傷害罪が成立し)、成立した数個の傷害罪は、原則として併合罪になります。

 この点について参考となる判例として、以下の判例があります。

大審院判決(明治32年10月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 殴打罪(※現在の暴行罪)は、たとえ同時に同一の意思によって犯したる時といえども、なお被害者の数に応じ、数罪を構成す

と判示しました。

大審院判決(明治43年5月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 人の身体の如きは、包括してこれを1個の法益なりと観察し得ざるものなるが故に、被害者ごとに傷害罪が成立し、併合罪の例による

としました。

最高裁昭判決(昭和29年5月6日)

 被告人が被害者2名を引き続いてナイフで刺した行為について、2つの傷害罪が成立し、両者は併合罪の関係になるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人は、ジャックナイフで、まずAの左前頸部を突き刺し、これに挫傷を与え、次いでBの右耳前部左顎下等を3回突き刺し、これに切創を与えたというのである
  • すなわち、被告人は、別個の行為によって被害者両名に対し、それぞれ傷害を加えたというのであるから、たとえ、それが同一動機に基づき、ほとんど時と所とを同じくして順次行われたものであるとしても、被害者ごとに別異の法益の侵害ありと認むべく、従って本件傷害罪は2個成立するものというべく、これを併合罪とした原判旨は正当である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和46年5月24日)

 被告人が共犯者ともに、被害者2名を同一機会に暴行し、一人を死亡させ、もう一人に傷害を負わせた事案で、傷害致死罪と傷害罪の2罪が成立し、両罪は併合罪になるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人甲は、原判示の共同正犯者らとともに、意思を相通じ、右共犯者が共同一体となって被害者乙及び丙に対し、同一の機会に多数回にわたる暴行を加え、その結果、乙を原判示の傷害にもとづく失血により死亡するに至らせ、丙に対し、原判示の傷害を負わせたのであるから、共犯者各自について、それぞれ乙に対する傷害致死の罪と丙に対する傷害の罪とが成立し、両名は併合罪の関係に立つと解するのが正当である

旨判示しました。

複数の被害者に対する同一機会における暴行が、観点的競合として一罪になるとした判例

 上記の説明のとおり、傷害罪の成立個数は、被害者の数に応じた数になるのが基本的な考え方です。

 しかしながら、被害者への暴行撃態様によっては、複数の被害者に対する暴行であっても、1個の傷害罪が成立することがあります。

 たとえば、拳銃を1発撃ち、1発の弾丸で複数の被害者の体を貫通させて傷害を負わせた場合、「1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合」として観点的競合となり、1個の傷害罪が成立することになります。

 観念的競合を認めた傷害罪の事例として、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和26年9月25日)

 メチルアルコールを飲料として提供されることを知りながら他人に売却し、数人にそのメチルアルコールを飲ませて死傷させる結果を生じさせた傷害致死罪及び傷害罪の事案です。

 裁判官は、

  • 傷害致死、傷害の各所為は、一所為数法(※観点的競合のこと)の関係と見るのが相当である

と判示し、傷害致死罪及び傷害罪は観点的競合の関係に立ち、一罪になるとしました。

東京高裁判決(昭和38年1月16日)

 この判例は、被告人が相手の襟首を持って押し、あるいは引き、さらに足払いをかけ、これを制止した相手の妻と共にその場に転倒させた上、押さえつけるなどの暴行を加え、妻に傷害を負わせた事案で、2 名に対する傷害及び暴行が併合罪ではなく、観点的競合になるとしました。

次回記事に続く

 次回記事では、傷害罪の共同正犯に関し、

  • 「共同暴行(暴力行為等処罰に関する法律1条)と傷害罪の罪数」
  • 「1個の教唆行為により被教唆者が2個以上の傷害を実行した場合は、1個の傷害教唆罪が成立する」

について書きます。

傷害罪(1)~(32)の記事まとめ一覧

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